第7話「思考」(脚本)
〇シックなバー
同日、同刻。港区麻布十番
エドワード「昨夜の事件は、とてもショッキングで非常に残念です」
岸村英憲「萩原君は、前途有望な青年でしたからね」
エドワード「はい・・・しかし、私たちの方針に変りはありません」
岸村英憲「宮成大貴という絶好の素材を、活かせなかったばかりか、無下に失った・・・」
岸村英憲「あまつさえ、実に有能だった萩原君をも巻き添えにした・・・」
岸村英憲「そのことを省みることなく、次の一手を打ちますか?」
エドワード「反省はしています。しかし、今回の一件で私たちは本気になった」
岸村英憲「ほう・・・本気ですか」
エドワード「はい。ヨリマシは非常に面白い存在。人間の可能性を広げるかもしれない」
エドワード「次は、貴重なサンプルを充分に活かせるように、細心の注意を払います」
エドワード「そこで、キシムラ先生に協力いただきたい」
岸村英憲「わたしに何をさせたいのですか」
エドワード「次のサンプル・・・ターゲットと言い換えてもいい・・・」
エドワード「児玉優美に対し、クライシスを演出していただきたい」
岸村英憲「クライシス? どのような?」
エドワード「詳細に関しては、キシムラ先生にお任せします」
エドワード「私たちは、サンプルがクライシスに際した時の反応が見たいのです」
岸村英憲「児玉嬢には、憑坐の護衛が付いていますね」
エドワード「はい。北畠真弘と高倉隼人。その両名もサンプルと考えてください」
岸村英憲「私一人で、三名の憑坐を相手にしろと?」
エドワード「もちろんバックアップは用意します」
エドワード「望むままの見返りも約束させていただきます」
エドワード「どうでしょう。受けてはいただけませんか」
岸村英憲「ミスターエドワード。私はね、快楽主義者なんですよ」
エドワード「エドで結構ですよ。存じ上げております」
岸村英憲「私が求める見返りは、高く付くがよろしいのかな?」
エドワード「もちろんです。先生を安く見積もるつもりはありません」
岸村英憲「うむ・・・では、条件を」
エドワード「なんでしょう?」
岸村英憲「事の一切を私に預ける。子細な指図は無し。ということなら、引き受けましょう」
エドワード「それで結構です。お願いします」
岸村英憲「分かりました。では早速、動くとしましょう」
エドワード「ありがとうございます。では、今宵は前祝いといきましょう」
岸村英憲「弔いよりも祝いを優先する。そこは、嫌いではありません」
エドワード「先生なら、そう仰ってくださると思っていました」
〇古書店
翌日、昼前。千代田区神保町
児玉優美「このお店、やっぱり落ち着くなあ・・・」
北畠真弘「本当に本が好きなんですね」
児玉優美「はい。紙の本に囲まれてると、なんだか落ち着くんです」
高倉隼人「優美さんは、どんな本を読むんですか?」
児玉優美「最近は、江戸川乱歩とか夢野久作とかかな」
北畠真弘「僕も一時期ですが嵌まりましたね。乱歩や久作には。小栗虫太郎や中井英夫なんかも」
児玉優美「ふふ。三大奇書は、わたしも読みました。面白かったけど理解はできませんでした」
北畠真弘「あの三作は面白いと感じれば充分、というか、それが正しい愉しみ方かもしれません」
北畠真弘「理解できないというところを愉しむ部類の作品たちでしょう」
児玉優美「そうかもしれませんね。意図した難解さって、それがもうエンターテインメントなのかも」
高倉隼人「最近の作家の本は読まないんですか?」
児玉優美「読むよお。藤原伊織とか打海文三とか三崎亜記とか・・・」
児玉優美「でも最近は、古めの作品に触れることが多いかなあ・・・」
蘆屋道満「児玉さんは良い趣味をお持ちのようだ」
児玉優美「えっ・・・! どこから・・・!」
北畠真弘「岸村先生・・・いや、この霊圧は・・・!」
