自由の女神(2)(脚本)
〇荒廃した教会
『奇跡は一度しか起こらないから奇跡なのです』
『ならあれは一体、誰の奇跡だったんでしょう?』
『教会は倒壊も炎上もすることなく、折り重なって倒れた柱が、一人の少女と彼女を庇った男をほぼ無傷で守りきったなんて』
『だけどその後、男が少女を残して忽然と姿を消したとの知らせを聞き、私は確信しました』
桜子「あれは奇跡などでは無かったと」
桜子「芸能博爆破事件と帝都大震災。二度に渡ってあの男が生かされ続けている意味はただひとつ」
桜子「災いなどでは済まされぬ最後がきっと用意されているのです」
桜子「その最後が既に執行されたか否かは分かりません。しかしもう一度あの男が私の前に現れたらその時は・・・」
〇荒れた小屋
桜子「・・・」
桜子「それにしても随分汚れてますわね」
桜子「ちゃんと食べているのですか?」
ヒナ「大きなお世話だ」
桜子「髪もボサボサだし床屋に行きなさい。幾ら帝都復興の折とはいえ女の子なんだから、身だしなみくらいきちんと」
ヒナ「そんな変な頭にされるくらいならボサボサでいい」
桜子「へ・・・変ですって?」
ヒナ「オッサンみたいだぞ」
桜子「お、お、お、オッサン!?」
桜子「これは断髪といってモダンガール達の間で最先端の・・・」
桜子「少尉!馬鹿みたいに口開けてないで笑いたければ笑いなさい!」
最上「失礼・・・ププププ」
ヒナ「漫才なら他所でやってくんねえか?」
ヒナ「足いてーんだよ」
桜子「・・・まだ時間かかりそうですか?」
ヒナ「右足ボッキリいっちゃってるからな」
最上「来栖川家御用達の名医に看てもらったのだ。きっとまた踊れるようになる」
ヒナ「どうでもいいよ別に」
ヒナ「踊りなんてもう・・・」
最上「話を戻します。桜子さん」
最上「この街に留まるのは閣下への反抗心からですか?」
桜子「随分と私を侮っておられるようで」
最上「その程度の覚悟でないならば話を進めます」
最上「ただ憲兵としてこんな事を口にするのは、我ながらどうかと思いますが」
最上「ここは、貧民窟で最も楽しい街だったからこそ人が集まっていたのではないですか?」
最上「その人々を貴女と根室は叛徒に仕立てあげようとしている」
桜子「先に仕掛けてきたのは陸軍でしょう!」
〇荒廃した国会議事堂
『震災の混乱の中、恐怖と不安そして怒りに蝕まれた一部の人間が行った犯罪の数々』
『窃盗。強盗。暴行。そして・・・殺人』
『政府はその全てを貧民や異人に擦り付け安易な方法で事態解決を図っています』
『すなわち、戒厳令』
『戒厳司令天粕少将率いる警備兵の巡邏は苛烈を極め、現行犯はもとより、少しでも怪しいと決めつけた者は問答無用で逮捕』
『さらに悪質なのは帝都日報を抱きこみ、貧民や活動家の逮捕のみを大々的に報道』
『彼らこそ帝都復興の妨げとなる存在だと臣民に喧伝・・・いえ臣民を洗脳しているのです』
〇荒れた小屋
最上「そこなのです、桜子さん」
桜子「・・・?」
最上「大芸能博爆破事件。オオスギ射殺事件」
最上「私は・・・本当の黒幕は戒厳司令官の天粕だと思っています」
桜子「え?」
最上「森田曹長は身代わりです。全て天粕の犯行」
最上「天粕公彦。士官学校のエリートにして大泉の懐刀」
最上「大泉吾一が今の地位まで上りつめたのは、天粕が反来栖川派を一つに纏めたからです」
最上「仮想敵を作って群衆を支配するのは天粕、いや憲兵隊の常套手段なんです」
