〇病院の診察室
　　――揺りかごから墓場まで、という言葉を習ったのはいつの事だっただろうか。
　　俺・・・こと、藍円寺昼威（アイエンジヒルイ）は、人気のない診察室で、観葉植物に水を上げながら考えた。
　　はっきり言って、記憶にない。
　　高校卒業後、医大を出て、無事に国家資格を取り──
　　その後の研修医生活とフェローシップを経て、心療内科・精神科クリニックを開いたのは、昨年の事だ。
　　今年で三十一歳になる俺は、開業するには非常に若かった。
　　正直、迷った。
　　何を迷ったかと言われたならば、何の専門医を目指すか、である。
　　二択だった。産婦人科と精神科である。
　　俺の実家は、藍円寺というお寺なので、産婦人科を選んでいれば、出産から葬儀まで対応できると一瞬だけ考えた。
　　しかし時代は少子化――。
　　この田舎の新南津市とて、どんどん出生率は減るはずだ。
　　代わりに、現代のストレス過多社会では・・・。
　　やはり精神科の方が、儲かるだろうと思った。
　　そんな考えから精神科医となった俺であるが、近隣の大繁盛の産婦人科クリニックを見て考える。
　　俺のクリニックは、はっきり言って混み合った事は一度もない。
　　ああ、産婦人科にすれば良かったな──
　　――とは、思わない。
　　二つの理由から、俺はそれを考えた事が無い。
　　まず一つ目。
　　最初は懐を理由に選んだ精神科であるが（結果、儲かっていないわけだが）、学んでみると、面白すぎた。
　　精神医学最高・・・泥沼に、俺ははまりこんでしまったのである。
　　それから二つ目・・・なおこれは、公言しては決して認めるわけには行かない事実だ。
　　――産婦人科には、水子の霊が多すぎた・・・。
　　口に出したら、己が精神科の病棟に入院する事になるだろうと確信している俺は――視える。
　　寺の息子だからなのか、生まれつき、霊が視える。
　　幼き日、その視えるものが、浮遊霊や、妖（アヤカシ）だと知った頃、俺は衝撃を受けたものである。
　　教えてくれたのは、本家である、玲瓏院（レイロウイン）家の当時のご当主──
　　現在のご隠居だ。
　　玲瓏院家というのは、過去に偉人に褒められた事があるとされる、この土地の名家だ。
　　心霊現象に関して非常に造詣が深いと崇められていて、
　　さらには新南津市では玲瓏院家に逆らったら生きてはいけないとまで言われている。
　　非常に強い霊能力を持つ者が多い。
　　分家である藍円寺にも、その能力が伝わっているらしい。
　　視えてしまうから、俺は心霊現象が大嫌いだ。
　　否定して生きている。
　　なお、俺は頭が良さそうだとよく言われるが・・・医師の全ての頭が良いというのは、誤解である。
　　俺は、浪人こそしなかったし一発で国試にも通ったが――見た目に反して、お世辞にもきちんとした人間ではない。
　　集中力が人よりあるので、熱中した事のみ記憶力が働くし、試験前にもそれは発揮される・・・が、すぐに忘れるタイプだ。
　　幼き日は、一夜漬けの名手だった。
　　その点で言うならば、俺は三人兄弟なのだが、末っ子の享夜（キョウヤ）が一番きちんとしているだろう。
　　現在の藍円寺の住職は、享夜だ。
　　なお、長男の、朝儀（アサギ）は、現在三十六歳にして、転職活動中の無職であり、シングルファーザーである。
　　朝儀の息子で来年中学生になる、斗望（トモ）を入れて、この三名が、俺の近しい家族だ。男ばかりだ。
　　空調の温度を確認してから、俺は時計を見た。
　　現在、十四時五十分。午後の診察は、十五時からだ。
　　なお――予約は、二名。本日は、珍しく多い。
昼威「・・・」
　　予約患者の名前を見て溜息をついてから、俺は待合室へと向かった。
　　――無人である。
　　予約は十五時半から一名、十六時半から一名だ。
