13話 近付く距離(脚本)
〇城の回廊
レイルズが戻ってきてからは、湖の周りを散策したり、おやつを食べたりと楽しく過ごし、夕方近くにようやく帰路に就いた。
1番はしゃいでいたメリナは、遊び疲れたのか荷馬車の上ですっかり眠り込んでいる。
マルク「なんとか日が暮れるまでに城へ帰り着けたな」
富士丸葵「王太子殿下が、今日一日でずいぶん上達されましたから」
そう言って振り返ると、レイルズはホッとしたように息をついた。
レイルズ「ようやく『先生』に褒めて貰えた」
メリナが眠ってくれたおかげで、帰路ではゆっくりレイルズに馬術を指導することができた。
レイルズ「アオイがよく言っている、馬と気持ちを通わせるっていうことが、少し分かった気がするよ」
富士丸葵「エラーブルも、殿下にたくさん乗って貰えて嬉しそうですよ」
レイルズ「本当?」
少年らしい笑顔を浮かべ、馬の首筋を撫でるレイルズの頬が、夕日に赤く染まっている。
レイルズ「はぁ・・・まだまだ乗っていたいけど、明日は朝から舞踏会の準備だ」
先に行くマルクに聞こえないほど小さな声で、レイルズが言った。
富士丸葵「舞踏会が終わって落ち着いたら、また行きましょうね、遠乗り」
レイルズ「ああ!」
笑顔を交わし合い、城門をくぐる。
富士丸葵(王太子殿下のこと、前よりずっと身近に感じる)
富士丸葵(今日の目的は、殿下とメリナ姫を近づけることだったのに)
胸の中に灯った火が、優しく温かく燃えている。
富士丸葵(私のこと、綺麗だって言ってくれた。初めて、心から美しいと思った、って)
あのとき握られた手の感触が、まだ指先に残っている。
富士丸葵(どうしよう、この気持ち・・・)
〇城の客室
メリナ「コホッ、コホッ・・・」
富士丸葵「大丈夫ですか、メリナ姫」
メリナ「大事ない、いつものことじゃ」
疲れが出たのか、メリナは体調を崩してしまった。
メリナ「昨日は本当に楽しかった。姫はこれまで所領から出たことがなかったゆえ、何もかもが初めてで」
富士丸葵「それは何よりです。王太子殿下も楽しんでおられました。もちろん、私も」
そう言って微笑むと、メリナはゆっくりとベッドの上に半身を起こした。
メリナ「レイルズ殿はアオイ殿が騎士団長になったいきさつを詳しく物語ってくれたし、マルク殿は余興に見事な剣舞を披露してくれた」
メリナ「それに、あのユーリとかいう侍従は物知りでな」
メリナ「皆がレイルズ殿を探している間に、ユルベールにしか生えぬ植物や、鳥の名をたくさん教えてもらったぞ」
一晩経っても興奮が冷めやらぬ様子で目を輝かせるメリナに、温かいハーブティーを勧める。
富士丸葵「咳に効くそうです。少し苦いですが」
メリナ「ん、美味じゃ。心が安らぐのう」
富士丸葵「これを飲んで今日は1日休んでください。明日の舞踏会のために、はるばるいらしたんですから」
メリナ「そうじゃな。1曲はレイルズ殿と踊らねば、せっかくのアオイ殿やマルク殿の心配りが無になってしまう」
富士丸葵「えっ?」
目を丸くした私に、メリナが大人びた表情で微笑んだ。
メリナ「父上からユルベールの内情は聞かされている」
メリナ「レイルズ殿に忠誠厚いふたりの考えることくらい、お見通しじゃ」
メリナ「姫とレイルズ殿を、縁組みさせたいのであろう?」
メリナはそう言うと、窓の外に広がるイーリスの城下街を見渡す。
メリナ「姫はいままで、父上や家臣以外の殿方と顔を合わせたことがなかった」
メリナ「だから、初めてアオイ殿に会ったとき、驚いた」
メリナ「このように見目麗しく優しい殿方もいるのだと」
メリナ「まるで遠い他国に嫁いでゆかれた姉上のように近しく思えて、すぐに大好きになった」
そこまで言うと、メリナは少し恥ずかしそうに目を伏せた。
メリナ「それでワガママを言いたくなったのじゃ。運命の殿方だのと、アオイを振り回してしまったこと、すまなく思う」
富士丸葵「メリナ姫・・・」
メリナ「だが姫は今年で14。もう子供ではない。 公女として生まれたからには、政略結婚は当然のこととわきまえておる」
メリナ「ユルベール王国には国を支える資産が必要で、バザルト公国には大国の庇護が必要だということもな」
そこまで言うと、メリナは大きく一呼吸した。
メリナ「もしもアオイ殿が望むなら、姫はレイルズ殿に嫁いでも構わぬぞ」
私の目をじっと見つめるメリナ。
ズキン、と心臓に痛みが走った。
富士丸葵「わ、私は、姫には本当に愛する方と結ばれて、幸せに暮らしてほしいと思います」
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