最上「腐った人間ではありません。熱心に国家の行く末を憂う富国強兵論者でもあります。ただ奴は恐ろしい男です」
最上「その大儀を掲げ一刻も早く軍事参議となるには、年功序列で貴族主義的な来栖川閣下は大きな障害となっていたはず」
最上「閣下がいなくなって一番得をするのは天粕だったんです」
最上「そしておそらくこの私の疑念すら既に見破っているはずです」
桜子「・・・」
最上「オオスギが殺された時、私の疑念は確信に変わりました」
最上「奴なら帝都大震災の混乱を利用して、必ず活動家を潰しにかかる」
最上「トカゲの尻尾に来栖川閣下の一件も押し付ければなお結構」
最上「私が大芸能博爆破『事故』を嗅ぎ回っていると気付いたヤツが先手を打ったのです」
桜子「それを私に話して何の意味があるんですか」
ヒナ「あ~あ」
ヒナ「根室と関わると、なんでどいつもこいつもアホになっちまうんだろうな」
ヒナ「こういうのが思考停止ってやつか」
桜子「な、何ですって!?」
ヒナ「少尉殿は男爵サンの身が危ないから居所知ってたら正直に話してくれって言ってんだ」
桜子「・・・」
ヒナ「そのアマなんとかって真犯人。男爵サンが生きてるって知ってんだろ」
最上「来栖川司令似の道化師の存在は調査済みのようだ」
ヒナ「自分が殺そうとした男が生きていて『あ~バレてなくてよかった~』って思うような小心者じゃねえんだろ」
最上「小娘の割に冴えてるな」
ヒナ「暇だから本ばっか読んでんだよ」
ヒナ「バロンの形見だ」
最上「モルグ街の殺人。黒猫。ルルージュ事件。虎か女か」
ヒナ「一番面白れえのはこれだな」
最上「フランケンシュタインの怪物」
最上(猪苗代女史と気が合いそうだ)
ヒナ「と、いうわけでオイラは文学少女になったんだ。厄介ごとなら他当たってくれ」
ヒナ「革命がどうなろうと男爵がどうなろうと、知ったこっちゃねえ」
ヒナ「みんな捕まってみんな死にゃいいんだ」
ヒナ「バーカ」
最上「見事なまでにひねくれましたね」
桜子「あのように取りつく島もないのです」
桜子「お互い来栖川義孝の犠牲者。仲良くなれると思ったのですが」
最上「犠牲者・・・ですか」
最上「そこまで育ててもらっておきながら」
桜子「少尉には分かりませんわ」
〇貴族の部屋
『自分の家に憲兵がいる』
『24時間365日、自分を監視しつづける憲兵が』
『おのれを裏切った母と同じ道を歩ませぬ為に』
『おのれを裏切らせぬ為に』
〇荒れた小屋
桜子「そんな真似などをしなければ」
桜子「いえ・・・」
桜子「そんな真似などしなくても、私はお父様を嫌いになるはずなかったのに」
桜子「舘の庭で待っていたのに・・・」
最上「・・・」
桜子「お父様が今どこにいるかなんて知りません」
桜子「知りたくもありません」
桜子「時は新しく進んでいるんです。もう、会いたくなどありません」
桜子「過去に囚われる貴方にもです」
桜子「それに軽挙妄動はきつく戒めております。新生美しきけものもまた、対話による改革を旨としていますから」
最上「仮想敵を作るのは軍隊の常套手段ですよ」
最上「くれぐれも、蓬莱街を帝都の敵になさらぬよう」
桜子「帝都の敵となるのは戒厳兵です」
桜子「私の正義がそれを証明してみせます!」
最上「・・・」
最上「掃除・・・手伝ってやろうか?」
「出てけ」
「軍人も革命家も大嫌いだ」
最上「分かった」
最上「いや、分かっている」
つづく
最上「あ、そうだ」
最上「君に一つ聞きたいことがあるのだが・・・」
本当に、つづく