　　飛び入りの患者が来る事も滅多にない。
　　これでは食べていけないため、俺はクリニックを閉めた後は、近所の総合病院の救急でバイトをしている。
　　今日も十九時からはそちらの予定だ。
　　俺が脳裏でスケジュールを思い出していた時、不意に神聖な気配がした。
　　すごく嫌な気分になった。気配は神聖だが、俺はこれらの持ち主が嫌いだ。
　　気配を感じ取ってからすぐに、クリニックの扉が開いた。
侑眞「こんにちは、昼威先生。今日も暇そうで良かった」
昼威「何をしに来た？」
　　入ってきたのは、この土地で比較的有名な（観光名所である）、御遼神社の跡取り神主だった。
　　馴れ馴れしく、人の傷を抉るような事を、笑顔でサクッと口にした、御遼侑眞（ゴリョウユウマ）の姿を見て、
　　俺は苦々しい気持ちになった。
　　年下のくせに・・・。
　　なお、神聖な気配の持ち主は、侑眞では無い。
　　俺は、御遼侑眞も嫌いだが、それ以上に、訪れた後輩の両隣にいる・・・
　　妖狐と・・・
　　・・・神様が嫌いだ。
　　それは寺の家系であるから、神道が苦手という意味合いではない。
　　侑眞本人には一切見えていない存在だ。
　　御遼神社の祀る、天御中主神（アメノミナカヌシノカミ）も。
　　その遣いである、水咲（ミサキ）も。
　　一度、この二体（？）について、俺は調べた事がある。
　　天御中主神はどうやら水天宮を総本山とする全国の神社が祀っているらしいから、
　　その系列の御遼神社にいたとしても、不思議はないのかもしれない。
　　だが、妖狐は稲荷神社系である気がする。見た目にあまり狐要素はないが・・・。
　　調べたといっても、ネットで暇つぶしに検索しただけの俺には、ただただ神様と妖狐が胡散臭い存在にしか思えない。
　　ただ、気配は神聖だ。それは俺にも理解できる。
　　視える、見たくないのに、視える――だからこそ俺は、この二体が嫌いだ。
侑眞「実は、昼威先生にお願いがあって。俺が来たんだから、わかるでしょう？」
侑眞「人形供養を頼まれていまして。困ってるんだよね」
昼威「粗大ゴミに出せ」
侑眞「先生って罰当たりだよね」
侑眞「それで先生に頼みたくて」
昼威「・・・」
侑眞「既にお布施を頂いちゃって」
昼威「――享夜に頼め」
侑眞「俺の神社でどうしてもと・・・」
昼威「ほう。で？　寺の息子ではあるが、現在精神科医の俺に、一体何を頼みたいんだ？」
　　辟易しながら俺は先を促した。
侑眞「呪われてて、燃えないんだよね。だから、ほら、除霊をパンパンって。昼威先生なら見て一分で除霊可能だと思うなぁ」
侑眞「享夜くんだと、お教を読む時間がかかるし、神社で読んでもらうのも申し訳がないし」
　　その言葉が終わった時、神様が俺を見た。
神様「よろしくねぇ、今回もさぁ。どうせさぁ、なしよりのありでしょ？」
　　どこからどう見ても二十代前半のチャラそうな神様は、へらへらしている。
　　このゆるっとした雰囲気も、俺はあまり好きではない。
水咲「お布施の三分の一を、侑眞は支払うつもりだ」
　　この水咲という妖狐は、最近――俺が貧乏であると確信しているらしい。
昼威「帰ってくれ。呪いなんて気のせいだ」
昼威「俺が払っているのはあくまでもホコリであり、お祓いといったオカルトの類は、この世には存在していない」
　　俺は神様と妖狐の声など何も聞いていないフリをして、そう断言した。
侑眞「今日は救命救急のバイト、二時あがりだよね？」
侑眞「じゃ、四時に御遼神社で待ってるので、よろしくお願いするね」
　　しかし侑眞は、俺の言葉を無視した・・・。
昼威「なぜ俺のバイト時間を知っているんだ？」
侑眞「えー？　明日の夕方までに人形供養を終わらせたいから――ちょっとね」
　　ちょっと何をしたのか聞こうとして、俺は止めた。
