とある青年の世界見聞録

霧ヶ原 悠

果樹と宴の町(脚本)

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霧ヶ原 悠

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〇西洋の街並み
  「果樹と宴の町へようこそ!」
  ポップな文字の踊る看板が、町のいたる所にかかっていた。色とりどりの花が咲き乱れていて、素朴で可愛らしい印象を受ける町だ。
アダム「ほうほう、宴とな! よいな、よいな!」
トルヴェール・アルシャラール「絶対騒ぐなよ、アダム・・・」
  まあ果物特有の甘く爽やかな香りと、町の奥から聞こえてくる陽気な音楽。
  さらに頭の上で燦々と輝く太陽とくれば、浮かれるなというほうが無理か。
  さて、この果樹と宴の町というところは、なだらかな山に囲まれた平野にあった。
  といっても、いわゆる居住区は平野の真ん中辺りにこじんまりとあるだけで、あとは一面果樹畑だった。
トルヴェール・アルシャラール「あの、すみません」
獣人の少女「わっ、旅人さんですか? こんにちは! ようこそ果樹と宴の街へおいでくださいました!」
トルヴェール・アルシャラール「ありがとう。 実は今晩泊まれるところを探しているんだ。お湯を使えるところだとなおいいんだけど」
アダム「柔らかいベットもである!」
  僕たちがそう尋ねると、レモン色の髪から渦巻く角がのぞいている獣人の少女は、嬉しそうに教えてくれた。
獣人の少女「ご安心ください! 中央広場に一軒だけあるお宿は、全部屋ベット完備、お湯も手頃なお値段で提供していますから!」
トルヴェール・アルシャラール「えっ、一軒だけ? じゃあもう部屋は埋まってるかもしれないな・・・」
アダム「なんだと!? 我はいいかげん柔らかい布団の上で寝たいのだ! 荷物の上は固すぎる!」
トルヴェール・アルシャラール「僕はいつも地面の上なんだが?」
  思わず睨むけど、アダムはどこ吹く風だ。
  けど、仕入れの商人の他、ケーキやお酒を目当てに来る観光客は多いだろうに、宿が一軒しかないなんて。
獣人の少女「大丈夫ですよ! もう暖かくなりましたから、朝から晩までお酒を飲んでそのまま道ばたでごろ寝する人がほとんどなんで!」
獣人の少女「寝泊まりするために部屋を取る人はほとんどいませんよ!」
トルヴェール・アルシャラール「・・・なるほど」
  非常識が常識になった瞬間だった。
  他にどう言えと。
獣人の少女「だから荷物を預ける貸金庫の方が多くて、値段も一泊する時の三分の一ぐらいです」
トルヴェール・アルシャラール「値段には心惹かれるけど、それはさすがにちょっと・・・」
アダム「大胆というか暢気というか。とにもかくにも驚かされたわ」
獣人の少女「アハハッ、まあそうなりますよねえ」
トルヴェール・アルシャラール「いろいろ教えてくれてありがとう。 とりあえず宿に行って聞いてみるよ」
獣人の少女「ええ、ぜひ! ちなみに今日は山桃の記念日なので、お菓子や草木染めの屋台が出てますよ。よければそちらにもお立ち寄りください」
獣人の少女「どうぞ楽しんでいってくださいね。 真なる天地の喜びが多からんことを」
トルヴェール・アルシャラール「ありがとう。 君にも、真なる天地の喜びがあるように」
  この町では毎日が何かの記念日になっていて、いつも祭や催しや大会が行われているのが〝宴〟の由来らしい。
  追記すると、明日は歯の健康記念日で、明後日は雑巾がけの記念日らしい。色々謎なうえに、清々しいほどの自由っぷりだ。
  女の子に言われた通り中央広場近くの宿屋へ行けば、二階建ての部屋は半分も埋まっていなかった。
  どれだけ宿泊部屋の需要がないかがよく分かった。

〇英国風の部屋
  宿でお湯を購入し、さっぱりしてくつろいでいるうちに夕暮れも過ぎて、町のランプに火が灯される頃になっていた。
トルヴェール・アルシャラール「せっかくだから僕は晩ご飯も兼ねて外に飲みに行こうと思うけど、お前は?」
アダム「行くに決まってるであろう!」
トルヴェール・アルシャラール「分かったからよだれを拭け」

