エピソード26(脚本)
〇闘技場
槍をふるうひとりの女騎士は艶(あで)やかな赤茶の髪を有している。
頭の後ろ、高めの位置で丁寧に一括りされた長い髪は、腰のあたりまで伸びている。
まっすぐな姿勢で鋭い眼光を向けるその姿は凛とした雰囲気だ。
彼女の名は、エミリア・グレイス・ブッシュバウムという。
エミリアは特級コレクターでありながら、ギルドお抱えのメタリカ騎士団の団長を務めている。
そんなエミリアがいる修練場を訪れたのはエドガー・アルベルト・ブッシュバウム。
ふたりはいとこ同士で、エドガーはエミリアを慕い、エミリアもエドガーをかわいがっている。
エドガー「エミリア姉さん」
エミリア「エドガー!」
エミリアは槍を地面に置き、がばっとエドガーを抱き寄せる。
エドガー「ちょっ・・・、姉さん!」
エミリア「聞いたぞ。上級試験に合格したらしいな! おめでとう!」
エドガー「っ・・・ありがとうございます」
少し沈んだ顔をしているエドガーを見てエミリアは首を傾(かし)げた。
エミリア「どうした? 浮かない顔をしているぞ」
エドガー「えぇ・・・今回の結果を手放しには喜べない事情がありまして・・・」
エミリア「なにがあった?」
エドガー「借りを作ってしまった・・・というところでしょうか」
エドガー「ブッシュバウム家の嫡男としてあるまじきことです」
エミリア「なるほどな。 だがなにも恥じることはない」
エミリア「どんな形であれ、試験に合格した。 それが、お前が認められた何よりの証拠だ」
エドガー「・・・はい。いずれ挽回します」
エミリア「ああ。 それにしても、いったい誰に借りを作ったんだ?」
エミリア「中級コレクターの中にお前に貸しを作れる者がいるとは到底思えないが」
エドガー「僕もそう思ってましたよ」
エミリア「その者の名は?」
エドガーは思い出すように宙を見上げた。
エドガー「ニル、という男です」
エミリア「ニル・・・あの名滅と呼ばれている男か?」
エドガー「ご存知だったんですね」
エミリア「ああ、なにかと最近ギルド内でも耳にする名だ」
エミリア「ネームドを倒し、ひとつの街を救った英雄だとかなんとか」
そこまで言って、エミリアはふっと鼻で笑う。
エミリア「噂にしても尾ひれがつきすぎというものだ」
エドガー「・・・。 ええ、僕も全てが事実だとはまだ思えません」
エドガー「でも、あながち間違ってないのだと、今は思っています」
真面目な顔で言うエドガーに、エミリアは少し驚いた。
エミリア「・・・なるほど。 そういえばライザーも同じようなことを言っていたな」
エミリア「お前たちがそこまで言うとは・・・ただ者ではないということか」
そう呟き、エミリアは足元の槍を拾いあげる。
そのまま槍を構え、柄をぎゅっと握った。
エミリア「まあその実力が本物なら、いずれ出会う機会もあるだろう」
エミリアのピリッとした気を感じ、エドガーは姿勢を正す。
するとそこへ、ひとりの男がやってきた。
騎士団員「失礼します。 エミリア様、議長がお呼びです」
エミリア「議長が・・・わかった。 汗を拭いてすぐ向かおう」
エミリアはエドガーをまっすぐ見据え、ゆったりと笑みを浮かべる。
エミリア「エドガー、続きは今度の晩餐会(ばんさんかい)の時にでも聞かせてくれ」
エミリア「改めて合格おめでとう。 今後も期待しているぞ」
エドガー「はい。 ブッシュバウム家の名に恥じぬよう精進いたします」
〇西洋の円卓会議
エミリアは荘厳(そうごん)な扉の前で立ち止まり、強く2回ノックする。
「エミリア・グレイス・ブッシュバウム、参りました」
議長「入るがよい」
エミリア「失礼します」
エミリアは扉を開け、部屋へと入る。
議長はエミリアに背を向け、部屋の窓のステンドグラスを見つめていた。
エミリアは片膝をつき、視線を下げる。
エミリア「何用でございましょう」
議長「ふむ。 お主、ニルという名の男を知っているか?」
エミリア「!? ニル・・・ですか?」
エミリアは少し動揺したが、議長は変わらない抑揚で話を続ける。
議長「ああ。 近頃の評議会でなにかと話題に上がる新人の名だ」
エミリア「・・・はい。私も度々耳にしております」
議長「そうか。それで、お主はどう思う? ただの噂だと思うか?」
エミリア「噂と申しますと?」
議長「ネームドを倒し、アーティレを救ったという話だ」
エミリア「・・・なるほど。 私見ですが、それが事実であるという可能性は薄いと思います」
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