　　狭い土地だから、それこそ『ちょっと』聞いたり調べれば、勤務時間など余裕で分かる。
　　バイト先（病院）から藍円寺（自宅）に帰るまでの途中に、御遼神社は存在している。
　　少し立ち寄るくらい、実を言えば問題はない。
昼威「・・・」
　　侑眞（と、神様と妖狐）の依頼を引き受ければ、欲しかったウィニコットの直筆原稿が落札できるかもしれない。贋作の噂もあるが。
　　正直嫌な依頼だが、本を手に入れたい。
昼威「・・・この世に心霊現象なんて存在しない、が、たまには神社にお参りにでも行くか」
侑眞「いいかげん認めたらいいのに。でも、まぁ――」
侑眞「ありがとう。じゃあ、あとでまた」
　　こうして、侑眞（達）は帰っていった。
　　何も視なかった。俺はすぐに首を振る。
　　それから残された俺は、自分の金欠具合に嘆きながら、嘆息して時計を見た。もうすぐ、予約の時刻だ。
　　――その後一度診察室に戻り、カルテを確認してから、俺は患者を待った。
　　時間通りに訪れた患者は、二十代の会社員。
　　主訴は、過食である。
　　いかに体調が辛いかを訴える彼女を見ながら、俺は目を細くした。
　　患者の女性の肩に、餓鬼という妖が乗っているのはいつもの事である。
　　ひとしきり相談が終わった所で、俺は餓鬼をつまみ上げて投げ捨てた。
患者の女性「先生と話していると、体が楽になるんです！　今なら、もう食べなくても大丈夫な気がして！」
　　そう言って、女性は帰っていった。
　　・・・精神疾患ではないから、薬の処方はしていない。
　　約十五分で終わったため、空き時間にはコーヒーを飲んで過ごした。
　　摂食障害と診断して薬を出して、処方箋で小遣い稼ぎをしたいという誘惑に時折駆られるが・・・それでは、誤診である。
　　変な所で正義感の強い俺には、どうしてもそれは出来ない。心が痛むからだ。
　　続いて訪れた患者は、初老の男性だった。
　　主訴は、不眠である。いかに眠れないかについて、老人が語る。
　　それを静かに十分ほど聞きながら、俺は彼の頭の上であぐらをかいている小鬼を見た。
昼威「あ、ちょっとホコリが」
　　俺はそう言うと、バシンと老人の頭の上を殴った。周囲には宙を空振りしたように見えるだろう。
初老の患者「――いやぁ、さすがは藍円寺の！　玲瓏院の分家だけはある！　とってくれてありがとうございます！」
　　老人は、女性と違い、はっきりとそう言ってから出て行った。
　　・・・睡眠障害と診断する時間すらない。
　　そしてこの老人は、本人も『小鬼がついているから昼威の所へ行くが良い』と、
　　玲瓏院のご隠居に、娯楽の将棋中に言われてやってきたらしく、原因が怪異だと確信している。
　　そもそも女性も、この男性も、最初から俺のお祓いが目的で、このクリニックに足を運んでいる。
　　俺は、心霊現象を否定しているから、若い患者は付き合ってくれるのだ、その素振りに。
　　しかし、新南津市という心霊現象に肯定的な土地で生きてきた人々は、特に歳を経ているほど、きっぱりと言う。
　　なお、本当に精神的に体調が悪い人は、最初から総合病院の精神科に通っているらしいので、あまりここには来ない。
　　来た場合も、酷ければ、無論俺は紹介状を持たせている。それは地域医としてやらなければならない事だ。
　　泣きたい気持ちになりつつ、どうせもう今日は患者が来ないだろうと判断し、俺はクリニックを閉めた。
　　新南津市には心霊協会なる存在があるのだから、そちらに頼めば良いといつも思う。
　　藍円寺で住職をしている、弟の享夜も、除霊のバイトで生計を立てているほどだ。
　　が――込み合っているらしく、先程の二名のような軽い霊障かつ慢性的と判断されている人々は、後回しが多いそうで、
　　そんな僅かな人々の希望の星が、このクリニックであるという評判を・・・俺は時にネットで見てしまい、都度削除を要請している。