〇兵舎
宿の主人「おや、お出かけですかな」
トルヴェール・アルシャラール「ええ、せっかく宴の町に来ているのですから、飲みにでも行こうかと」
宿の主人「おお、それはよいですな、ぜひぜひ」
  初老の宿の主人は破顔して、おすすめだという店を二、三軒教えてくれた。
  そして、最後にこう付け足した。
宿の主人「もし乱闘騒ぎや狼藉を働こうとする者を見かけたら、近くのゴーレムに一言伝えてもらえますかな」
宿の主人「そうすれば、後はゴーレムたちが相手をしますので」
宿の主人「まあ定期的に巡回もしているので、こちらからわざわざ声をかけることもそうないとは思いますがねえ」
  なんでも、果樹園の警備や夜の町の見回り、酔っぱらいの介抱などを頼んでいるらしい。
宿の主人「なにせゴーレムには、サボるとか誘惑に駆られるとかいうことがございませんからな。どんな生き物よりも頼りになるというものです」
トルヴェール・アルシャラール「なるほど、もっともですね。 それではもし何かあったら、僕も頼りにさせてもらおうと思います」
宿の主人「ええ、そうしてください。 では、いってらっしゃいませ」

〇西洋の街並み
  薄墨色の外は、思っていたよりもずっと明るかった。
  赤や黄色やオレンジのガラスのランタンが、家の前、店の軒先、はたまた道に沿って、たくさん並べられていたからだ。
  さあ腹ごしらえ、というところで意見が割れた。
アダム「それではフルーツとパンケーキのパラダイスへいざ!」
トルヴェール・アルシャラール「ホント、酒はなんでも飲むくせに、食は年頃の人間の女の子と大差ないのはなんでなんだ?」
トルヴェール・アルシャラール「でも僕は辛党だから、行くのは香辛料たっぷり麺料理が名物のお店です」
アダム「あ、こらっ! そっちではないぞトルル! あっちじゃ!」
  アダムはそう言って僕の髪を引っ張ったけど、無視した。そう思うんなら、自分で歩けばいい。
アダム「だからそっちではないと言っておるだろおぉぉ!」
トルヴェール・アルシャラール「はあ、すごく美味しかった。やっぱり温かい食事はいいな」
  考案中の新メニューというのも食べさせてもらえて、僕は満足顔でお店を出た。
  一方、僕の方で腹這いになっているアダムは、口を開けて外の空気をいまだ熱冷めやらぬ口内に送りつつ、苛立った声で言った
アダム「・・・我はまだ舌がヒリヒリしておるわ。この馬鹿者が」
  そんな恨みがましい目で見られても、どんな味か聞きもせずに口に入れたアダムが悪いんだからな。
  若い人間の店主がくれたのは小ぶりの肉団子だった。
  噛んだとたん、熱い肉汁と一緒に指先まで痺れが伝わるような辛みという名の痛みが、口の中いっぱいに広がった。
  ただ、他のお客さんも涙目で水をあおってたから、大の甘党のアダムが大げさだったわけではないのかもしれない。
アダム「おぬしのその強靭な舌だけは、何年経っても理解できぬわ」
トルヴェール・アルシャラール「強靭な舌ってなんだ・・・」
アダム「次はあそこじゃ! 甘いものも充実してるという話のバーじゃ! 初めからああいうところにしておけばよかったものを!」
トルヴェール・アルシャラール「ああ、うん、悪かったって」
  円形の広場に面しているバーの木の扉を押した。カラランとベルが軽い音を立てる。

