3話 逃亡(脚本)
〇荒野
リリの都を出てから、私たちは
一睡もせずに歩き続け、
高山地帯に入る。
オルジェイ「どこへ向かっている?」
ウェンサ「アルマタだ。 西へ向かい、山を下りてバルハサへ行く」
ウェンサ「直に国境だ。 抜けたら、休む」
ウェンサは高山にも荒野にも慣れていた。
〇城門沿い
壁を、やすやすと登り、
あの足枷を自分で外して忍んできた。
皇子らしくない。
まるで密偵だ。
バルハサでは、これが普通なのだろうか?
〇岩の洞窟
ウェンサ「・・・・・・・・・」
オルジェイ「・・・・・・・・・」
ウェンサは火を起こし、
干し肉と乾パン、水をくれた。
オルジェイ「準備がいいな」
ウェンサ「前々から出ようと思って、備えていた」
オルジェイ「昨日は、いい機会だったということか」
ウェンサ「そうだ」
ウェンサ「・・・お前の夫は、妻のお前を 殺そうとした」
ウェンサ「お前は、何をした?」
オルジェイ「何もしていない!」
オルジェイ「今でも、信じられない・・・」
オルジェイ「・・・優しかったんだ、ずっと」
オルジェイ「早く、子が欲しいと言っていた」
ウェンサ「そうか。 宰相を憎んでいたわけではないのだな」
オルジェイ「違う!」
ウェンサ「なら、お前ではない何かに 原因があるのだろう」
ウェンサ「お前は、導者だ」
ウェンサ「リリでは、導者は敬われ、 皆、その言動に注目する」
ウェンサ「リリほどではないが、バルハサにも 導者への信仰はある」
オルジェイ「・・・私は導者として、幼い頃から 修業をしてきた」
オルジェイ「導者にふさわしいような言動を 心がけてきた」
ウェンサ「知っている。 だから、お前は俺を助けた」
ウェンサ「お前はただの導者ではない。 王の娘だ」
オルジェイ「庶出だがな」
母についてはよく知らない。
私を生んですぐなくなった。
確かなのは、リリの者ではないこと、
身分が低かったことだ。
ウェンサ「宰相は王族か?」
オルジェイ「いや。リリの貴族の出だ」
ウェンサ「なぜ、お前は、宰相を娶った?」
オルジェイ「父上の勧めだ」
ウェンサ「お前は、父王の勧めに従って、 あの男を夫にしたのか?」
オルジェイ「そうだ」
ウェンサ「俺たちバルハサの者は、狼のように 相手を選んで番になる」
ウェンサ「リリでは違うようだな」
オルジェイ「どうだろう? そういった者もいるだろうが・・・」
オルジェイ(私は違った)
ウェンサ「クトゥは、何も言わなかったのか?」
オルジェイ「反対はされた」
〇御殿の廊下
クトゥ「・・・宰相様と? お前、本気か?!」
クトゥ「いや、ダメとは言わないが・・・ 俺は正直、賛成できない」
クトゥ「あの方は賢いし、穏やかだが、野心家だ。 皆、気づいてないだろうけどよ」
〇岩の洞窟
ウェンサ「はは、さすがに、よく見ている」
オルジェイ「イナルナには野心があったのだろうか?」
ウェンサ「可能性はある」
ウェンサ「一介の貴族出の宰相が、王の娘を妻とする」
ウェンサ「その娘は、皆の尊敬を集める導者でもある」
ウェンサ「導者は、時に、宰相よりも力を得る」
オルジェイ「それが、イナルナは気に入らなかったと?」
ウェンサ「己よりも力に優れる導者は、 宰相にとって、好ましくはないだろう」
ウェンサ「それに、多くの男は、 女を支配下に置きたがる」
オルジェイ「だが、イナルナは・・・」
ウェンサ「違ったか? あの男は導者であるお前を恐れていた」
ウェンサ「バルハサの皇子である俺を 恐れていたように」
オルジェイ「わからない・・・ 気づかなかった・・・」
オルジェイ「イナルナが、私を殺したいほど 憎んでいたなんて・・・」
ウェンサ「はっ・・・お前らしい」
ウェンサ「お前は傲慢だ」
ウェンサ「お前は、導者であることに 誇りを持っている」
ウェンサ「ゆえに、導者に恥じない行動をする」
ウェンサ「他人の目など、気にもしない。 それが、夫であってもだ」
