自由の女神(1)(脚本)
〇散らかった職員室
帝都日報編集長「どう?」
帝都日報編集長「かの高名なるパンの会御用達の珈琲豆を、僕自らがひいたものだよ」
帝都日報編集長「で、三島君だけどちょうど震災前日に田舎に帰ったんだ」
帝都日報編集長「寿退社」
帝都日報編集長「何でもお相手は同郷の資産家だそうでね。帝都を去るタイミングも含めて、つくづく持ってる女性だったよ」
帝都日報編集長「さすがは我が帝都日報随一の女性記者だ。モダンガールからモダンマダムに華麗なる転身」
帝都日報編集長「というわけで、彼女が誇るはば広い人脈に頼るのは諦めてくれたまえ」
帝都日報編集長「来栖川男爵に似た男の情報など僕の耳にも入ってないよ」
帝都日報編集長「そうそう。人脈といえば彼女、憲兵司令部に知り合いがいたんだ。最上何とかという男でね。そっちを当たってみたらどうだい」
帝都日報編集長「もっとも・・・ふふふ」
帝都日報編集長「こっちは恋人かそれ未満かと思ってたが、二三回活動写真やらカフェーやらに行っただけのただのお知り合いだったようだがね」
帝都日報編集長「情報源に朗らかに近づいて、下の名前で呼んだり呼ばせたりするのは彼女の常套手段だったんだ」
帝都日報編集長「君も女流記者なら見習ってみるといいさ。馬鹿な勘違い男などイチコロだよ」
帝都日報編集長「それでは私は忙しいからこれで。そちらの編集長さんにも宜しく」
帝都日報編集長「今のご時世、中々味わえない珈琲だ。後学のためにじっくり楽しみたまえ」
猪苗代「・・・おえっ」
〇中世の街並み
最上「そうか。帝都日報の情報網を以てしても、見つからないか」
最上「全く、どこに消えてしまったんだ」
猪苗代「きっと何か考えがあっての行動でしょう」
猪苗代「教会のそこかしこが崩れた中、五体満足で発見されただけでも奇跡だったんです」
猪苗代「その命を無駄にするようなヤワなお方とは思えません」
猪苗代「いっそうちの新聞で生存を公表しますか」
最上「ならん。閣下自身がそれを望んでいない」
最上「やはりもう一度、蓬莱街に行ってみよう」
最上「桜子さんにも問いただしたい事がある」
猪苗代「自由の女神に、ですね」
最上「ああ・・・自由の女神に『も』だ」
最上「と、ところで三島女史は元気だったかな?」
最上「いや、元気ならいいんだ元気なら。ははは」
猪苗代「田舎に帰られたそうです」
最上「え?そうなのか?」
最上「そうなのか・・・」
猪苗代「・・・」
猪苗代「ご存じですか?我が国の国土面積は378000平方キロメートル。かの大英帝国よりも大きいんです」
猪苗代「ちなみに国勢調査による人口は5500万人ほどだそうです」
最上「それがなにか?」
猪苗代「つまりは、もうお会いになられる事もないと思います」
最上「・・・」
最上「・・・気を使わせてすまん」
猪苗代「お気持ちは分かりますが、よくある話でもあります」
最上「ああ。そうだな」
猪苗代「それでは気を取り直して前に進みましょう」
『ばしょいどう』
〇荒廃した市街地
猪苗代「まあ、あれですね」
猪苗代「もとからこんな感じのスラムだったから、変わりないと言えば変わりないですが」
最上「いや、気をつけろ」
最上「漂ってる空気が全然違う」
最上「例えば、俺を監視してる妙な連中の視線が消えた」
猪苗代「え?そうだったんですか?」
最上「来栖川閣下の事件以降時折嫌な気配を感じることがあったんだ」
最上「大事は時は上手く撒いていたつもりだが。それでも俺の動向がどこまで大泉司令に知られているか分かったもんじゃない」
最上「その気配が今は消えている」
最上「つまりここはもう、余所者が迂闊に足を踏み入れられる場所じゃなくなってるんだ」
最上「だから姿を現せ!」
ロン「・・・」
最上「猪苗代君、俺の後ろに」
猪苗代「は、はい」
ゴザエモン「いやいや、いつぞやは。教会から逃がしてもらって有難うね」
ゴザエモン「さすがは軍人さんだ。いざという時頼りになるなあ」
ロン「オイサン。下らん媚びを売るな」
ロン「憲兵にそんなオベッカが通じるか」
最上「人によるさ。実際うちの分駐所にも一人、御し難いほど軽薄な部下がいる」
ロン「お前達が橋を渡った時点で、全部『自由の女神』の知るところになってんだよ」
最上「話が早くて何より。こちらも用がある」
最上「なにせ震災以降ほとんど館には帰ってらっしゃらないみたいだからな」
ロン「ついて来い。姫がお待ちだ」
最上「女神に姫ときたか」
最上「閣下が聞いたら笑うか怒るか、笑いながら怒るかだな」
ゴザエモン「なんかすまんね。みんな殺気だってて」