　　その後、俺は着替えてバイクに乗った。

〇病院の廊下
女医「昼威先生！　すぐに入って下さい！」
昼威「ああ」
　　俺の姿を見ると、女医が救世主を見たような顔をした。
　　この新南津市には、腕の立つ外科医が、非常に少ない。
　　俺はフェローシップ中から、外科あるいは救命救急を専門にしないかと何度も誘われ、何度も声をかけられ、
　　最終的に懇願されたが――断った。
　　集中力がずば抜けていて、この方面では記憶力も幸い働いている俺は、切り刻む事に長けている敏腕外科医として評判だ。
　　バイトばかりの救命救急において、ある程度の経験がある俺が来ると、
　　同じくバイトに来ている新人医師達も目に見えて安堵する。
　　俺とてまだ若いのだが、外科の腕だけは、認められている。
　　しかし俺は、二つの理由で外科を断った。
　　一つは、現代医療が進んでいったら、その内ドローンか何かが切り刻むようになる気がしたからだ。
　　二つ目は、死に関わる事が多いので術後にその場で亡くなった方が霊になった直後、呆然としているのを見ると心が痛むからである。
　　もっともそれは、俺の都会での経験であり、新南津市ではバイトで楽々こなせる程度の救急患者しか来ない。
　　死亡に繋がるような、手術が必要なような、そう言った事件事故病気は、あまりない。
　　人自体が少ないのと、皆がゆったりしているのと、本当にまずい場合は、大きい都市の病院に最初から搬送するからである。
　　とはいえ、たまにある。中でも多いのは、交通事故と怪我だ。他への搬送では、間に合わなそうな場合も運ばれてくる。
　　今回もそんな急患がいた。
　　てきぱきとメスを動かし縫合し、急患三名を、入った直後に俺は治療した。
　　神の如き腕前だ――俺が入っている日であれば、他に運ぶまでもない事が多い。
　　紺色の手術衣の帽子を取ると、俺の黒髪が前に落ちた。
　　これを僧服にして、さらに若い顔にすると、弟そっくりになるそうだ。
　　よく俺が言われるのは、「もうちょっと髪型を、享夜さんに寄せてみては？」である。
　　時折坊主にしようか悩むのだが、過去にそうしたら「寺の息子だしな」とからかわれて、二度としないと誓った事がある。
　　それからコーヒーを飲み、俺は残り時間は幸い誰も来なかったので、周囲と雑談をしながら過ごした。
　　そして、バイト時間が終了したので、御遼神社へとバイクで向かう事にした。

〇古びた神社
侑眞「待っていたよ」
　　鳥居をくぐると、侑眞が立っていた。
　　燃やす用意は万全であるようで、独自の進化を遂げている御遼神社流の手法──
　　俺にはただ燃やすだけに見える神道の流れを汲む何らかの儀式の準備がしてある。
　　藁の上に和風の人形がポツンと置いてあった。
　　歩み寄り、俺はその人形の帯をバシンと叩いた。
昼威「おう。じゃあな、俺は帰る」
　　その後、挨拶をした。俺は、視界に入った瞬間に、基本的に霊や妖を振り払う癖がある。
　　視える前に、消すのである。そうして、無かった事にして、俺は進んでいる。
侑眞「その人形、何がついていた？」
昼威「――ホコリがちょっとな」
　　振り払う言い訳として、若干苦しいが、俺はそう答えている。
　　クリニックの患者に対しては、迂闊に体に触れるわけにはいかないので、
　　いつも念のための診察として、適当に聴診器を当てたりしながら、
　　さらっと除霊する場合もあるが、基本的には、右手で叩きさって、強引に除霊している。
　　浄霊などは、一度もした事はない。供養も、実家の法事など以外の、行事という意味合いを除いてはした事がない。
侑眞「あ、これ、お礼です」
　　侑眞はそう言うと、俺に分厚い封筒を渡した。
　　無表情で受け取り、俺は顎で頷いて、そのまま歩き出す。
