アライシャの憂鬱(脚本)
〇結婚式場の廊下
東の空が白み始める
暁《あかつき》に押しやられつつある群青の中にまだ星が見えている
〇宇宙空間
髪を結ってくるのを忘れた
誰も見ていないから別に構わない
〇宇宙空間
裸足のままそうっと庭へ降りる
王宮の人たちはまだ夢の中だ
掃き清められたタイルの上を、つまずかないように注意しつつ、寝巻きの裾を摘んでゆっくり歩を進める
今日は体調が良い
あまりふらつかずに歩くことができる
〇宇宙空間
体温の低いわたしにとって夏は過ごしやすい季節だ
暑いぐらいが丁度いい
現に夏に入ってから何度か熱を出しただけでこうして起きていられる
王宮の中庭
その真ん中に長細い広大な池がある
わたしが目指しているのはそこだ
〇宇宙空間
池のほとりに着いた
さっきよりも空が明るい
水に落ちてしまわないように少しだけ離れた位置に立ち、深く息を吸う
池の半分を占領している睡蓮の花の白さが、薄明にぼんやり浮かんでいる
その花は周囲が明るくならないと開かない
だから今はまだその花びらを閉じている
睡蓮は薫らないと言われているようだ
しかし太陽が高く登る前なら、花が開く前でもこんな風にほのかに甘く薫るのだ
〇宇宙空間
「おはようございます アライシャさま」
「おはよう ギリアス」
突然の声の主が誰なのか、わざわざ振り返って確かめるまでもない
今日こそ一人だと思ったのに、やはり一人では庭すらも歩かせてもらえないのか
ギリアス「もう少し、池から離れてください アライシャさま」
アライシャ「嫌です!!」
ギリアス「あなたさまが落ちてしまったら大変ですから」
アライシャ「この睡蓮を見るのも、夏を迎えられるのも、あとわずかしかないの だから好きにさせてほしい」
〇宇宙空間
この春で十八になった
王宮の医師たちからは、二十歳まで生きられないだろうと言われている
先天性の病のせいで生まれつき身体が弱く、熱を出して寝てばかりいた
お父さまは手を尽くしてくれているが、治療方法は未だに見つからない
お姉さまと二人の妹はとうに王族や貴族の元に嫁いでしまった
父の娘で残っているのはわたしとまだ幼い妹だけ
無論、こんなわたしを妻として迎えようと思う人などどこにもいない
〇宇宙空間
アライシャ「わたしにはもう時間が無いの」
ギリアス「だから何です」
アライシャ「な・・・」
ギリアス「わたくしはアライシャさまが生まれた時からお側に仕えております お命を粗末に扱っていいとお教えした覚えはございません」
アライシャ「そんな大袈裟な」
ギリアスは父の側近の有能な武官だった
お年を召され、引退するちょうどその頃にわたしが生まれた
そして何を思ったのか引退後の平和な隠居生活を望まず、わたしの護衛官および教育担当官を申し出た
ただしこれらの顛末は本人からではなく、宮廷の人々から聞いた話である
ギリアス「アライシャさま そろそろ戻りましょう」
アライシャ「まだ戻らないわ まだここにいる」
アライシャ「わたしは今の時間しか庭へ出られないのよ 昼の強い日差しに、わたしのこの身体が耐えられないのはあなたも知っているでしょう」
ギリアス「そんなことを申しているのではございません今日はお客様がお見えになる日でございますから、お着替えをせねばなりますまい」
ギリアス「それにですぞ 皇女さまとあろうお方が、そんな子供のような格好をなされて はあ・・・」
ため息混じりにそう言われてしまい、裸足の自分を見る
寝巻きのまま、髪は寝起きのまま、きっとひどい格好なのだろう
情熱の王子は何処へ...✨
続きを楽しみにしております🌟