1話 ビギナーズラック(脚本)
〇数字
〇清潔なトイレ
木村早苗「この株は──上がるッ!!」
木村早苗「取引終了まであと15分・・・」
木村早苗「なんとしてでも今日の損失を取り戻さなきゃ!」
木村早苗「こうなったら、信用取引──」
木村早苗「でも、借金を負うことになるかも・・・」
木村早苗「――ええい、行けっ!」
木村早苗「お願い、上がって!」
木村早苗「・・・あ」
〇数字
〇シックなリビング
木村早苗(どうしよう。今月の生活費・・・)
木村光浩「長かったな。腹でも下したのか?」
木村早苗「うん、ちょっとだけ」
木村早苗(貯金のこと、絶対にバレないようにしなきゃ)
〇黒
私が夫に内緒で株取引を始めたのは、
1ヶ月前のことだった──
〇シックなリビング
木村早苗「ねぇ。貯金、けっこうたまってきたのよ」
木村光浩「へぇ」
木村早苗「それで私、資産運用の勉強を始めようかと思って」
木村早苗「この前銀行に行ったら、親切に教えてもらえたの」
木村早苗「この投資信託とか、いいんじゃない?」
木村早苗「それから、不動産投資なんかも──」
木村早苗「え・・・?」
木村光浩「お前、こんなくだらないことを考えていたのか」
木村早苗「ひどい・・・。一生懸命考えたのに・・・」
木村光浩「いいか。お前は頭が悪いんだ」
木村光浩「こんなことをしてる暇があったら、スーパーの広告でも見てろ」
木村光浩「お前にわかるのはそれくらいだ」
木村早苗「はい・・・」
〇渋谷駅前
〇テーブル席
木村早苗「光浩さんは私のこと、何だと思ってるの!?」
安田千佳「人生のパートナー?」
木村早苗「そんなんじゃない! 無料で使える家政婦だとでも思ってるのよ!」
木村早苗「子どもだって早く産みたいのに、まだ待てって言われるしさ・・・」
安田千佳「・・・」
安田千佳「早苗のそういうところ、ほんと無神経だよね」
安田千佳「あんたにも地獄を見せてやりたい」
木村早苗「千佳、何か言った?」
安田千佳「別に。早苗のうちは、お金があるだけマシじゃない」
木村早苗「でも、私自身のお金はほとんどないのよ」
安田千佳「じゃあ、自分で稼げるようになれば?」
木村早苗「えー、無理。私、バイトと派遣しかしたことないのに」
安田千佳「株ならできるかもよ?」
木村早苗「株?」
木村早苗「なんか、難しそう。それに、ちょっと怖い」
安田千佳「平気、平気。ネット証券なら、スマホから簡単にできるから」
安田千佳「なんなら先生を紹介してあげようか?」
木村早苗「先生・・・?」
〇超高層ビル
〇おしゃれな教室
木村早苗「なんか、気後れする・・・」
安田千佳「何言ってんの。主婦だって多いんだから」
安田千佳「ほら、先生来たよ」
神山琉生「ようこそ、株セミナーの無料体験へ。 僕は講師の神山琉生(るい)です」
神山琉生「今日は新しい人がたくさん来てくれたみたいですね」
安田千佳「先生、イケメンでしょ」
木村早苗「うん、びっくりした」
神山琉生「今日は株取引の初歩的な手法を紹介します」
神山琉生「皆さん、お友達からの紹介でネット証券の口座を持っていますね」
神山琉生「あとで、実際に株取引をしてみましょう」
女性「でも、私まだ初心者だし、損したら怖いわ」
神山琉生「ご安心ください。もし株が値下がりしても、損切りさえできれば大丈夫です」
木村早苗(そんぎり・・・?)
