とある青年の世界見聞録

霧ヶ原 悠

幻想と綺羅の山(脚本)

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霧ヶ原 悠

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〇森の中
  今日の寝床は木々と木々の間の、ぱっかりとうまい具合に空いていた土の上だ。
  とても静かな山で、パチンッと火が爆ぜる音と、アダムがかつかつと缶詰を食べる音しかしない。
  はあ、と吐いた息はもう白くはならなかった。夜からもすっかり、冬の気配は拭い去られている。
アダム「うむ、今日もまた美味であった。感謝する」
トルヴェール・アルシャラール「食べてすぐ寝ると牛になるぞ」
アダム「我は牛ではない・・・鶏に・・・鶏になるのだ・・・・・・」
  僕の嫌味もなんのその。アダムは鼻提灯を膨らましてとっくに夢の中だった。
トルヴェール・アルシャラール「いや、寝るの早いし。しかも鶏ならいいのか?」
  アダムは、昔僕が川で釣り上げた魚にかぶりついていたのを拾った。
  そんな衝撃的な出会いから、もうかれこれ8年ほどが経つ。
  でもまさか、蒼き月夜の『彼女』を探すという終わりの定まらないこの旅にまでついてくるとは思わなかった。
  すぴょすぴょと間抜けな顔で寝てるから、思わず指を伸ばして鼻提灯を割ってみた。
  起きなかった。
トルヴェール・アルシャラール(こいつは本当に何者なんだろうな。 見た目真っ黒な影のような、20cmぐらいの人型の生き物)
トルヴェール・アルシャラール(人間族の赤子より小さく、小人族の成人より大きい。何度聞いても「我は世界でただ一人の我である!」としか言わないし)
  ふと見上げた枝葉の陰から、塗りつぶしたような真っ黒な空の高く、遠くで輝く白い光が覗いていた。
  建国記第三章七節に曰く、【空に我らの国はなし。土に根を下ろし、見渡すところに国はある】
  遥かなる神代の昔、天使と悪魔の互いに相容れぬ種族が永く争う時代があった。
  全てを飲み込む悪魔たちの叫びが唸る海となり、全てを焼き滅ぼす天使たちの雷鳴が土を焼き、固まって大地となった。
  戦いは決着のつかぬまま、個体数の減少により双方とも撤退を余儀なくされたという。
  天使と悪魔はこの世界から去り、残された大地と海から何百という新たな種族が産まれた。
  彼らは天使と悪魔の流した大いなる血を継いで産まれたためか、聖も悪も抱く不完全な存在であった。
  そして数多の種族は互いに争いながら、繁栄と滅亡を繰り返して今日に至る。
  人間族の法と律はおよそ800年前、英雄王イルミナリスによって定められた。
  以来、世界各地に散った人間族を治めているのは、彼に始まる青き王の系譜だ。
トルヴェール・アルシャラール「さて、僕もそろそろ寝るとしようかな」
  突然、言いようのない圧迫感を感じて動けなくなった。眠気なんて、蝋燭を吹き消すよりあっさりとどこかへいってしまった。
  ぞわりと鳥肌が立った。だけど寒さのせいじゃない。後ろに、何かいる。
「”ダレ”」
  僕は呼吸を整え、バクバクと鳴る心臓を服の上から押さえつけながら、意を決して振り向いた。
  季節外れの真冬の装いをした女の子が立っていた。まっすぐ見つめてくる目が痛い。
山守「”ダレダ”」
山守「”ナンダ”」
山守「”ドウシテココニイル”」
山守「”ナニモノダ”」
  僕は生唾を一度飲み込むと、両手を広げて敵意がないことを示しながら、努めてゆっくり答えた。
トルヴェール・アルシャラール「はじめまして。僕はトルヴェール・アルシャラールといいます」
トルヴェール・アルシャラール「旅の途中で日が暮れてしまったので、ここで夜を明かそうと思ったんです。許していただけませんか?」
  じっと容赦なく注がれる三対の目線に耐える。耐えるのが吉だと、なぜか分かった。
  こめかみに浮いた汗がたき火の上に落ちて蒸発してしまうぐらいの間。たったそれだけだけど、僕にはとてつもなく長く思えた。
  山守たちは、何も言わず消えていった。
山守「”山ヲ傷ツケレバ、赦サナイ”」
  最後まで僕を見ていた女の子は、そう言い残して消えた。
  もう圧迫感も寒気も感じなかった。
  僕は肺に残っていた空気という空気を吐き出して、背中の木に全身を預けた。
  そのとき、目元に押し当てていた指の間から、光が漏れてきた。どうやら、雲の裏側から月が出てきたみたいだ。

〇幻想3
  その光はあっという間に山全体へと広がり、暗く隠されていたこの森の真の姿を浮かび上がらせた。
  この幻想と綺羅の山は、昼間は普通の山だ。けれど、夜になると緑の木々は薄い青や紫に輝くクリスタルへと変わり、光が舞う。
  僕は横になってこの世のものと思えない景色を堪能しながら、ふいに自分たちが暮らすここを人が名付けたときの逸話を思い出した。
  百万の種族が暮らし、百万の明かりは絶えることがない。人は夜に眠るけれど、世界は眠らない。
  眠りを知らない百万国家、ゆえに【メトロポリス】
  人間はこの国のことをそう呼ぶ。
  それが僕の住む世界。僕たちが旅する世界。一つの大地と果てない海でできた世界だ。
  『彼女』は、それは世界の名前じゃないと言った。でも、この国以外に国がなければ、国イコール世界ということにならないのか?
トルヴェール・アルシャラール(・・・いや、もう考えるのはやめよう。これからも、僕たちの旅路に幸いあれ)
  祈るための相手を、僕は知らないけれど。

次のエピソード:運命の席は夢の中を転がる−ケース1.三岐大蛇の場合

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