17歳、夏、片思いを叶える。

卵かけごはん

#11:片想いを叶える。(脚本)

17歳、夏、片思いを叶える。

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〇田舎の病院の病室
  恥ずかしすぎる。
  僕、昔と何も変わってない。
浅井 貢(あさい みつぐ)「ボヤ騒ぎを起こしたのも、お店で自殺未遂したのも、今思うと承認欲求が源だった。自分を見て欲しいっていうだけ」
  生徒会副会長で、成績も運動センスも抜群、眉目秀麗で羨望の的だった僕。
  でも今ベッドで横たわっているのは、中二病真っ只中の高3男子。
浅井 貢(あさい みつぐ)「本当に死にたかったら、 誰も来ない場所でやるよね?」
  くるみ入りのブラウニーを食べたのは、
  咲兄への申し訳なさで消えたくて堪らなかったから。
  だけど結果、病院に運ばれてちゃんと生きている。
浅井 貢(あさい みつぐ)「咲兄、ごめんなさい。 未熟な僕のせいで―」
浅井貢(あさいみつぐ:7歳)「それじゃあ、7歳の僕と同じじゃん。 ―10年間、何してたの」
浅井 貢(あさい みつぐ)「うっ・・・ でも僕だって、ずっと頑張って・・・」
浅井貢(あさいみつぐ:7歳)「覚えてる? 動物さんのケーキを買ってもらえないからって、だだこねたの」
浅井貢(あさいみつぐ:7歳)「さんざん騒いでたら、咲兄に動物さんのクッキーもらえたんだよね? そこからずうっと咲兄のこと好きで」
浅井 貢(あさい みつぐ)「好きで、何が悪いんだよ!」
浅井貢(あさいみつぐ:7歳)「それでお店の周りうろうろしたりさ。 変な事してたじゃん ほんっと、へ~んた~い!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「うるさい! 僕はただすっごく嬉しくて、咲兄に憧れて、お礼を言いたかっただけなんだよ!」
浅井貢(あさいみつぐ:7歳)「なら、すれば?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「──っ!」

〇田舎の病院の病室
西野 咲也(にしの さくや)「浅井君!」
  駆け足で入って来たのは、
  右腕をサポーターで吊った咲兄だった。
浅井 貢(あさい みつぐ)「咲―に―!?」
西野 咲也(にしの さくや)「よかった、よかったよ・・・」
  きつく、きつく抱きしめられた。
浅井 貢(あさい みつぐ)「あの、僕、本当に・・・ ごめ、ごめんなさい、うぅ・・・」
  両の目から熱いものが流れ落ちる。
  咲兄が首を横に振った時、僕の頸筋に温かい雫が落ちた。
  咲兄は椅子には腰かけず、ベッドの側にしゃがむと左手で僕の両手を握った。
浅井 貢(あさい みつぐ)「すっごくお世話になったのに、 迷惑ばかりかけて。 右手の骨折も僕のせいで・・・」
西野 咲也(にしの さくや)「いいんだよ浅井君。 失敗や後悔のない人生も、 誰かに迷惑かけない人生も、一つとしてない」
浅井 貢(あさい みつぐ)「──」
浅井 貢(あさい みつぐ)「どうして・・・ こんなに優しくしてくれるんですか?」
西野 咲也(にしの さくや)「ん? それは、私、失敗だらけの人生だから」
  ひどいことを立て続けにしでかして、もう咲兄と会うこともないかもしれない。
  少なくとも、バイトは来なくていいって言われるだろう。
  ならば今―
浅井 貢(あさい みつぐ)「あの・・・さく、咲也さん」
西野 咲也(にしの さくや)「うん?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「ずっと・・・咲也さんが好きでした──」
浅井 貢(あさい みつぐ)「覚えてないと思いますけど、僕・・・ 10年前、お店でケーキのことでだだこねた小学生です」
浅井 貢(あさい みつぐ)「咲兄が見かねて動物のクッキーくれて、その時から─」
西野 咲也(にしの さくや)「うん、覚えてるし、浅井君が来た時あの子だって分かった。 それとこの前、店に並べてた動物クッキー、買って帰ったでしょ」
浅井 貢(あさい みつぐ)「うっ──嘘、バレてたんですかっ!?」
西野 咲也(にしの さくや)「そりゃ覚えてるよ! だって最初に会った時からよく、店の中覗いたり、周りウロウロしてたじゃない。 何回も見かけた」
浅井 貢(あさい みつぐ)「うう・・・」
西野 咲也(にしの さくや)「ありがとうね、浅井君。 でも・・・ごめん。私・・・」
浅井 貢(あさい みつぐ)「すみません、困らせて。 気持ち悪いですね、僕─」
  浅い呼吸をすぐ側で感じた。
西野 咲也(にしの さくや)「すっごく、嬉しいんだ。 でも・・・」
西野 咲也(にしの さくや)「私ね、人をちゃんと愛することができないみたい」
浅井 貢(あさい みつぐ)「え? そんな事・・・」
西野 咲也(にしの さくや)「いいお菓子を作りたいって思って生きてるうちに、それだけに執着する人間になってた」
浅井 貢(あさい みつぐ)「──?」