〇シックなバー
マスター「いらっしゃい」
  マスターは、一ツ目の大きな男性だった。店内は思っていたよりも広くて、小さいステージもあった。
アダム「我はホイップたっぷりアイスとフルーツ盛り合わせ、酒はさっぱりすっきり冷たいものを頼む!」
マスター「はいよ」
トルヴェール・アルシャラール「さっきもデザートを食べてただろ。腹を壊すぞ?」
アダム「喧しい! 今我の口の中は猛烈に熱くてかなわんのだ。おぬしも焼けた鉄を口に含んでみれば分かる!」
トルヴェール・アルシャラール「お前は焼けた鉄を口に入れたことがあるのか?」
マスター「ほら、注文の品だ」
アダム「うむ! おお、これは美味そうな。 さっそくいただくとしよう」
  マスターが小鉢とグラスを並べたとたん、アダムは嬉々として腕を伸ばした。
マスター「で、そっちの兄ちゃんは何にする?」
トルヴェール・アルシャラール「そうですね。特に好みはないので、あなたのおすすめをいただけますか?」
マスター「あいよ。ところで、お連れは随分とご立腹のようだな?」
トルヴェール・アルシャラール「さっき、ここの裏にある黄色い屋根の料理店に行ってきたんですが、どうも口にあわなさすぎたようで」
トルヴェール・アルシャラール「僕は美味しく頂いたんですけどね」
  そのとき、何かが動いた気がして首を振る。
  席ひとつ分空けたカウンターの上で飲んでいた一団の中から、こっちを見ているキラキラしたオレンジと目が合った。
  僕が気づいたと向こうも気がついたみたいで、走って僕の手にすり寄ってきた。
???「キュ〜〜」
トルヴェール・アルシャラール「え、ちょ、君もしかしてフェネネット? でもこの毛の色・・・」
  フェネネットは、木の上に住んでいる四本足の細長い身体の種族だ。特徴的なのは、濃い橙色の瞳と長くてツヤツヤとした毛。
  この毛は普通、茶色から金色らしいんだけど、後ろ足で立って僕に何かをアピールしてくるフェネネットは、黒毛だった。
マスター「あ、そいつな。南のパイナップルの木に住んでいる群れの中で、なんでか一匹だけ黒毛なんだよ」
トルヴェール・アルシャラール「今までにもフェネネットは見たことありますが、黒毛は初めてです」
マスター「突然変異種なんだろうよ。 で、その黒毛のフェネネットな。どうも大の辛党なようなんだわ」
フェネネット「キュッ!」
  マスターがそう教えてくれて、ようやく僕はこのフェネネットが何を言いたいのか察した。
トルヴェール・アルシャラール「そっか、君も辛いのが好きなんだね。もしかして、僕らが行ったあの店にも行ったことがあるのかな。よろしくね、同士」
  差し出した僕の手の人差し指を、黒毛のフェネネットは嬉しそうに舐めて、額をこすりつけた。彼らなりの親愛を示す挨拶だ。
アダム「まさか、トルル以外にもバカ舌がおるとはな。好き好んであんなものを食すとは、舌だけ鉄でできておるのではないか?」
フェネネット「キュ〜!!!」
  アダムが何度も首を振ってそんなことを言うものだから、黒毛のフェネネットは鼻息荒くアダムに詰め寄っていった。
  前足を振り回しているところを見るに、たぶん抗議してるんだと思う。
  そんな彼(?)も、一緒に飲んでいた他のフェネネットに呼ばれ、すぐにぴょんぴょんと軽く跳ねながら戻っていった。
  とたん、金色の毛の二匹に軽く頭突きをされたり尻尾で脇をくすぐられたりして、笑い転げていた。
  一番体が大きい茶色い毛のフェネネットがそれを見てため息をつきながら、僕にお辞儀をしてきたのがなんだかおかしかった。
  ご迷惑をおかけしました、というセリフが副音声で聞こえてきそうだった。
行商人「おいおい、さっきから聞こえてたが、あの店に行ったって本当か? お前ら勇気あんなあ」
  フェネネットと入れ替わるようにして、獣人の男性がやってきて僕の隣に座った。
行商人「あそこの店、客で辛さの人体実験をやってるってもっぱらのウワサなんだぜ?」
  使う言葉は物騒だったけど、雰囲気に剣呑なものはなく、たんに面白がっているんだろう。
トルヴェール・アルシャラール「へえ、そうだったんですか。僕が辛いものが好きだって言ったら、宿のご主人が教えてくれたんです」
トルヴェール・アルシャラール「実際、僕はすごくおいしいと思いましたし。僕的にはアタリでしたよ」
行商人「ほぉー。そりゃずいぶん気合の入った口してんなあ」
トルヴェール・アルシャラール(気合の入った口とは・・・?)
  感心したように顎を撫でるお兄さんに、僕は曖昧に笑い返すしかない。
行商人「オレなんか舌が痛すぎて、切り取って別のものと替えて欲しいぐらいだったのによ」
トルヴェール・アルシャラール「あっ、行ったことがおありなんですね」
行商人「一回だけな。開店したての時だから、もう五、六年は前か」
  そのとき、マスターがチョコレートのお酒を僕の前に置いてくれた。
マスター「ほら、待たせたな。注文の酒だ。 おすすめをってことだったからな、兄ちゃんの一杯目にはこれがふさわしいだろ」
  母さん譲りの僕の髪と瞳の色は、甘いミルクチョコレート色。
  思わず笑ってしまった。
行商人「たしかに美味そうな色してんなあ」
  意味がわかったらしいお兄さんも、僕の髪を見てしみじみと言った。
トルヴェール・アルシャラール「おかげさまで、寝ぼけたこいつにいつも食べられてますよ」
  ようやく気が収まったのか、満足げな表情でお酒を飲んでいるアダムを親指で示す。
  すると二人とも楽しげに笑って同じことを言った。
マスター&行商人「そりゃ災難なことで」
  しばらく経ったとき、外からいっそう賑やかな音楽が聞こえてきた。
  するとフェネネットの一団がいっせいに動き出し、カウンターの上に硬貨を置くとあっという間に店から飛び出していった。
  あの黒毛のフェネネットだけは、僕の肩に跳び乗って首を一周してから、音もなく駆け下りていった。
  なんとなく、僕には彼(?)が外へと誘っているような気がした。
行商人「おっ、もうこんな時間か!」
行商人「お前らも来いよ! 宴の町の真骨頂の始まりだぜ。やっほぅ!」
  お兄さんも勘定をカウンターの上に置くと、スキップしながら店を出て行った。
アダム「おう、そうかそうか。それは行かねばならぬな! 宴とあらば踊るのが当たり前、むしろ踊り狂わぬは宴に申し訳ない!」
  鼻息荒く胸を張ったアダムの首をひょいとつまみ上げると、僕もお金を置いて立ち上がった
トルヴェール・アルシャラール「誘われたみたいなので、僕らも行ってこようと思います」
マスター「ああ。俺ァこの町の雰囲気が気に入っててな。一人でも多く楽しんでくれれば嬉しい」
トルヴェール・アルシャラール「はい、ありがとうございます。ごちそうさまでした」
マスター「君たちに真なる天地の喜びが多からんことを」
トルヴェール・アルシャラール「あなたとこのお店にも、真なる天地の喜びがあるように」

