忘れられない人(脚本)
〇血しぶき
初恋ほど美しく、残酷なものはない。
〇血まみれの部屋
午後9時半ごろ、東京都世田谷区のマンションの一室で
この部屋に住む会社員、圷津善時さん(36)とその妻・紫信さん(38)が血を流して倒れているのが発見されました。
二人の体には刺し傷があり、その場で死亡が確認されました。
現場の状況から、無理心中の可能性が高いとみて慎重に捜査を進めています。
〇綺麗な部屋
楪原 茗「圷津善時・・・」
楪原 茗「そんな・・・」
〇血まみれの部屋
刑事「これは酷いな」
刑事「結婚3年目で、近所では仲良し夫婦って評判だったらしいですよ」
刑事「仲良し夫婦ねえ・・・」
刑事「まあ、仲良しアピールしてる夫婦に限って、実際は冷え切ってたりしますからね」
刑事「・・・状況は?」
刑事「隣の住人によると、21時頃に争うような声と、激しい物音が聞こえたそうです」
刑事「玄関や窓は施錠されていて、外部から侵入した形跡はなし」
刑事「凶器の包丁からは、夫婦の指紋のみ検出されたそうです」
刑事「なるほど・・・」
刑事「無理心中ですかね」
刑事「いや、まだ決めつけるのは早い」
刑事「何か気になることでも?」
刑事「・・・」
〇一人部屋
卯月 風磨「ねぇ、聞いてる?」
楪原 茗「あ!ごめん」
楪原 茗「ぼーっとしてた」
卯月 風磨「どうしたんだよ、さっきから」
楪原 茗「何でもないよ」
楪原 茗「ちょっと疲れてるだけ」
楪原 茗「最近忙しかったから、こうやって会うの久しぶりだよね」
卯月 風磨「あのさ・・・」
楪原 茗「何?」
卯月 風磨「俺に何か隠しごとしてない?」
楪原 茗「え?どうしたの、急に」
卯月 風磨「実は今朝、こんなのが会社に届いたんだ」
写真には、ホテルから出てくる楪原茗と、男の姿が写っていた。
楪原 茗「何これ!」
卯月 風磨「こっちが聞きたいよ」
卯月 風磨「これ、茗だよな?」
楪原 茗「・・・うん」
卯月 風磨「俺宛に差出人不明の封書が届いて、開けたらこの写真が入ってた」
卯月 風磨「誰だよ、こいつ」
楪原 茗「この人は・・・」
卯月 風磨「最近仕事が忙しくて会えないって言ってたけど、こういうことかよ?」
楪原 茗「ち、違うよ!」
卯月 風磨「じゃあ何だよ!説明してくれよ!」
楪原 茗「これは・・・」
楪原 茗「元カレなの」
卯月 風磨「元カレ?」
楪原 茗「そう・・・」
楪原 茗「思い出したくもない、最低な男」
卯月 風磨「何でその元カレの写真が今さら・・・」
楪原 茗「実は、風磨に言ってなかったことがあるの」
〇仮想空間
圷津善時──
1年前にマッチングアプリで知り合った男だ。
出会ってすぐに意気投合して付き合うことになった。
結婚したいと思えるほど理想の人──
だったのに。
〇デパ地下
楪原 茗「ん?あれって・・・」
遠くの方に、圷津が歩いているのが見えた。
楪原 茗「え!すごい偶然!」
楪原 茗「こんなところで会えるなんて」
楪原 茗「え?」
圷津 紫信「今日の夕飯、どうする?」
圷津 善時「たまには贅沢して、寿司でも買っていくか」
圷津 紫信「いいね。あと、牛乳も切れてたから買っていこう」
楪原 茗「まさか・・・」
〇一人部屋
卯月 風磨「おいおい、それって・・・」
楪原 茗「そう、結婚してたんだよ」
楪原 茗「本人に問い詰めたら白状した」
卯月 風磨「ウソだろ・・・」
卯月 風磨「独身って偽って、アプリに登録してたってことかよ?」
楪原 茗「そう。本当に最低な男」
卯月 風磨「付き合う前に気づかなかったの?」
楪原 茗「今思うと変だなって思うことはあったけど、気づけなかった」
楪原 茗「それからすぐ別れて、アプリも連絡先も消した」
楪原 茗「それ以降は会ってないし、連絡も取ってない」
楪原 茗「信じて」
卯月 風磨「・・・」
卯月 風磨「信じるよ」
楪原 茗「風磨・・・」
卯月 風磨「だって、茗は騙されてたわけだろ?」
楪原 茗「うん・・・黙っててごめん」
卯月 風磨「話してくれてありがとう」
卯月 風磨「これからは一人で抱え込まないで、何でも俺に話して」
楪原 茗「風磨・・・ありがとう」
卯月 風磨「でも、この写真は一体・・・」
卯月 風磨「そいつが送ってきたのかな?」
卯月 風磨「もしくは、奥さんとか・・・」
楪原 茗「いや、それはないと思う」
卯月 風磨「何で?」
楪原 茗「だって、二人とも・・・」
楪原 茗「もう死んでるから」
卯月 風磨「死んでる!?どういうことだよ?」
楪原 茗「2週間ぐらい前、ニュースでやってたの」
楪原 茗「自宅で死んでるのが見つかったって」
楪原 茗「無理心中らしい、って言ってた」
卯月 風磨「何だよそれ」
楪原 茗「・・・私が原因なのかな」
卯月 風磨「え?」
楪原 茗「騙されてたとはいえ、不倫してたことに変わりないから」
卯月 風磨「いや、茗は悪くないって!むしろ被害者だろ」
