第一話『恋の終わりと赤い瞳』(脚本)
〇屋上の隅
11月2日、20時13分。テクノアスラ株式会社の屋上
その日、私は信じられない光景を目にした。
奥田晶緒「・・・」
そこには会社の先輩である晶緒(あきお)さんが、能面の様な顔で私をじっと見つめていて・・・
晶緒さんの腕に抱かれている私の想い人・・・久能が首筋から血を流し、眉を歪めて目を瞑っていた。
私と目が合った晶緒さんは舌舐めずりをしてクスリと微笑んだ。
奥田晶緒「・・・ごめんなさいね」
奥田晶緒「この子はもう・・・私のモノなの」
加賀美明日香「晶緒さん、久能に一体何して・・・っ」
奥田晶緒「可哀想な子・・・貴女も殺してあげるわ」
そう言うと晶緒さんの手が、私の首筋へと伸びてくる。
加賀美明日香(いや・・・やめて・・・)
ーーーこれは私への罰なのかしら。
愛する人の幸せを心から願えなかった、私への。
・・・少なくとも、あの時までは願えていたはずだった。
〇学食
11月2日、12時15分頃。テクノアスラ株式会社の大食堂。
久能祐樹「・・・俺、あの人に告白しようと思うんだ」
加賀美明日香「・・・えっ?」
テクノアスラ株式会社の大食堂で、私達二人は昼食をとっていた。
私の想い人である同期の久能祐樹(くのうゆあき)が昼食を取りながらさらりとそんな事を言うので、内心私はひどく動揺していた。
加賀美明日香「あの人って・・・」
久能祐樹「・・・ああ。晶緒さんだよ」
私の予感は的中し、自分の顔がみるみる歪んでいくのを自覚した。
久能祐樹「俺、加賀美にこうやって何度も話聞いてもらってるうちに気付いたんだ。・・・晶緒さんの事、女性として好きなんだって」
加賀美明日香「・・・そう」
笑顔を作らなくてはいけないのに。不器用な私は傷ついた顔を隠す為に表情を無にするだけで精一杯だった。
加賀美明日香「よかったですわ。自分の気持ちに気付けたようで。上手くいく事を願っております」
久能祐樹「ああ、本当にありがとうな。たくさん相談に乗ってくれて・・・加賀美が居てくれて本当によかった」
加賀美明日香「私は何も・・・。その、恋愛もいいですけど、お仕事も疎かにはしないでくださいね?」
久能祐樹「ハハッ!分かってるよ。相変わらずクールだなぁ、加賀美は」
そう言って無邪気に笑う久能を見て心が締め付けられながらも、彼が幸せになるなら良いと必死に自分に思い込ませた。
〇オフィスのフロア
この私、加賀美明日香はテクノアスラ株式会社に入社して一年目の新入社員だ。
入社当時、私がとある有名企業の社長の娘だと言う事が会社内に広まってしまい、よくヒソヒソと陰口を叩かれる事が多かった。
・・・陰口の内容は決まって『どうして自分の親が経営するあの有名企業ではなく、うちの会社を選んだのか』というものだった。
加賀美明日香(・・・全く。全部聞こえていますわ。そんなに気になるなら私に直接聞けばいいのに)
そう思いつつも、気取っている雰囲気で感じが悪いと昔からよく言われていた私に話しかけづらいのだろうと言う事も分かっていた。
加賀美明日香(その上、人付き合いは下手で、要領が悪く不器用。・・・おまけに目付きも悪い。こんなんじゃ誰も話しかける訳がありませんわね)
そう、こんな私だから陰口を叩かれるのも仕方がない。直接私にこの会社に来た理由を聞いてくる人なんか誰もいない。
・・・そう、思っていた。
〇エレベーターの中
ーーあれは昔、入社して二週間ほど経ったある日の事だった。
久能祐樹「あっ!」
エレベーターでたまたま一緒になった同期の彼・・・久能は私の顔を見るなり大きな声を上げた。
加賀美明日香「・・・なんでしょう?」
久能祐樹「加賀美さん、だよね。俺、同期の久能祐樹!分かり・・・ますか?」
加賀美明日香「ええ、勿論ですわ。久能さん」
久能祐樹「久能でいいよ、じゃなくていいです、よ・・・ってあの、同期だし、敬語取ってもいいかな・・・?」
加賀美明日香「良いですけれど・・・私は敬語のままの方がやりやすいのでこのままでいさせてもらいますわ」
久能祐樹「あっ、あー・・・そっか。わ、分かった!でもそのうち加賀美さんも敬語取ってくれたら嬉しいなーなんて」
加賀美明日香「ふふふ。私の事も加賀美、でいいですよ。『久能』・・・さん」
久能祐樹「あっ、今呼び捨てで呼んでくれようとしたじゃん!何であとでさん付けしちゃったの?っていうか笑った顔初めてみた!」
