春陽と野花の町(脚本)
〇レンガ造りの家
トルヴェール・アルシャラール「それじゃ、行ってくるよ」
笑顔で振り向けば、みんな同じような顔して立っていた。ようするに、心配を押し殺したような顔。
・・・そんなに信用ないかな、僕。
トルヴェール・アルシャラール「今生の別れでもあるまいし、そんな顔しないでくれよ」
冗談めかして言うと、僕よりずっと濃い色の髪をかきむしりながら兄さんが言った。
兄「そうは言うがなあ、トルル。世界中を旅してみようなんて無茶言う奴を、心配しないわけねえだろ」
義姉「そうよ、トルくん。もし私たちに気を遣っているなら・・・」
トルヴェール・アルシャラール「それはないよ、義姉さん。 三十路にもなった兄さんのところへお嫁に来てくれる人がいて良かったって、本当に思ってるんだから」
兄「おいこらトルル!」
きれいな顔を曇らせた義姉さんにフォローを入れたら、なぜか兄さんの拳骨を食らった。
アダム「なに、心配は無用だ、義姉上殿。トルルには我がついておるゆえ、むざむざと餓死するような真似はさせぬ」
トルヴェール・アルシャラール「何様のつもりだよ、アダム」
アダム「むぎゃ」
僕の頭の上に乗っているだけのくせに偉そうな口をきくこの小人を、しっかりと潰す。
母「でもそうねえ。アダムちゃんがいれば少しは安心かもしれないわ。アダムちゃんはとっても物知りだから」
トルヴェール・アルシャラール「母さんってば・・・」
アダム「おお、そうだ、そうだとも母上殿。だから安心されるがよいぞ」
アダム「なにせ我は千年の昔から生きており、ドラゴンと対峙したこともあれば、大海を流れたことも数知れず」
アダム「この世のあらゆる危険をこの身に受け・・・ぺぐっ!」
トルヴェール・アルシャラール「うるさい、調子に乗るな」
見た目が小さいからって、手加減はしない。両頬を掴んで目の前に引っ張り下ろしてやると、案の定潰れて間抜けな顔になっていた。
父「まあ出発前から気負っていてもあれだからな。緊張はほぐれたか、トルヴェール」
トルヴェール・アルシャラール「悔しいけどね」
僕の空いた頭の上に父さんの手が乗せられた。
アダムを肩に乗せ直して、父さんとしっかり目線を交える。
父「元気でな。怪我と病気には気をつけるんだぞ」
トルヴェール・アルシャラール「うん。父さんも元気で」
父さんの大きい手が、僕の背中をバンバンと叩いた。力強い、大人の手だ。
母「いつでも帰ってきなさい。無茶は若者の特権だけど、無理はしちゃダメよ」
トルヴェール・アルシャラール「分かってる。母さんも無理しないで」
母さんは祝福するように、僕の頬に軽く口づけてくれた。
トルヴェール・アルシャラール「今度会うときは、かわいい甥や姪がいるといいな」
義姉「もうっ、トルくんったら。 ・・・お土産、楽しみにしてるんだからね、みんなで」
義姉さんのハグは、彼女と同じくらい優しかった。
兄「ま、死なん程度に好きにやってこい」
トルヴェール・アルシャラール「ちょ、痛いな。兄さんより先にハゲるのは嫌なんだがっ」
兄「おれはハゲる前提か!」
遠慮なく兄さんがかき混ぜるから、せっかく整えた髪がぐしゃぐしゃだ。
トルヴェール・アルシャラール「・・・ありがとう、みんな」
感傷に浸るような人間じゃないはずなんだけど・・・ま、今日ぐらいはいいか。
泣きそうになるのを堪えて、いつものように微笑んでみせた。
トルヴェール・アルシャラール「じゃあ、行ってきます」
『いってらっしゃい』
僕の大切な家族も、いつもの笑顔で見送ってくれた。
〇外国の田舎町
男「なんだ、トルヴェール。どっか行くのかい」
トルヴェール・アルシャラール「うん、ちょっと世界を見にね」
男「はー、そりゃたいしたもんだ。気をつけてな」
トルヴェール・アルシャラール「ありがとう。おじさんもぎっくり腰には気をつけて」
老婆「そうかい、トル坊も家を出る歳になったのかい。わたしも歳をとるよねえ」
トルヴェール・アルシャラール「そんなことないさ。僕が帰ってきたら、またその元気な顔を見せてよ、おばあさん」
老婆「うんうん。長生きしなきゃねえ」
町人「トルル」
町人「トル坊」
町人「トルくん」
町人「トルヴェール」
〇美しい草原
アダム「本当にお主は人気があるなあ、トルル」
トルヴェール・アルシャラール「まあ、町の人みんなが顔見知りみたいなものだからね」
他の街の人たちは、ここをお気楽村だの、進歩も進化もない化石のような町というけれど、僕はこの町が好きだ。
だから、いつかはここに帰ってこよう。
アダム「して、まずはどこへ行くのだ」
トルヴェール・アルシャラール「そうだなあ・・・」
タイミングよく拭いた風が、咲き乱れるたくさんの花を舞い上がらせた。
青空に、色とりどりの花が踊る。
強く、強く、町の外へと向かう、風。
トルヴェール・アルシャラール「・・・風まかせ、でもいいんじゃないかな」
アダム「・・・あい分かった」
今日の空は快晴、気分は爽快。
そんな春の佳き日に僕、トルヴェール・アルシャラールは、一匹の小人アダムを伴って、生まれ故郷をあとにした。