卯月 風磨「それに付き合ってたのって1年も前の話だろ?」
卯月 風磨「茗が責任を感じる必要ないよ」
楪原 茗「そっか・・・」
卯月 風磨「他に写真送ってきそうなやつに心当たりはある?」
楪原 茗「わからない」
卯月 風磨「わざわざ俺に送りつけてくるなんて、明らかに悪意を感じるよな」
卯月 風磨「しかも相手の男は2週間前に死んでるなんて・・・」
卯月 風磨「・・・警察に相談するか?」
楪原 茗「無駄だと思う」
楪原 茗「警察は、実際に被害があってからじゃないと動いてくれないよ」
卯月 風磨「そうだな」
楪原 茗「ごめんね、迷惑かけて・・・」
卯月 風磨「俺はいいけど、茗にもし何かあったら・・・」
楪原 茗「とりあえず、様子を見るしかないよ」
楪原 茗「私は大丈夫!」
楪原 茗「風磨は来週プレゼンでしょ?今は大事な時だから、仕事に集中して」
卯月 風磨「何かあったらすぐ言えよ」
楪原 茗「うん!ありがと」
楪原 茗「風磨がそばにいてくれて本当によかった」
楪原 茗「それで?何か話があったんじゃないの?」
卯月 風磨「あー・・・今日はいいや」
卯月 風磨「また今度話すよ」
〇オフィスのフロア
姫島 幸恵「卯月さん、最近元気ないですね」
姫島 幸恵「何かありました?」
卯月 風磨「いや、何でもないよ」
姫島 幸恵「彼女とケンカでもしました?」
卯月 風磨「え?」
姫島 幸恵「あれ?当たっちゃった?」
卯月 風磨「いや、ケンカっていうか・・・」
姫島 幸恵「何かあったって、すぐわかりましたよ」
姫島 幸恵「私、いつも卯月さんのこと見てますもん」
卯月 風磨「え?」
姫島 幸恵「プレゼンも無事終わりましたし、今夜飲みに行きません?」
姫島 幸恵「仕事のことで相談したいこともありますし」
卯月 風磨「ああ、いいよ」
〇居酒屋の座敷席
姫島 幸恵「卯月さんってすごいですよね」
姫島 幸恵「営業成績トップで、クライアントからの信頼も厚いし」
卯月 風磨「姫島さんもいつもありがとね」
卯月 風磨「まだ入社したばかりなのに、仕事が正確で早いから助かるよ」
姫島 幸恵「卯月さんが上司だから、がんばれるんですよ」
卯月 風磨「ははっ!今日はやけに持ち上げるな」
姫島 幸恵「本心ですよ」
卯月 風磨「ありがとな。おかげで元気出たよ」
姫島 幸恵「卯月さんって、彼女いますもんね」
卯月 風磨「え?ああ、いるよ」
姫島 幸恵「付き合ってどのぐらいなんですか?」
卯月 風磨「半年ぐらいかな。実は、結婚しようと思ってるんだ」
姫島 幸恵「え・・・」
卯月 風磨「この間プロポーズしようと思ったんだけど、ちょっとタイミング合わなくてね」
姫島 幸恵「・・・おめでとうございます」
姫島 幸恵「じゃあ、今日は前祝いですね!」
姫島 幸恵「さあ、どんどん飲みましょ」
卯月 風磨「ありがとう。ちょっとトイレ行ってくるよ」
姫島 幸恵「はーい!」
卯月がトイレに入ったことを確かめると、姫島はカバンから錠剤を一つ取り出した。
卯月の飲みかけのビールに錠剤を入れると、錠剤はシューッと溶けて消えた。
卯月 風磨「ふう・・・結構飲んだな」
姫島 幸恵「まだまだ!これからですよ」
卯月 風磨「それもそうだな!」
卯月 風磨「あれ・・・」
卯月 風磨「あーちょっと飲みすぎたかな」
〇部屋のベッド
卯月 風磨「っ・・・」
卯月 風磨「はっ!ここ、どこだ!?」
姫島 幸恵「おはようございます」
卯月 風磨「姫島さん!?」
卯月 風磨「何でここに!?」
姫島 幸恵「ここ、私の家ですよ」
卯月 風磨「え?何で姫島さんの家に?」
姫島 幸恵「覚えてないんですか?」
姫島 幸恵「昨日はあんなに激しかったのに」
卯月 風磨「昨日・・・?」
姫島 幸恵「私の家に行きたいって、卯月さんが言ったんじゃないですか」
卯月 風磨「・・・全然思い出せねえ」
卯月 風磨「確認なんだけど・・・」
卯月 風磨「俺たち、何もなかったよね・・・?」
姫島 幸恵「本当に何も覚えてないんですか?」
卯月 風磨「居酒屋で飲んでたのは覚えてるんだけど、その後の記憶が全くないんだ」
姫島 幸恵「大丈夫。誰にも言いませんよ」
姫島 幸恵「二人だけの秘密です」
卯月 風磨(最悪だ・・・)
〇マンションのオートロック
楪原 茗「ん?何これ?」
ポストに茶封筒が入っていた。
中から出てきたのは、数枚の写真──
そこには、ベッドに横たわる卯月風磨と、女の姿が写っていた。
女にはモザイクがかかっていて、顔を判別することができない。
楪原 茗「何これ・・・」
ストーリーって、こういう風に書くんだなあ、自然に読み進める、精進しようと、勉強になりました。感謝。
お互い思い合っている素敵なカップルなのに、こんな面倒な人間が身近にいて気の毒です。私も女性ですが、好きな人をこういう形で奪うのは後々罪悪感だけしか残らないと思うし共感できないですね。これも一途な恋に入るのでしょうか・・・。