エピソード2(脚本)
〇草原
雲一つない快晴のもと、ラパークの森に暖かな光が差し込む。
吹き抜けるそよ風が頬をくすぐり、木漏れ日に咲くサモタルの花をサワサワと揺らす。
耳を澄ましてみれば、野生の小鳥や虫たちの鳴き声が、微(かす)かに鼓膜を震わせた。
そんな心地よい陽気に包まれているにも関わらず、アイリの表情はやけに不満げであった。
アイリ「はあ・・・。 なんで私がこんなこと・・・」
アイリ・バラーシュ。
メルザムで活動するコレクターだ。
16歳にして、最年少で上級へと昇りつめた天才少女である。
どこぞの令嬢然とした容姿からは、ギアーズを狩る様子など想像もつかない。
しかし、双剣で戦場を駆(か)けるその姿は獅子のように猛々(たけだけ)しく、コレクターの中ではちょっとした有名人であった。
アイリ「試験官なんて適当な人にやらせればいいのに」
アイリは大きく伸びをして、空を見上げる。
太陽は空の真上で輝いていた。
つまり、試験のタイムリミットである日暮れは、まだまだだ。
アイリ「・・・暇だわ」
そうぼやいて、アイリはもう何度目か分からないため息を吐いた。
〇けもの道
一方その頃。
ニル「・・・いた」
大木の陰に身を潜(ひそ)め、ニルは50mほど先へと目を凝(こ)らす。
機械パーツが精密(せいみつ)に組み合わさったその身体(からだ)は、間違いなく機械生物(ギアーズ)、ラウルである。
ギラギラと目を光らせながら、四足歩行で森の中を歩いている。
ときどき口腔(こうこう)の隙間から、凶悪なサイズの牙が見えた。
ニル「・・・・・・」
剣を構え、気配を悟られないように徐々に距離を詰めていく。
じりじりと近づき、
一定距離まできた瞬間——
バッと駆け出す。
突進してくるニル。それに気づいたラウルが、唸(うな)り声を上げる。
——そして、牙をむき出しにしてニルに飛びかかった。
一気に詰められた間合いに臆せず、ニルは足を止めることなく身を屈(かが)めてラウルの懐に入り込む。
ニル「・・・ッ」
そのまま腹の部分を狙って剣を振り上げ——衝撃に浮いた躯体(くたい)を、今度は上から渾身の力で地面に叩きつけた。
けたたましい音を立てて、ラウルを構成していた機械パーツが地面に散らばる。
ニル「・・・ふぅ、っと」
無残に散らばった機械パーツの中から、ニルはぼんやりと光るコアを拾い上げた。
ニル「よし、これで3個目だ」
ニル「案外手間取っちゃったな」
コアを袋の中にしまい、太陽の位置を確認する。
日暮れまではあと、数時間あった。
ニル「うーん・・・」
ニルはしばらく考えるような素振(そぶ)りを見せたが、すぐに顔を上げた。
そばにある木をスルスルと登っていく。
太い枝の上に腰を下ろし、その幹に背中を預ける。
そして「おやすみ」と呟(つぶや)いて、目を閉じた。
〇けもの道
ニル「やばいやばい、寝すぎた・・・」
ニルは全力で木々の間を駆(か)けていた。
すっかり寝過ごしてしまい、すでに日は沈みかけている。
ふと、全力疾走しているニルの視界の端に反対方向へと向かう人影が映った。
ニル「!」
異変に気づいたニルが、素早く人影に走り寄る。
人影の正体はコレクター試験の受験者のひとりだった。
やけに姿勢が悪い。
両手で押さえられた脇腹からは、大量の血が滴(したた)っていた。
ニル「大丈夫ですか!? すぐに止血を・・・」
受験者の男「・・・悪いが放っておいてくれ。 俺にはまだ、やることがあるんでね」
ニル「でも、その出血じゃ・・・」
ニル「しかも、早く戻らないと時間に間に合いませんよ」
受験者の男「あとひとつなんだ」
ニル「・・・?」
受験者の男「あとひとつ、ラウルのコアを集めたら合格なんだ」
受験者の男「2体目に手こずってこのザマだがな」
ニル「・・・それで死んだら元も子もないでしょう」
ニル「試験は来年もあるんですから」
受験者の男「来年じゃダメなんだ」
受験者の男「俺、病気の妹がいてさ・・・。 でも、その薬代を払う金がもう・・・」
受験者の男「だから俺がコレクターになって、薬代を稼がないと・・・グフッ!」
言い終わる前に、男が咳(せ)き込む。
この世界ではコレクターは最も稼げる仕事である。
ただ、それだけに命の危険も付きまとう。クエスト中に命を落とすコレクターは数知れない。
ニル「とりあえず落ち着いて。 止血します」
ニルは男をゆっくりと地面に寝かせた。清潔な布を取り出し、患部に当てて圧迫する。
受験者の男「いっ・・・!」
ニル「すみませんが我慢してください」
ニル(思ったより傷は浅そうだ・・・。 よかった)
受験者の男「ッ・・・兄ちゃん、優しいなあ。 ありがとうよ」
受験者の男「俺の妹も兄ちゃんくらいの年でな。 昔から身体が弱かったから、友達とも思うように遊べなくて」