〇田舎の病院の病室
西野 咲也(にしの さくや)「浅井君だから話すけど、 私たちの母親の事って、柊也から聞いた?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「はい、少し。 厳しいお母さんでこないだ、亡くなったって・・・」
西野 咲也(にしの さくや)「そう、頑固だったね。 母親は母親で、私達に幸せになってほしいと思っていたんだろうね」
西野 咲也(にしの さくや)「でも、子供が自分の価値観から外れるとすぐ、否定する人でさ」
浅井 貢(あさい みつぐ)「そういう親・・・ 度合とか違いはあるだろうけど、何となくわかるな。うちもそうだもん」
西野 咲也(にしの さくや)「母は、高校時代あそこでバイトすることも、パティシエになることも、前の店長から店を継ぐことにも反対だった」
西野 咲也(にしの さくや)「お菓子屋なんてすぐ立ち行かなくなるってね」
浅井 貢(あさい みつぐ)「そんな・・・」
西野 咲也(にしの さくや)「そんな母を、美味しいお菓子でびっくりさせてあげたい。和やかな気持ちにしてあげたい。そう思った」
浅井 貢(あさい みつぐ)「それは・・・叶ったんじゃないんですか?」
西野 咲也(にしの さくや)「どうだろう。亡くなった人の心の中は分からないから。 でも、母の葬式の時気づいた」
西野 咲也(にしの さくや)「私の願望は、母を喜ばせるとか、心を和ませるとか、そんな綺麗事じゃなかった」
西野 咲也(にしの さくや)「ただ、認められたい、絶対に認めさせてやるっていう執着だったんだ」
西野 咲也(にしの さくや)「お菓子を食べてどう感じるかなんて人の自由なのに、 美味しさを強要しようなんて、我ながら醜い感情だ」
浅井 貢(あさい みつぐ)「──」
西野 咲也(にしの さくや)「高校卒業して製菓学校に行ってからは、がむしゃらにお菓子を作ってた。 技術を高めて、前より良いものを作る事だけに集中した」
西野 咲也(にしの さくや)「高校からの彼女がいたんだけど、だんだん、一緒にいても何も感じなくなっていったね」
西野 咲也(にしの さくや)「むしろ、時間やエネルギーを奪われるように感じて、煩わしくなってしまって。 最悪な人間なんだよ、私」
浅井 貢(あさい みつぐ)「―その方は・・・」
西野 咲也(にしの さくや)「別れたよ。 結婚して幸せになったって聞いた」
西野 咲也(にしの さくや)「私、人と関わることが怖くなってしまったんだ。 向けてもらう感情が優しいものだったり、良いものだったりするほど、ね──」
西野 咲也(にしの さくや)「こんな自分なら、また酷いことをするんじゃないかって。 それを自覚しても私には、お菓子を作り続けることしか出来なくて―」
浅井 貢(あさい みつぐ)「どうして? あんなに優しくしてくれた咲兄なのに!」
西野 咲也(にしの さくや)「だから、青春真っ只中の浅井くんに、 貴重で素敵な感情を向けてもらうのが・・・ すごく申し訳ないし・・・心苦しくて―」
  顔を上げた咲兄の目には、うっすらと光が溜まっている。
西野 咲也(にしの さくや)「浅井くんは、浅井君をちゃんと好きになってくれる人に出会える。人生、これから幸せが沢山・・・」

