その女、出利子(脚本)
〇オフィスの廊下
私の名前は江西 結衣(えにし ゆい)、二十八歳。
この結婚相談所『ベストウェディング』の社員だ。
ここに訪れた人に、人生のベストパートナーを得てもらえるよう日々職務に努めている。
私自身、三年前に中学時代から付き合っていた同い年の江西 義哉(えにし よしや)と結婚して幸せな生活を送っている。
だから幸せな結婚をしたいと願っている人の手助けをしたい。これは天職だと自負している。
私は夫との付き合いが長いから、気心が知れての結婚。
ここで知り合った人たちは結婚を前提にお付き合いをするから入籍までそれほど長い付き合いをする人は多くない。
そこで私たちスタッフが会員さんたちのデータでは見えにくい人柄や生活習慣などを観察し、良い成婚へと繋げていくのだ。
現在夫が期間限定で単身赴任中。その任期はあと一年。それまで、可能な限り仕事に全力を注ごうと思っている。
仕事は順調だった・・・二週間前までは。
これまで会員さんの様々なトラブルはあったが、当社の会員規約を守れない人は退会してもらうという強硬手段が使えた。
だが、今回ばかりはそうはいかない。
とある面倒な人物のために仕事が憂鬱だ。
彼女の名前は歳家 出利子(さいけ でりこ)。
変わった名前だが、親がとあるミュージシャンのファンで、そこから名付けたらしい。現在34歳、短大卒で正社員の職歴はない。
年齢の割にまだ学生のようなギャルメイクでネイルも派手。自称グラマーな彼女(他者から見ると栄養の取り過ぎな体型)は、
パツパツのミニスカート姿で出勤してくる。
会社に制服があるお陰で何とか体裁を保っているが、
私服ではとてもお客様の前に出られない。
そんな出利子は会員であると同時に、この会社の社員見習い・・・パートなのだ。
本来個人情報を預かる会社なのだから、顧客が社員などということがあってはならない。しかし彼女は特別なのである。
それなら単に会員になればいいだけなのだが、まともな職歴がないのと現在無職(本人は花嫁修業中らしい)であると
体裁が悪いというので、パートということで雇用することになったのだ。
こんな無茶が通ってしまうのも、社長一家と親類が役員を務める親族経営なせいだろう。
そしてあろうことか、出利子は私の部下ということになってしまった。
年下の上司である私に対し、出利子は「アタシそういうの気にしないから、楽に行きましょ」と、初日からタメ口で対応してきた。
言葉遣いは仕方ないとしても、仕事が何もできなかった。PC入力スキルが皆無なだけでなく
お茶くみや一般常識が無さ過ぎてお客様の電話対応や受付もできない。
仕事をしているフリをして、隙があれば茶菓子を食べて、会社用のPCで通販サイトや芸能人のゴシップ記事を漁っている。
しかし形ばかりでも上司である私は、注意や指導しなければならない。
けれどすぐにふてくされ「気分が悪いので帰ります!」と言って早退や遅刻もしていた。
それだけならいい(いや、よくないが)。
出利子が会社のPCから違法なサイトにアクセスしたらしく、セキュリティの関係で私の部署のPCが強制シャットダウンされた。
お陰で復旧のために二時間の意味のない残業が発生し、当事者の出利子は早退済み。
この他にも数えきれないミスやハラスメント問題を起こしてくれた。
昨日も会社名や私自身の個人情報漏えいと言っても過言でないような愚痴をSNSで発信していた。
たった二週間で精神的に限界となった私は、上司や縁故採用した役員に訴えた。
もともと社員全員で三十人ほどの規模で、オープンな社風の会社だから、何かあれば会社全体で相談に乗ってくれる。
しかし今回ばかりは上司や役員に何度も頭を下げられ、どうにか我慢してほしいと言われてしまった。
「ここだけの話なんだけどね、君の力を貸してもらいたいんだよ」
一カ月ほど様子を見てから事情を明かそうと思っていた
申し訳ないと言いながら、上司と役員は私に彼女について話してくれた。
出利子は、様々な要因から親類一同持て余しているらしい。
彼女には妹がいるらしく、これまで妹に恋人が出来て家族に紹介する段になると、出利子は
「アタシが先に出会っていたら、絶対にアタシの方が恋人になっていた」とちょっかいを出してくるのだ。
それは妹に対してだけでなく、知り合いの恋人や、性質の悪いことに既婚者の時もあったという。
その度に後始末をしてきた親類は、ここで何とか結婚にこぎつけ、落ち着いてもらいたいというのが悲願であった。
しかし肥大した自尊心(と体型)は、お見合いの話を持ってきても首を縦にふらない。
自分でピンときた相手ではければ釣り合わない、という。
何とも厄介な相手だ。
つまり、どうにかそれなりの相手を見繕えばいいという訳なのだが・・・。
(何だか妙に腹が立ってきたぞ・・・)
ここで出利子に対して、良い相手を見繕うのが解決策なのか?
正直、出利子のせいで天職と思える仕事の進退まで考えてたほどだ。
そこで私は出利子に〃とっておき〃の相手を見繕ってやろうと決意した。その会員は一見すると『優良物件』である。
佐藤 俊夫(さとう としお)、31歳、会社員。
安定している企業に務め、亡くなった祖父から受け継いだ不動産を所持していて不労所得もある。
実家は地方で仕事関係から都市にマンションを買ってひとり暮らしをしており、同居の心配もない。
健康状態、容姿共に優良である。
だがこの、次に『問題』を起こせば退会することが決定されている会員だ。
つまり今回、きちんと成婚できなければウチの結婚相談所を追われるだけでなく、この業界ではブラック・リストに入る。
個人情報の保守の点から他者に情報が渡ることは本来ないが、他の会員に迷惑がかかる悪質な顧客は業界全体の問題になるので
裏ではそうした情報が回ることがある。
ただし『成婚』して退会すれば、ブラック・リスト入りはしない。
その後、合わなくて離婚してもこちらの問題ではない。
離婚後にまた入会することだってできるのだ。
佐藤にはブラック・リスト入りを匂わせておき、成婚にこぎつけてもらおう。
そして出利子を『その気』にさせるには・・・。
「ええ、そうなんです。もう何十件も申し込みが来ているんですよ。なのでお忙しいと思いますが、
佐藤さんに本日の夕方に送る女性のプロフィールをご覧になってもらって、お返事をお願いしたいのですが・・・」
出利子の前で、まるでとてつもない優良物件かのように電話をする。実際には電話をかけてはいない。
そして目の前に佐藤の顧客カードを出しておき、トイレに立つ。
きっと出利子は行動に出るだろう。
彼女曰く、自分が『誰よりも先に出会い』さえすれば、絶対『自分を好き』になると自負しているのだから。
――それから一週間後。
出利子は『寿退社』を申し出てきて、それと同時に佐藤も『成婚&退会』を申請。
出利子は佐藤の『悪癖』を知らない、佐藤は出利子の『面倒さ』を知らない。
私の計画は上手くいったと思った・・・その時は。
描写のスタイルがとても簡潔丁寧でとても読みやすかったです。私も性格が悪いのか、デリコがどんな痛い目に合うのか楽しみでしょうがないです【笑】どんどん読み進めたくなるお話ですね。