受験者の男「でも、俺に心配をかけないようにいっつも明るく振舞っててよ・・・」
ニル「・・・・・・」
受験者の男「俺が絶対に、あいつの病気を直してやるんだ」
受験者の男「そして、もっと広い世界をあいつに教えて・・・」
そこまで言って、がくりと男は気絶した。
ニル「・・・貧血、かな」
ニル「止血は済んだから、 すぐに戻れば大丈夫そうだ」
担ぎ上げるためにニルは男の身体を起こす。
そのとき、男の腰についた巾着袋がごつりと音を立てた。
紐(ひも)を解いて中身を覗き込む。
中にはラウルのコアがふたつ、入っていた。
ニル「・・・・・・」
〇草原
ニルがラパークの入り口に戻ってきたとき、まさに日が沈むところだった。
アイリ「時間ギリギリ」
アイリ「ってアンタ、それ——」
〇草原
アイリ「・・・担いできたの?」
ニル「倒れていたのを見つけたので。怪我(けが)しているのですぐに治療してあげてください」
アイリ「分かったわ。ご苦労様。 アンタたち、頼める?」
アイリの後ろに控えていたギルドの関係者が、ニルの前に出て来る。
彼らは手際(てぎわ)よく担架(たんか)を準備すると、慣れた手つきで男を横たわらせた。
ニル「あ、そうだ」
アイリ「なにかしら?」
ニル「彼、すでにラウルのコアを3つ集めてたみたいです」
ニル「試験の合格条件は、日暮れの時点でコアを3つ所持していること」
ニル「だから、気絶していることに関係なく、彼は合格ですよね?」
ニルの言葉に、アイリが考えるようにあごに手をやる。
アイリ「・・・ふむ」
アイリ「まあ、そうね。 合格でいいわ」
ニル「そうですか。 ・・・よかった」
アイリ「で、アンタは? 確認するから、コアを出してちょうだい」
ニル「俺はダメでした。 また来年にでも、頑張ります」
アイリ「・・・ふうん」
ニル「それじゃ」
アイリと話し終わったニルは、受験者の待機場所へ移動する。
と、そのとき。
エドガー「やあ。調子はどうだい?」
エドガーがニルの背中をバシバシと叩きながら、大声でニルに話しかけた。
ニルはその反動で手に持っていたコアを落としてしまう。
ふたつのコアが地面に転がる。
ニル「・・・1個足りなくてダメだったよ」
エドガー「ふっ、いい思い出になって、よかったじゃないか」
エドガー「ちなみに僕は6個集めたよ。まあ、ブッシュバウム家の人間なら当然だけどね」
エドガーは腰に手を当てながら、得意げに微笑(ほほえ)む。
コアを拾うためにニルが腰を曲げたとき、襟元(えりもと)からペンダントが滑り出た。
エドガー「ん?」
目ざとく見つけたエドガーが、すっと手を伸ばす。
鋭い輝きを持つそれは、なんとも言えない不思議な雰囲気を放っていた。
エドガー「・・・珍しいもの持ってるな」
そう言ったエドガーがペンダントトップを掴(つか)むのと、ニルが身体を起こすのはほとんど同時だった。
「あっ・・・」
ぶちっ、と軽快な音を立てて、ペンダントの紐が千切れる。
ニル「・・・・・・」
自分の首から離れたそれを見つめるニル。
結果的に引きちぎる形になってしまったエドガーも気まずそうな顔をしている。
一瞬の間のあと、我に返ったニルが奪い取るようにペンダントを取り返した。
エドガー「っと・・・」
エドガー「なんだよ、ひったくらなくてもいいだろ」
エドガー「たしかに悪かったけどさ・・・」
バツか悪そうにエドガーが頭を掻(か)く。
そして少し考える素振(そぶり)を見せると、小袋から2枚の金貨を取り出した。
エドガー「紐の部分は弁償するよ。 ほら、これで足りるだろ?」
ニル「いや、いいよ」
エドガー「遠慮するな。 借りを作ってはブッシュバウム家の恥だ」
金貨を受け取らずに去ろうとするニルを、すかさずエドガーが引き留める。
無理やりにでも金貨を渡そうと、薄汚れたマントの下のニルの右手を掴んだ。
ニル「ちょ・・・」
エドガー「・・・・・・」
あらわになった機械の腕を見て、エドガーの瞳孔が開く。
エドガー「お前、その手・・・」
アイリ「そこ、静かに!」
言いかけた言葉は、アイリの号令に遮(さえぎ)られた。
エドガーは一度前を向いて、またすぐにニルの右腕に目線を戻す。
なにか言いたそうに口を動かしていたが、結局一言も発せないまま手を放した。
ニル「・・・・・・」
アイリ「全員そろったわね」
アイリ「それじゃあメルザムに戻——」
ドォォォォン!!
突然、轟音(ごうおん)が響いた。
アイリ「!?」
その場の全員の視線が音の方へ向く。
〇黒
アイリの後方に跳んできたなにかが、激しく地面にぶつかり土煙を上げていた。
皆、ごくりと唾を飲み込んで、煙の先を見つめる。
徐々に視界が晴れていく。
〇草原
ニル「・・・・・・」
開(ひら)けた視界の先には、1匹の小型ギアーズが首を傾(かし)げていた。