罪  恋―TSUMIKOI―

望月麻衣

エピソード17 真相(脚本)

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望月麻衣

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〇空
  路地裏で、久弥が刺されたという衝撃的なニュースは、私の耳にもすぐに届いた。
  近くの病院に緊急搬送された後、事態が深刻であることから、大きな病院に移され、
  その後、更に別の病院に移されたらしい。
  私が久弥のことについて、知っているのはここまでだ。

〇空
  久弥を刺した女性も心の病と診断されて、そのまま入院となったそうだ。
  久弥がどうなったのか、
  今どこでどうしているのか、
  ちゃんと無事なのか、
  いてもたってもいられないような気持ちで毎日を送るも、
  久弥にとって、私は不必要な人間なのだから、知ったところでどうしようもない。
  そうやって、言い聞かせて来た。
  そうして、衝撃的な事件から、三か月が経った頃だった。
  あの男性(ひと)が現れたのは・・・。

〇学校の校舎
「梓さん・・・ですか?」
  学校帰り、校門を出たところで声を掛けられた。
  目に入ったのは、スーツ姿の中年男性。
  彼の後ろには真っ黒なベンツ。
  この人のことは知っている。
  久弥の復讐に加担した、ベンチャー企業の社長。
  あの夜、久弥の身体の上に、
  万札を散らせた男。
  そう、久弥を買った男だ。

〇学校の校舎
梓「はい」
  頷くと彼は、突然すみません、と会釈をした。
「私は杉田と申します。 ほんの少しお時間を頂けませんでしょうか。そこのカフェで構いませんので」
  と名刺を差し出しながら、ここから見えるカフェを指した。
  警戒されないように、そう言っているのだろう。
「本当に突然すみません。 驚いていますよね。ナンパとかではないんです」
  何も言わないことに弱ったようにする彼に、私は小さく首を振った。
  何も返事をしないのは、
  
  
  バクバクと鼓動がうるさくて、息苦しいから。
  この人は、久弥のことで何かを伝えに来たに違いないから。
  嫌な予感に、
  
  
  指先まで冷たくなるようだった。

〇テーブル席
  そうして私たちは近くのカフェに入った。
  どこから見ても金持ちそうな中年男性と、制服姿の女子高生。
  傍から見れば、いかがわしさを感じさせるかもしれない。
  私たちは端の席に座って、コーヒーを飲んでいた。
  コーヒーを好んで飲むわけではないけれど、ここで飲み物を選ぶような気分でもなく、
  また、何か飲むならば、とびきり苦い物がいいと感じていた。
  彼は、何を伝えにきたのだろう。
  生死の境を彷徨っていた久弥が、その後どうなってしまったのか。
  早く聞きたくて。
  やっぱり、聞きたくなくて。
  怖くて、手が小刻みに震えていた。

〇テーブル席
  続く沈黙。
  どうして、何も話さないんだろう?
  ふと見ると、彼の手も震えていた。
  私だけじゃなく、この人も緊張していたんだ。
梓「・・・久弥の、ことですよね?」
  最初に口を開いたのは私だった。
  彼はきっと、何から話し始めていいのか分からなくて困っているのではないかと思ったから。
  それは正解だったらしく、少し弱ったように頭をクシャッとかいた。

〇テーブル席
「ああ、久弥のことで」
  また、鼓動が強くなる。
  
  
  彼は喉の調子を整えてから、口を開いた。
「梓さん・・・君は久弥が今どうなったか、知っているのかな?」
  彼はそう言って、すがるような瞳で私を見た。
  一瞬、何を言われたのか理解できず、
  
  
  頭が真っ白になる。
梓「どういう、ことですか?」
  心から尋ねた。
  
  
  本当に、どういうことなんだろう?

〇テーブル席
「ごめん。 君は久弥について、どこまで知っているのかな?」
梓「どこまで、って・・・ あなたと一緒に復讐を果たした後に、刺されてしまったって」
  売春関係の仕事を任されていた秘書さんに刺されたと、涼太から聞いた。
梓「すぐに近くの病院に運ばれたけど、重傷で手に負えなくて、その後に転院したというところまでしか知りません」
「そうか・・・」
  彼は少し残念そうに息をついた。
「転院先の病院でも、久弥は意識を取り戻さなくてね。その後、更に転院したんだ」
「それが、どこに転院したのか、今彼がどうなってしまったのか、分からない状態だ」
  つまり彼と私は、同じ状態だということが分かった。
  何もわからずに苦しい状態なんだ。

〇テーブル席
「ただひとつ、分かっていることは、久弥の転院には、高宮グループの会長が関わっているということだ」
梓「高宮グループって・・・」
  それはビジネス業界に詳しくない私にだって知っている、巨大企業グループの名前だった。
「久弥は前に『自分を贔屓にしている70代の客がいる』って言っていたんだが、どうやらそれが高宮グループの会長だったらしい」
  生々しい言葉に、目眩がする気がした。
  高級男娼だった久弥。
  その客の一人が、想像を絶する大物だったということなんだろう。
「・・・久弥の行方を躍起になって探していた客たちは、高宮の会長が囲っていることを知って尻込みし、諦めた状態なんだ」
  自分もそうだ、と彼は悔しそうにテーブルの上に置いた拳をギュッと握った。
梓「それじゃあ、久弥は今、 その会長のところに?」
「ああ、命を取り留めているとしたら、会長の愛玩物となっているだろうな」
  胸が、苦しい。
  彼はどこまでも、
  
  
  自由になることが許されない存在なのだろうか?

〇テーブル席
「久弥に復讐のパートナーに選んでもらって、頼ってもらえて、自分は彼の『特別』だと勘違いしていたよ」
「いや、特別には違いないかもしれないが、ただ利用できる駒のひとつだということが分かった」
「利用されたと言っても、事業は拡大したし、得したことばかりで、何も損はしてないんだがね」
「・・・それでも、彼との未来を夢見ていた、心は傷ついた」
  まるで独り言のように洩らす彼の言葉も、胸に突き刺さる。
  その気持ちが痛いほどに分かるから。
「久弥は逃げる準備をしていたんだ。自分を含めた、すべての客からね」
「救いだったのは、僕には感謝の手紙を書いてくれていたことかな」
  と、
  
  自嘲的に笑ってコーヒーを口に運んだ。

〇テーブル席
「だから、久弥を自分のものにしたいとはもう思っていないんだ。悔しいけどね」
「ただ、どうしているのかだけ知りたかった」
「助かったのか、助からなかったのか、それすらも分からないのは苦しくて仕方がない」
  胸が苦しくして仕方がない。
  
  
  私もまったく同じように思っていたから。
  安否を知るだけでいいんだ。

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