最上「いや。構わん」
ゴザエモン「小奇麗な恰好して、食うにも不自由しなくなって、おまけに大層な目標も出来たってのに。なんだかみんなイライラしててね」
ゴザエモン「なかなかしんどいもんだね。デモクラシイってヤツは」
猪苗代「どうやら一枚岩というわけでもなさそうですね」
猪苗代「『新生美しきけもの』達は・・・」
最上「そう願いたいよ」
〇荒廃した教会
桜子「無沙汰致しております、最上少尉」
最上「断髪とは・・・」
桜子「生まれ変わったように晴れやかな気分です」
○○○「では取材に当たっては、やはり自由の女神様とお呼びすれば宜しいでしょうか?」
桜子「相変わらず不躾なお方ですわね」
○○○「郷に入っては郷に従え。むしろここでは、そちらがマイノリティでは?」
桜子「さてどうでしょう?」
『よう!憲兵さん!』
最上「お前達・・・」
デンキ「その節はどうも!」
トラ「覚えてるぜ。面構えのわりになかなか漢気のある憲兵さんだったからな」
タジマ七郎「俺達を先に逃がしてヒナを助けようとしてくれるなんざ、軍人にしとくにゃ惜しい人だよ」
バリトン豊「そうそう。男の中の男ですなあ」
クラムぼんぼん「天下の無頼作家たる僕も叶わぬ剛毅さだね」
マネ玄人「実に美しい。是非肖像画を描かせてくれたまえ」
最上「・・・」
最上「そ、そう?」
○○○「真に受けないで下さい。遠回しに喧嘩売ってきてるんですよ」
最上「え?」
○○○「大体少尉の肖像画なんて描いてどうするんです?」
○○○「鍋敷きにでも使う気じゃないですか?」
『う~ん。そうだな』
根室「ダーツの的にでもしようかな」
「意義なし!」
最上「貴様らああああ!帝国軍人を侮りおって!」
根室「全く、つまらん男だ。これくらいの毒っ気くらい大目にみてくれたまえ」
根室「警官や憲兵隊に加え、こんどは戒厳警備兵などという輩までも貧民弾圧に乗り出して来たんだ」
根室「嫌味のひとつくらい言いたくもなるさ」
最上「ふん。誰の影響だか」
根室「まさか、そんな理由で僕を捕まえに来たんじゃないだろうね」
最上「反軍思想教唆容疑、天粕戒厳司令ならやりかねんぞ」
最上「それに用があるのは桜子さんだ」
○○○「そーだそーだ。有象無象はひっこんでろー」
最上「さっきからあれだけど、人の影ごしに悪口言うのやめてもらいないかな?」
猪苗代「後ろに隠れてろと言われたもので」
最上「解除する」
猪苗代「了解です」
ダリア「帝都日報の女狐まで連れてるとは、随分と用意周到ね」
ダリア「また私達貧民や異人だけを、帝都の犯罪者呼ばわりする気?」
最上「そういうつもりで来た訳じゃない」
最上「大体彼女は下町の弱小新聞社で、キツネというよりどちらかと言うとタヌキ・・・」
猪苗代(いつかコロース)
最上(・・・でも何でこの女、三島女史の事を?)
桜子「私を尋ねられても、そちらが探している『人物』の行方など知りません」
桜子「舘に戻って来たという知らせも聞いておりません」
桜子「他に何か御用がおありですか?」
最上「はい。いち帝国軍人として、自由の女神を名乗る活動家」
桜子「自由の女神、と勝手にあだ名を付けられた単なる慈善家です」
最上「とにかく我々は立場を越え一度閣下について総括する必要があるのではと思いまして」
桜子「少尉とお話をするには条件があります」
桜子「ひとつはオフレコ」
猪苗代「ぐはっ!」
桜子「もうひとつは『彼女』も一緒に」
猪苗代「喜んで!」
桜子「貴女じゃないしオフレコと言ったはずです」
猪苗代「げはっ!」
最上「踊り子のヒナですか」
桜子「はい」
桜子「貴方との話し合いはともかく、私と彼女、そしてあの男・・・来栖川義孝」
桜子「もろもろもつれ合ったままの思いは確かに一度整理したいのです。少尉には第三者の視点から調整役をお願いします」
猪苗代「第三者その弐の視点などは如何です?」
桜子「いりません。無関係すぎます」
猪苗代「あべしっ!」
桜子「貴方もまた、知りたいことが山ほどあるのでしょう?」
最上「はい。下手を打てば閣下の命に関わるかも知れない事態が起こりつつあります」
桜子「それは、そちらが心配する事ですか?」
最上「そちらが心配しないからです!」
最上「おい根室!」
最上「俺が席を外している間、猪苗代君に指一本でも触れてみろ」
最上「というかまず絶対に触れないとは思うが、とにかく安全は確保しろ」
根室「ああ、納得するまで話し合ってくるといい」
根室「時代は既に動き出しているのだからね」
桜子「では少尉も参りましょう」
桜子「新たなる時代へ・・・」
つづく