〇西洋の街並み
  店の外は、ほどよく浮かれた陽気で満たされていた。
  広場の中心で奏でられる音楽にあわせて、色んな種族の人たちが思い思いに踊っている
  その中にアダムを放してやれば、あっという間に混ざってくるくるしていた。傍にはあのフェネネットたちもいる。
  手拍子しながらそれを眺めていると、外に設置されていた木のテーブルに座る人たちが見つけて声をかけてくれた。
  招かれるまま座ってみれば、息つく暇もなく右から左から声が飛んで来て、何度も乾杯の音頭が交わされた。
  そうして、宴の町の夜は更けていった。

〇西洋の街並み
  翌朝、枕にしがみついてベッドを惜しむアダムをひっぺがして、荷物の中に押し込むと宿を出た。
行商人「お、昨日のビックリ舌の兄ちゃんじゃねえか。おはようさん。早ぇな」
トルヴェール・アルシャラール「おはようございます。もしかしてこれから仕入れですか?」
  彼は大きな車輪の立派な荷車を牽いていたけど、その上には何も乗っていなかった。
行商人「おうよ。もう少し暑くなりゃ酒一択なんだがなあ。今はまだ果実のほうが人気があるんだよ」
行商人「オレはこの大地の畜産物生産量No.1、牧歌と草原の町から来てんだ。果物には縁がねえとこだから、たくさん見繕わねえと」
  すでに目星をつけてあるのか、いくつかの名前をブツブツと呟きながら指で宙を叩いていた。
行商人「そういや、アンタは商人ってわけじゃねえんだな」
トルヴェール・アルシャラール「ええ、ちょっと人探しの旅を。 銀色の髪に翡翠色の瞳の女性に会ったことがあるとか、噂を聞いたことがあるとかありませんか?」
行商人「お? そりゃなんだ、アンタの初恋の人とかかい?」
トルヴェール・アルシャラール「いえ、自分では違うと思ってるんですが、他の人に説明するのはそれが楽なので、そういうことにしておいてください」
行商人「なんだそのまどろっこしい答えは・・・。あーけど悪ぃな。思い当たる奴はいねえや」
トルヴェール・アルシャラール「そうですか・・・」
  この町では、残念ながら収穫はなかった。

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