神山琉生「たとえば、10万円で買った株が9万円まで値下がりしたとします」
神山琉生「その時点で諦めて株を売ってしまうことを、損切りといいます」
神山琉生「1万円を諦めることで、それ以上損失が増えていくのを防ぐのです」
神山琉生「その1万円を失うのが怖い方には、残念ながら株取引はお勧めできませんが・・・」
木村早苗(それはそうよね。 まぁ、1万円で済むなら・・・)
〇おしゃれな教室
神山琉生「これで退屈な座学はおしまいです」
神山琉生「では、今から好きな株を買ってみましょう」
木村早苗「好きな株って、急に言われても・・・」
安田千佳「最初は何でもいいのよ。今日の注目株とかにしてみれば?」
木村早苗「えっと、検索して・・・」
神山琉生「お、いいところに目を付けましたね」
「先生!?」
神山琉生「その会社の株は上昇中。今が買い時です」
安田千佳「だって、早苗」
木村早苗「うん、やってみる!」
〇数字
〇おしゃれな教室
木村早苗「上がった!」
安田千佳「すごいよ、早苗! どんどん値上がりしてる!」
木村早苗「ど、どうしよっ」
安田千佳「売るのよ! 明日になったらどうなるかわからないんだから!」
木村早苗「わかった!」
木村早苗「信じられない──」
木村早苗「たったこれだけで、10万円が12万円になるなんて!」
神山琉生「すごいじゃないですか! こんなに早く成果を出した生徒は初めてです!」
神山琉生「あなたには株の才能があるんですよ!」
木村早苗「そんな、ただのビギナーズラックです」
神山琉生「いいえ、偶然ではありません。 売買のタイミングは、完璧でした」
神山琉生「あなたの資産は20%も増加──」
神山琉生「これは、世界で最も偉大な投資家が、1年かけてやっと達成できる数値です」
神山琉生「あなたはまぎれもなく──」
天才だ!
木村早苗「やだ、こんなに褒められるなんて・・・」
神山琉生「あなた、お名前は?」
木村早苗「木村早苗です」
神山琉生「早苗さん、今儲けたお金、複利にしてみませんか?」
木村早苗「ふくり?」
神山琉生「儲けた2万円を資金に加えて、20%ずつ増やしていけば──」
神山琉生「10回後には74万円になります」
神山琉生「もし元手を120万円で始められたら、743万円ですよ!」
木村早苗「えー!? 複利ってすごい!」
神山琉生「理解してくれましたか。 やはり、あなたは頭がいい!」
木村早苗「そんな。私なんて、短大卒ですし・・・」
神山琉生「学歴ではなく、地頭の話です。あなたの話し方からは、深い知性を感じますよ」
神山琉生「僕と一緒に投資を始めませんか?」
神山琉生「セミナーの入会金も、あなたは不要です」
神山琉生「才能ある投資家の卵を、逃したくありませんから」
木村早苗(こんなふうに言ってくれるのは、先生だけ・・・)
木村早苗「私、やります! 先生についていって、投資家になります!」
神山琉生「よく決心してくれました」
〇シックなリビング
木村早苗(あのときは、全部うまくいくと思ったのに・・・)
木村早苗(先生からだ)
今日は上昇相場だったね。
調子はどう?
木村早苗(・・・)
木村光浩「早苗、誰からだ?」
木村早苗「――お母さんから。ちょっと電話してくるね」
〇おしゃれなキッチン
神山琉生「はい」
木村早苗「ううっ、先生・・・」
神山琉生「早苗さん、どうしたの?」
木村早苗「投資に失敗してしまいました。生活費にまで手を付けて、私、どうしたら・・・」
木村早苗「やっぱり私なんかが株をやるべきじゃなかったんです」
神山琉生「そんなことない!」
神山琉生「偉大な投資家は皆、失敗から学んで成長する」
神山琉生「君は今、損失という名の授業料を払って、経験を得たんだ」
神山琉生「ここでやめたら、今までの『授業料』が全部無駄になってしまうよ」
木村早苗(そんな──)
木村早苗「でも、不安なんです・・・」
神山琉生「資金が足りないのは心配だよね・・・」
神山琉生「そうだ。実家からお金を借りられないかな?」
木村早苗「たしかに実家なら──」
木村早苗(あれ? 実家にまとまったお金があるって、先生に話したっけ?)