〇田舎の病院の病室
浅井 貢(あさい みつぐ)「でも、だからこそ咲兄のお菓子は、どれも幸せの味がするんですね。 咲兄が、自分の全部を込めて一生懸命作ってるから」
西野 咲也(にしの さくや)「──」
浅井 貢(あさい みつぐ)「話聞いただけで偉そうなこと言ってごめんなさい」
浅井 貢(あさい みつぐ)「でも、10年前にもらった動物さんのクッキーも、仕事終わりに食べた切れ端も、全部美味しかったんです」
浅井 貢(あさい みつぐ)「働かせてもらってホントによかった、嬉しいって思ってました。 そもそも、10年前に咲兄に出会えてよかったなあと」
  咲兄の瞳がまた、揺れた。
浅井 貢(あさい みつぐ)「咲兄のお菓子は、僕を幸せにしてくれました。 作ったもので誰かの気持ちを明るくできるって、凄いことだと思うんです」
西野 咲也(にしの さくや)「浅井、君・・・」
浅井 貢(あさい みつぐ)「僕、咲兄のお菓子も、咲兄も大好きです。 もう・・・迷惑かけませんし、ずっと片思いでいいから、せめてお礼を―」
西野 咲也(にしの さくや)「・・・ありがとう。 浅井君の気持ち、受け取りました」
西野 咲也(にしの さくや)「でも、約束して」
  咲兄が僕の頬を掴み、目を覗き込んでくる。
  真剣な眼差しだった。
西野 咲也(にしの さくや)「もうクルミは食べないで。 自分を大事にして。絶対」
浅井 貢(あさい みつぐ)「―はい」
西野 咲也(にしの さくや)「それと、もし厭じゃなかったら ―また働いてくれない?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「えっ?」

〇田舎の病院の病室
西野 咲也(にしの さくや)「人手がっていうのもあるけど、 柊也のためにも、来てほしいんだ」
浅井 貢(あさい みつぐ)「僕、あんなに信用失くすことしたのに・・・?」
西野 咲也(にしの さくや)「あいつは名前の通り、ヒイラギみたいにチクチクして頭もよくないし、サボり癖もある」
西野 咲也(にしの さくや)「だけど浅井君が来て、 少しずつ変わっているんだよね! ライバルに負けたくないって」
浅井 貢(あさい みつぐ)「あいつがそんな―」
西野 咲也(にしの さくや)「それと、浅井君が倒れる前、柊也がひどいことを言ったでしょ。 弟に代わって謝ります」
  咲兄は立つと深く頭を下げた。
浅井 貢(あさい みつぐ)「いいんです! 僕があいつの立場だったらおんなじこと言ったと思うんです」
西野 咲也(にしの さくや)「いや、私が柊也を甘やかしてきたんだ。 母親から褒められたことのない弟が可哀想で」
浅井 貢(あさい みつぐ)「柊也から聞きました。 兄貴がいつも庇ってくれたんだって。 柊也、咲兄のこと大好きですね」
  咲兄に笑顔が戻った。
浅井 貢(あさい みつぐ)「でも僕は、もっと好きですよ! 10年間片思いですから!」
西野 咲也(にしの さくや)「アハハハハ!」
  咲兄は笑うと、目を細めて僕を見つめた。
西野 咲也(にしの さくや)「じゃあ浅井君も、弟になって」
  抱き締められた。ビクッとした。
西野 咲也(にしの さくや)「好きって言ってくれてありがとう。 28にもなって恥ずかしい、年下から告白されるなんて ―嬉しい」
西野 咲也(にしの さくや)「私も── 大好きだよ。浅井君」
浅井 貢(あさい みつぐ)「咲兄──」
西野 咲也(にしの さくや)「体が大丈夫になったら、気兼ねせずおいで。 バイトがなくても、コーヒー飲みにおいで」
西野 咲也(にしの さくや)「浅井君も柊也も私の弟。 大事な家族だから──」
  頭を撫でられて、ぎゅっと額を押し当てられる。
  咲兄から伝わる熱と吐息に、手足の先まで痙攣した。
浅井 貢(あさい みつぐ)「熱い。顔も、耳たぶも、手の平も。 僕の背に降りて優しくさすってくれる咲兄の左手も」
  20秒足らずだったと思う。
  1日の何千分の一をこんなに長く感じたのは、初めてだった。
西野 咲也(にしの さくや)「じゃあね。お店で待ってる」
浅井 貢(あさい みつぐ)「また、あそこに行ける、 あそこに居ていいんだー」
  心拍がようやく元に戻ったと思ったら、
  脇の下も背中も、
  びしょ濡れになっていた。

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