読切(脚本)
〇駅の出入口
新宿駅構内の地下のレストルームで化粧を直しながら、私は初めて彼と会ったときのことを思い出していた。
二年前のことであった。
彼はそのとき新宿中央病院で研修医として働き始めたばかりで、わたしは中学二年生になったばかりだった。
〇病院の診察室
先生「ぜんぜん緊張しなくていいからね」
カルテに目を向けたまま、先生は言った。
先生「どこか悪いところはある?」
ゆめ子「ありません」
先生「心配なこととか、嫌なことはない?」
ゆめ子「ありません」
先生「僕にききたいこととか、して欲しいことはあるかな?」
ゆめ子「ありません」
先生「そう・・・」
困ったな
先生「何か飲む?」
カウンセリング早々に話題が尽きてしまった先生は、腰を上げてヤカンを火にくべた。
あまり知られていないことだけれども、最近の病室はあんまり白くないし、備え付けのキッチンまである。
おまけに先生がいる部屋はいつも花とかお菓子とか英語の手紙とかであふれていてごちゃごちゃだ。
先生「じゃ、学校の話をしよう」
ゆめ子「ええっ」
先生「ともだちは? どんな子がいる?」
ゆめ子「い、」
ゆめ子「いません」
先生「じゃあ」
先生「好きな人はいる?」
ゆめ子「やだ、セクハラですよ」
〇病院の診察室
私の援助交際がバレて、カウンセリングの指導を受けるようになってから早三ヶ月が経つ。
先生にも友達にもバレて学校でも浮いてしまって、お金と引き替えにたくさんのものを失ってしまった。
両親は泣いたし、私も泣いたが、それはやったことへの懺悔と言うよりは、うまくやれなかったことへの苛立ちからであった。
先生「そう?」
それを知っていながらこの人はわざと癪に障るような、なんというか、なんでこういう嫌なところばかりついてくるんだろうか。
先生「じゃあいないんだ」
そんなに何が面白いんだろう。いちいち逆鱗のあたりをなでまわしながらそれでたいへん愉快そうなのがたいへんに不愉快である。
「どんな人が好きなの?」
ゆめ子「!?」
先生がぐっと鼻を近づいてくると、先生は先生は私の耳に口を寄せて、とろけるような甘い含みをもってささやく。
ゆめ子「や」
ゆめ子「やさしいひとが、好きです」
先生「本当?」
ゆめ子「あ、あ、あの」
や、やめて欲しい。なんだか、とても距離が近い。
ぎっ、と椅子が軋んだ。
「──!?」
強い力で抱きしめられて、ぎゅっと抱きしめられる。
先生は消毒液みたいな匂いがしてクラクラする。私はわかる。いま、制服の下ですごくだらだらと背中に大量の汗をかいている。
私たちは見つめあったままで、しばらくそうしていた。
わたしは何もできなかった。
ただ先生はすごく身長が高くて、細くて、電柱みたいなので、ちょっと、というか、すごく怖かったのを覚えている。
〇病院の診察室
先生はそうして嬉しそうに私をじっと観察していたけれど、ほほえんで私の頬に手を添えてきて、そのまま唇をゆっくりと重ねた。
ゆめ子「ん、ん、う」
「ふふふ」
肉芽、という表現するよりは、マシュマロみたいな感覚である。
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確かに難しい年頃なのかもしれません。
特に昔と違って今は色々と情報も早いだろうし…便利になった分新たな不憫性もあるのかなぁとも感じてしまいます。
カウンセリングの先生がそんな事していいの?とハラハラドキドキさせられるお話でした笑主人公の女の子も気は強そうでもやっぱりまだ中学生なんだなと思わせるリアルな描写で面白かったです。
とても生々しい少女性が描かれていて面白いです。不安定な主人公の心情と、お金という確固とした価値尺度のものの対比・取り合わせがドキリとさせられます。