加賀美明日香「なっ・・・大きな声で騒がないで下さい!!落ち着きがない人ですわね!」
騒がしくて、落ち着きの無い人。それが私から見た久能祐樹の印象だった。
〇オフィスのフロア
ーーとある夏の日。
久能祐樹「そういやさ、加賀美ってあの有名企業の社長の娘さんなんだって?」
ある日の休憩時間に、久能はあっけらかんと聞いてきた。
・・・あまりにも純粋な目でそう聞いてくるので、悪意無く質問しているのが分かり、私は思わずクスリと笑ってしまった。
加賀美明日香(こんな風に真っ直ぐ私に聞いてきたのは、この人が初めてだわ。いっそ清々しくて、気持ちが良い)
加賀美明日香「ええ、そうですわ。何か問題でも?」
久能祐樹「えっ!全然そんなの無いけど、何でうちの会社に入ったのかなって純粋に思ってさ!」
加賀美明日香「単純ですわ。この会社で、デザイナーとして働きたかったからです」
加賀美明日香「・・・それに、父の会社に入って色眼鏡で見られそうでなんだか嫌でしたし」
久能祐樹「あーなるほどなぁ!そっかそっか!俺もこの会社でデザインしたくて入ったし、理由同じだったんだなぁー」
久能祐樹「ここに一緒に入れてよかったな!これからも頑張ろうなー!」
加賀美明日香「!ええ、頑張りましょう!」
彼は私を・・・真っ直ぐ見たままの『加賀美明日香』を見てくれる。
それが嬉しくて・・・気付けば同期の中でも誰よりも仲良くなっていき、次第に彼に惹かれていった。
奥田晶緒「うふふ。仲が良いのは結構だけれど、そろそろ休憩時間は終わりよ?この後の会議に遅れない様にしてちょうだいね?」
久能祐樹「あっ・・・は、はい!晶緒さん!すみません!」
私達の先輩である、奥田晶緒(おくだあきお)さんはとても頼りになる先輩で、おまけに上品で美人だった。
加賀美明日香(素敵・・・。私も彼女の様に愛想良く振る舞えたらいいのに)
晶緒さんは私の憧れの先輩でもあり・・・後の久能の想い人でもあったのだ。
〇オフィスのフロア
ーー11月2日、20時。テクノアスラ株式会社のオフィス内。
加賀美明日香(・・・もうこんな時間。昨日は終電ギリギリまで残っちゃったし、今日はそろそろ切り上げて帰らないと・・・)
加賀美明日香(・・・久能。さっきメッセージでこの後晶緒さんを屋上に呼び出して告白すると連絡してくれたけれど・・・)
加賀美明日香「・・・」
今なら、まだ間に合うかもしれない。・・・彼が私を選ばないのは分かってる。それでも・・・
加賀美明日香(・・・私も想いを伝えたい。今まで彼が真っ直ぐ接してきてくれた事が、私にとってどれだけ救われたのかを伝えたい)
伝えるだけでいい。叶わなくても。・・・でももし、少しでも可能性があるならどうか・・・
加賀美明日香(私を選んで欲しい・・・)
加賀美明日香「・・・ッ!!」
今しかない。そう思った私は重い鎖から解き放たれた様に走り出し、屋上へと向かった。
屋上へ行って、告白をしている最中であれば諦めて引き下がればいい。でももし久能がまだ晶緒さんに告白していないのなら・・・っ
〇屋上の隅
ーーーそして、冒頭のシーンへと戻る。
奥田晶緒「・・・ふふふ」
目の前にいる晶緒さんの風貌は、私の知るものとは違っており、私はひどく混乱した。
彼女の瞳の色は燃えるように赤く、小さな口から覗く鋭い牙からは赤い血が滴っており、それはまるで・・・
加賀美明日香(吸血鬼・・・!?)
奥田晶緒「怯えなくていいのよ。そう、そのままじっとして・・・」
晶緒さんの手の先の鋭い爪が、私の首筋に引っかかったその時だった
目の前で、血飛沫が舞った。
奥田晶緒「なッ!?」
今の血飛沫が、晶緒さんの脇腹から出た血だと言う事を理解した瞬間、私は悲鳴をあげた
加賀美明日香「いやぁっ!?」
奥田晶緒「・・・くっそ・・・何だよ!?ああっ!?」
聞いた事の無い晶緒さんの汚い罵声に耳を疑いながらも、倒れ込んだ晶緒さんが見上げる先に私も視線を向ける。
千晶「・・・ようやく見つけたよ」
そこには、晶緒さんとよく似た風貌の赤い瞳をした美しい青年が立っていた。
最後に現れた謎の青年と明日香はこれからどうなるのか・・・。ヴァンパイアものが好きなので、復讐の方法も気になるし、これからの展開に期待大です。
一般的な三角関係に展開していくのかと思っていたら、恋敵が吸血鬼だったとは! これは、すごい闘いに挑むことになりそうですね。どこにでもある会社の風景から、一気に世界が変わって斬新でした。