　　そして階段下に止めてあったバイクに乗り、自宅である藍円寺へと帰った。

〇銀閣寺
　　すると、深夜帯に除霊のバイトをしている事が多い、弟の享夜が丁度帰宅した所だった。
　　見ると享夜の肩に、大量の浮遊霊がついていたので、俺は歩み寄って、バシンと叩いた。
昼威「ホコリがついていたぞ。それにしても、また除霊のバイトか」
亨夜「ああ。悪いな」
昼威「しかし馬鹿馬鹿しいバイトをよく続けられるな。幽霊なんて存在しない」
亨夜「お前だって、救急のバイトの帰りだろう？　そちらを専門にしてはどうだ？」
　　享夜は、切れ長の瞳を険しくし、靴を脱ぐと中に入って腕を組む。
亨夜「昼威。今月のバイト代を、さっさと家に入れろ」
昼威「その・・・・・・」
亨夜「誰のバイト代で、お前は食べてるんだ？」
昼威「――これで良いか？」
　　舌打ちしながら、俺は、先程侑眞から受け取った封筒を、弟に渡した。
　　実際、水道光熱費、その他すべてを払っているのは、享夜である。
　　それも檀家がほぼいない廃寺に等しいこの寺の収入ではなく、除霊のバイトの稼ぎである。受け取った享夜が、首を捻る。
亨夜「昼威、この封筒――御遼神社の透かしが入ってるぞ？」
昼威「・・・・・・たまたまそばにあった封筒がそれだけでな」
亨夜「そうか」
　　それから享夜は、中を見て、世界を滅ぼしそうなくらい怖い顔をした。
亨夜「昼威、なんだこれは？」
昼威「何がだ？」
亨夜「確かに、スーパー魚河岸の商品券は有難い。ただ俺が言っているのは、現金だ」
昼威「商品券・・・・・・？　ッ、あいつ・・・・・・！」
　　封筒を奪い返し、中にあった商品券を見て、俺は舌打ちした。
　　中には、一枚で二百円計算のオリジナル商品券が、百枚ほど入っているようだった。
　　当然、そのスーパーでしか使用不可だ。
昼威「これじゃウィニコットの原稿が買えないじゃないか。悪い、享夜！　三万円ほど貸してくれ！」
亨夜「貸さない！　お前は一度も俺に返済していないだろう！」
昼威「今月の救急のバイト代と三万あれば、落札できるんだ。頼む！」
　　反射的に俺が現状を訴えると、享夜が目を見開いた。
亨夜「ちょっと待て、お前、バイト代も・・・・・・家に入れないつもりなのか!?」
昼威「あ、い、いや――クリニックの収入がある」
亨夜「それはクリニックの家賃を払うので消えるだろう!?　寧ろそちらも赤字なんじゃないのか!?」
　　享夜が叫んだので、俺は微笑した。
　　滅多に笑顔を浮かべない享夜と俺の、服装以外の一番の違いは、表情だ。
　　俺は、一応、作り笑いが可能だ。しかし、引きつったのは否めない。
昼威「頼む、頼むから！　お願いだ！　享夜！　俺達は、兄弟だろう？」
亨夜「兄弟だからこそ、兄の愚行――浪費は止めないとならない」
昼威「浪費じゃない。今後の俺の学識を高めるためには、絶対に必要なんだ」
亨夜「・・・・・・本当か？　この前も、同じ事を・・・・・・」
昼威「ああ、本当だ」
　　真剣な顔を取り繕って、俺はきっぱりと言った。
　　沈黙した弟を見て、実は怖いように見えて、案外押しに弱いと気づいている俺は、もう少しだと思った。
　　住職である享夜は、俺に専門的すぎる話（言い訳）をされると、
　　自分が知らない医師の世界であるものだから、悩んだ末にいつも押し切られるのである。
　　根がおひとよしなのだろう。俺は時々、弟が心配になる。
亨夜「・・・・・・分かった」
　　こうして、その日、俺は三歳年下の弟から三万円を借りた。
　　俺は早生まれなので、学年では四つ違う。
亨夜「それはそうと、術着で家の中を歩くのをやめろ。お前、その格好でバイクに乗ってきたのか？」
昼威「うるさい」
　　その後俺はシャワーを浴び、あとで御遼侑眞に抗議をしようと決意しながら、就寝した。
　　なお、その後無事に落札した直筆原稿は、見事に贋作であった。