#10:残酷な事実(脚本)
〇店の入口
8月15日、月曜日。
3日前、勝手に火を使う作業をして、
ぼや騒ぎ・入院騒ぎまで起こしてしまった。
浅井 貢(あさい みつぐ)(謝って済む問題じゃないのは分かってる。それでも謝らなきゃ)
浅井 貢(あさい みつぐ)(自分にだってできるってうぬぼれてたのは、僕だ)
浅井 貢(あさい みつぐ)「調子に乗ってたな。有頂天だったな」
浅井 貢(あさい みつぐ)(大好きな咲兄と働けて、 柊也より多少出来がよかったからって 褒められて・・・)
浅井 貢(あさい みつぐ)(なんてバカなことしちゃったんだろう)
浅井 貢(あさい みつぐ)「本当にごめんなさい、咲兄」
浅井 貢(あさい みつぐ)「ゼロからやり直させてもらおう。 店の設備の弁償の件も、聞かなきゃ」
そんなことがグルグル頭の中を巡り、
店の前に着いた時。
貼り紙があった。
「臨時休業
店主怪我により、しばらくお休みさせて頂きます。西野」
浅井 貢(あさい みつぐ)「―!?」
〇ケーキ屋
浅井 貢(あさい みつぐ)「咲兄?怪我って―」
西野 柊也(にしの しゅうや)「おい浅井!どうしてくれんだよ? 火事起こして、兄貴まで怪我させるってどういうことだよ!?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「やっぱり、病院で母さんが殴った時だ」
浅井 貢(あさい みつぐ)「本当にごめん!僕のせいで―」
西野 柊也(にしの しゅうや)「ハッ、これだからボンボンは困るんだよ。 ごめんで済んだら警察は要らねえ」
西野 柊也(にしの しゅうや)「口先で謝ればあとは金や親の力でどうにかなると思ってんだろ?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「そ、そんなことは!」
西野 柊也(にしの しゅうや)「うちが母親死んだって知ってるよな? 俺と兄貴の二人暮らしだって知ってるよな?」
西野 柊也(にしの しゅうや)「貯金と兄貴の稼ぎだけで やってかなきゃいけねえんだよ!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「本当に僕が悪かった、ごめんっ、ごめ―」
西野 柊也(にしの しゅうや)「ボンボンには、ギリギリで暮らす 庶民の気持ちなんて分かんねえだろ?」
西野 柊也(にしの しゅうや)「他人殴って骨折させる親の子供だしなぁ? 人の痛みなんて分かる訳ねぇよなぁ?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「骨折―?」
西野 柊也(にしの しゅうや)「ああ。兄貴よぉ、お前の母親に突き飛ばされて手ェついた時、ヒビ入ったんだぜ? 右手首になあ」
西野 柊也(にしの しゅうや)「今朝も受診に行った」
浅井 貢(あさい みつぐ)「そ、それじゃ・・・」
西野 柊也(にしの しゅうや)「意味わかるよな? しばらくまともに菓子作れねえ。 うちの商売、できなくなるんだよ!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「――!」
西野 柊也(にしの しゅうや)「テメエは暇つぶしにバイトに来て、 俺らをおちょくってこのザマだぜ」
西野 柊也(にしの しゅうや)「仕事っつうのはなぁ、 生きるためにすることなんだ! 面白半分で来んじゃねえ!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「ああっ!」
西野 柊也(にしの しゅうや)「死んじまえ。消えろ、今すぐ!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「う、ううっ・・・」
西野 柊也(にしの しゅうや)「さっさと出て行け疫病神!死ね!」
〇ケーキ屋
浅井 貢(あさい みつぐ)「ぼ、僕、僕は・・・」
浅井 貢(あさい みつぐ)「どれだけのことをしちゃったんだ。 ―この店、そして二人に」
浅井 貢(あさい みつぐ)「どうしよう・・・どう・・・すれば―」
浅井 貢(あさい みつぐ)「柊也は大嫌いだし、 言う事はいつも気に食わなかった」
浅井 貢(あさい みつぐ)「けど、今日だけは全部、その通りだよ」
浅井 貢(あさい みつぐ)「僕はホントに世間知らずのボンボンだ」
浅井 貢(あさい みつぐ)「咲兄が好きでバイトに志願して、 側に居られるだけで満足した」
浅井 貢(あさい みつぐ)「「社会経験したい」っていう親への言い訳を、具現化できている気になっていた」
浅井 貢(あさい みつぐ)「僕にとっての「体験活動」は、 二人にとっては「生きるための命綱」だったんだ」
浅井 貢(あさい みつぐ)「そんなことも分からず、 僕はなんて愚かでひどい人間だったんだろうね」
柊也、その通りだよ。僕は疫病神。
消えた方が、死んだほうがマシ―
顔を上げると、ふとあるお菓子が目に入った。
浅井 貢(あさい みつぐ)「チョコレート・・・ブラウニー・・・」
僕の体にとっては大敵のくるみが、
たっぷり生地に練りこまれている。
浅井 貢(あさい みつぐ)(5歳の時の発作、苦しかったなあ―)
幼稚園でおやつにくるみ入りのクッキーを食べた後、
口の中がピリピリし出して、呼吸が苦しくなった。
喘息や吐き気も止まらなくなって、
救急車で運ばれた。
命を落としかける所まで行った。
そして、くるみアレルギーだと
診断された。
浅井 貢(あさい みつぐ)「・・・これ、食べたら僕は―」
〇ケーキ屋
ぱく、むしゃむしゃ・・・
浅井 貢(あさい みつぐ)「くるみ、美味しいのに。 体は受け入れないんだね・・・」
むしゃむしゃ・・・
浅井 貢(あさい みつぐ)「やっぱ咲兄の作るお菓子は、何でも美味しいや。 程よい甘さで、チョコのコクがしっかりある・・・」
浅井 貢(あさい みつぐ)「あ、忘れてた! せめてカウンターにお代置いとこう」
浅井 貢(あさい みつぐ)「この上泥棒になっちゃ、いけないしね」
浅井 貢(あさい みつぐ)「―!!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「うっ、ハアッ・・・ハア・・・ 来た、アレルギー症状だ―」
浅井 貢(あさい みつぐ)「ハア、ハア、ゲホゲホッ、オエッ、 ハア、ハア・・・」
苦しい、でも、よかった。
これで、自分を罰することが、で、き・・・―
〇田舎の病院の病室
浅井 貢(あさい みつぐ)(あれ―ここ・・・ どこ?)
目を開けると、
あたりは消毒液の匂いが漂う、
無機質な部屋だった。
「あ、浅井君?お、起きたんだね?」
浅井 貢(あさい みつぐ)(咲・・・兄・・・?)
目に入って来たのは、大好きな人の顔だった──