オルジェイ「そう、かもしれない・・・」
オルジェイ「イナルナが、私をどう思っているかなど 考えたこともなかった」
オルジェイ「私が、イナルナを信じているから、 同じだとばかり」
ウェンサ「夫が憎いか?」
オルジェイ「・・・わからない」
オルジェイ「けど、悲しい・・・」
オルジェイ「何も気づかなかった自分が、悔しい」
ウェンサ「そうか」
ウェンサ「これからは、その指輪は 首にかけて隠せ」
ウェンサ「今のお前は、導者ではない。 謀反人だ」
ウェンサ「素性を隠す必要がある」
オルジェイ「わかった・・・」
剣の柄から、革ひもを抜き出し、
指輪を外して通す。
それを結んで、首にかける。
ウェンサ「お前は傲慢で、甘い」
ウェンサ「それゆえ、俺は、お前に救われた。 忘れるな」
そう言うと、ウェンサは剣を抱いて、
座ったまま目を閉じる。
オルジェイ「・・・・・・」
私も同じようにして、目を閉じた・・・
〇城壁
イナルナ「・・・陛下については、残念でならない。 あまりに急だ。急すぎる」
家臣「姫様のことが、たいそう 衝撃だったのでしょう」
家臣「悲しんでいる暇はございません。 姫様と一緒にいるのはバルハサの皇子です」
家臣「もし、姫様がバルハサに与すれば・・・」
イナルナ「可能性はおおいにあるな」
家臣「王亡き今、宰相様には、いっそうリリを 支えていただかねばなりませんぞ!」
イナルナ「心得ている。 皆、私に力を貸してくれ」
〇王宮の入口
クトゥ「オルジェイが、謀反だとぉ?」
兵士2「宰相様をだまして、バルハサの皇子と 手を取りあって、仲良くご逃亡だとよ」
兵士2「とんでもない導者様だよなあ」
クトゥ(・・・そんなわけあるか!)
クトゥ(バルハサの皇子と不貞? 何をどう見たら、そうなるんだよ)
クトゥ(宰相様は、オルジェイが 邪魔だったんだろうな・・・)
クトゥ(それで、ウェンサとのことを利用して 謀反人に仕立て上げた)
クトゥ(ついでに王も始末した・・・)
クトゥ「くそっ・・・だから、 あいつはやめとけって言ったのに!」
クトゥ(イナルナ・・・思ってたよりも とんでもねえ奴だぜ)
〇城門沿い
クトゥ「オルジェイは見つかっていないのか?」
兵士1「ああ。リリ中を探しているんだが・・・」
クトゥ(国境を出るには早すぎる。 どこかに潜んでいるだろう)
クトゥ(ウェンサはただの皇子じゃねえ。 あいつが一緒ならば・・・)
クトゥ(山に逃げて、国境を出たか? なら・・・)
兵士1「おい、クトゥ?」
〇雪山
・・・ウェンサに連れられて、
何日も高山を歩く。
リリを囲む山は険しい。
だからこそ、兵の足もそう簡単には
届かない。
ウェンサ「オルジェイ、大丈夫か?」
オルジェイ「ああ。問題ない」
ウェンサ「さすが、リリの旗士だ。 もう少しで村がある。堪えろ」
必死に足を動かしているうちは、
イナルナのことを考えなくて済むのが
幸いだった。
〇岩山
そうして、私たちは、小さな村に着く。
〇地下室
ウェンサ「しばらくこの宿を借りたい」
村長「これはバルハサ王家の・・・!」
ウェンサ「俺が訪れたことは内密にしろ。 バルハサに戻ったら、誓って褒美を取らす」
村長「はっ・・・」
村長「そちらは・・・」
ウェンサ「妻だ」
オルジェイ「・・・!」
〇屋敷の牢屋
ウェンサ「・・・バルハサの夫婦は、リリとは違う」
ウェンサ「夫婦で旅もすれば、仕事も共にする。 王族であってもだ」
オルジェイ「それで、私とお前は夫婦であると 言ったのか」
ウェンサ「そうだ。 しばらくはごまかせる」
ウェンサ「山を下りるまでは、決して正体を明かすな」
ウェンサ「ここにいる間は、お前は、 導者でもなければ、リリの王女でもない」
ウェンサ「俺の妻だ。いいな?」
オルジェイ「わかった・・・」
やっぱり、ウェンサの語りから見えてくるものは多いですね!他の共同体の存在からの視点が、オルジェイ自身の国や境遇が具に見えますよね。