神山琉生「子どもがいくつになっても、助けてあげたいと思うのが親心だよね」
木村早苗「──そうですね。明日、実家に行ってみます」
〇シックなリビング
木村早苗「・・・光浩さん? どうしたの、怖い顔して」
木村光浩「早苗、これはなんだ!?」
木村早苗「そ、それは・・・」
木村光浩「証券会社の口座に100万円以上入金だと!? いったい何を考えているんだ!」
木村早苗「ち、違うの。お金はあるんです! ちょっと待ってて。今、見せるから──」
〇おしゃれなキッチン
木村早苗(どうしよう。お金は、ない・・・)
木村早苗(あ・・・)
木村早苗(持ってきちゃった)
木村早苗(・・・)
〇シックな玄関
〇銀行
木村早苗(・・・光浩さんが悪いのよ)
木村早苗(私を、認めないから──)
〇玄関の外
神山琉生「早苗さん!?」
木村早苗「先生、ごめんなさい。夫に株の損失がバレて・・・」
神山琉生「・・・大丈夫。何も言わなくていいよ」
神山琉生「寒かったでしょ。さぁ、入って」
〇高級マンションの一室
木村早苗「ごめんなさい。奥さんか彼女さんがいらっしゃるでしょう?」
神山琉生「僕は独身だよ。彼女もいない」
木村早苗「信じられない」
神山琉生「僕は知的な女性が好きなんだ。 でも、理想の女性はなかなかいない」
神山琉生「やっと見つけたと思ったら、その人には旦那さんがいた」
木村早苗(え? え・・・!?)
神山琉生「服、濡れたよね。シャワー使って」
〇清潔な浴室
〇高級マンションの一室
木村早苗「先生・・・?」
〇一人部屋
木村早苗「あ、あの。私、そろそろ・・・」
神山琉生「帰るの?」
神山琉生「泊まっていきなよ。旦那さんと喧嘩してるんでしょ?」
木村早苗「でも、ご迷惑なんじゃ・・・」
〇黒
木村早苗「えっ?」
神山琉生「早苗さん、好きだ」
木村早苗「ッ──」
木村早苗「私も、好きです」
この人となら、
道を踏み外してもいいと思った。
〇シックなリビング
木村光浩「早苗、早苗、早苗ッ――!」
木村光浩「あれほど大事にしてやったのに、裏切りやがって!」
木村光浩「あいつがひとりで投資なんて始めるわけがない」
木村光浩「手を引いている男が裏にいるんだ」
木村光浩「・・・絶対に許さないぞ」
木村光浩「見つけ出して、殺してやるッ!」
〇警察署の入口
刑事「あの男、今は『神山琉生』と名乗っているようです」
刑事「結婚詐欺の次は、投資詐欺か。 いけすかねぇ野郎だ」
刑事「まったく、いつか女に刺されて死にそうですね」
刑事「そうなる前に、俺が証拠をつかんでブタ箱にぶち込んでやる!」
〇マンション群
神山琉生(またひとり、女を不幸にしてしまった・・・)
神山琉生(――いや、知ったことか)
神山琉生(これは、俺自身の復讐なんだ)
〇一人部屋
このとき、私はまだ知らなかった。
私を鳥かごから出してくれたこの人を、
〇血しぶき
殺したいほど憎むことになるなんて──
ひー!もう一話の時点でアカン要素のフルコースですね!😂株は見たことない世界ですが、お金に余裕があったら突っ込んでしまいそうな気はします。友達が色々腹に抱えてそうで怖いです💦
話の続きも気になりますが、実体験の方がもっと気になる引きだ…。
ビギナーズラックはその後努力をしなければ奈落ですよね。彼女ももう、落ちていくんですね…。バブル崩壊時に信用で命を落とした事例をいくつも見てきました。さて、彼女はどうなるか。
内容の悲惨さもさることながら、実体験を元に創作したの文言が強烈です😇
株取引は手を出した事無いのですが……欲をかいて落とし穴に落ちたりするようなイメージがあるので、怖さ倍増で作品観てました😇