蘆屋道満「これは失敬。道満としては初めてでしたかな」
児玉優美「・・・!」
蘆屋道満「まあ、そう警戒なさらずに。本日は挨拶に伺ったまで、ですので」
北畠真弘「ならば、なぜ顕現を?」
蘆屋道満「三人の憑坐を前にするのに際し、万全を期すのが礼儀かと」
蘆屋道満「このような場所で事を構える気は更々ございませんので、安心なさってください」
児玉優美「・・・どうお呼びすればよろしいですか?」
蘆屋道満「岸村で構いません。かような場所で長話もなんですから」
蘆屋道満「どうですか。昼食でも、ご一緒に」
児玉優美「・・・どちらで?」
蘆屋道満「淡路町に、なかなかに旨い中華を食べさせる店があります。そこで如何ですか」
児玉優美「分かりました・・・」
児玉優美「いいですか? 真弘さん、隼人くん」
北畠真弘「優美さんが、そうしたいのであれば」
高倉隼人「俺もかまいませんよ」
児玉優美「ありがとう」
〇中華料理店
蘆屋道満「いかがですか? お口に合いますか?」
児玉優美「はい・・・どれも美味しいです」
蘆屋道満「それは何より」
児玉優美「それで、お話しというのは・・・?」
蘆屋道満「児玉さんは読書の趣味が良いようですが、澁澤龍彦などはお読みになりますか」
児玉優美「え? 澁澤ですか・・・? 三島由紀夫との繋がりから何冊かは・・・」
蘆屋道満「彼はなかなかに本質を突いている」
児玉優美「本質、ですか・・・?」
蘆屋道満「人生に目的などなく、信ずべきは曖昧な幸福にあらず、ただ具体的な快楽のみ」
蘆屋道満「まあ、そういった部分です。私が憑霊した岸村も近しい考えの持ち主です」
児玉優美「それが、機関の急進派に協力する理由なんですか?」
蘆屋道満「そうです。清ではなく濁。聖ではなく俗。愚かしい人の本質はそちらにある」
蘆屋道満「神格霊などと呼称される我々が憑霊するのは、あくまで生身の人間」
蘆屋道満「ならば、その本質に沿うことこそ道理でしょう」
児玉優美「わたしは、そこまで達観できません」
蘆屋道満「なに、そう難しく考える必要は無いのです。利用すればいいだけ」
児玉優美「利用? 機関を、ですか?」
蘆屋道満「ええ、憑坐ならば選ぶ道は二つ。利用されるか利用するか」
蘆屋道満「憑坐として神格霊と呼応した段階で平静な人生というやつとは離れている」
蘆屋道満「ならば、本質を、快楽のみを、追い求めるために利用する道を選ぶ」
蘆屋道満「それが自然で無理のない選択でしょう」
児玉優美「・・・わたしは、まだ、そこまで割り切れていません」
蘆屋道満「私の側に来れば、見えるものがありますよ」
蘆屋道満「どうです。試してみる気はありませんか」
蘆屋道満「敵対などと言う不毛な選択よりは、よっぽど建設的だと思いますが」
児玉優美「わたしは・・・」
北畠真弘「体のいい勧誘ですね。僕たち憑坐をモルモットとしか見ていない急進派」
北畠真弘「それを利用するなどナンセンス。結局は利用されるだけでしょう」
蘆屋道満「それは、やり方次第ですよ。手を考えるのも愉しみの一つ」
蘆屋道満「短絡的に敵対することこそ思考停止している。思考のないところに本質はない」
「・・・・・・」
蘆屋道満「思考する時間は、私が用意します」
蘆屋道満「急進派は、あなた方に対する方策を私に一任している」
蘆屋道満「この機会を有効に使い、思考していただきたい」
蘆屋道満「本日はここまでとしておきましょうか。年の瀬を使って存分に思考を」
蘆屋道満「そうですね・・・元日にでも、またお目にかかりましょう」
蘆屋道満「それでは、これにて失礼を」
「・・・・・・」
高倉隼人「よくしゃべる神格霊だな・・・なにが思考だ、偉そうに」
児玉優美「そうだね・・・でも、一理あるかもって思っちゃう自分もいるよ・・・」
「・・・・・・」