1話 導者オルジェイ(脚本)
〇幻想空間
――導者は、人を光へ導く。
・・・!
肌に、誰かが触れる。
瞬間、私は目覚めて跳ね起きる。
〇宮殿の部屋
イナルナ「オルジェイ・・・ ごめん、起こしてしまった?」
夫のイナルナだった。
昨夜、肌を合わせて、そのまま眠ったことを思い出す。
イナルナ「相変わらずだな。 寝ている君に触れると、すぐに跳ね起きる」
イナルナが、導者の指輪をはめた私の手を、優しくなでる。
――導者は、夜空の石がはめこまれた黄金の指輪を持つ。
〇宮殿の部屋
導者の指輪は、私にとって大切な品だ。
夫であっても気安く触れてほしくない。
私は自分の手を、
イナルナの手の下から抜く。
オルジェイ「・・・長年の、習性なもので。 触れられると、勝手に目が覚める」
イナルナ「はは、さすがは優秀な旗士だ。 私にはとても真似できないよ」
イナルナはゆっくり身を起こすと、
寝台から降りる。
イナルナ「今日は天気がいいね。これから詰所?」
オルジェイ「ああ、仕事がたまっている」
なんだか熱っぽい。体も少しだるい。
だが、そうひどくもないので、予定を変えるつもりはない。
イナルナ「朝から晩まで、君は、少し働きすぎじゃないかい?」
イナルナ「戻りが遅いことも多いだろう?」
オルジェイ「そうだな」
イナルナ「少し配分を考えたほうがいい。 君との時間を増やしたいんだ」
イナルナ「そろそろ子も欲しいしね? 父王様も、待ち望んでいるだろう」
オルジェイ「・・・わかった。 今の務めが落ち着いたら考えておく」
嫁いだ時から、イナルナは子を望んでいた
私とて、夫を持ったからには子は欲しい
〇空
だが、まずは目の前の務めからだ。
私は導者なのだから。
〇御殿の廊下
詰所に行くと、クトゥが声をかけてくる。
クトゥ「お、来たな、オルジェイ。 皆待ってるぜ」
クトゥ「毎朝、早い時間に、まあ律儀なことで」
オルジェイ「務めだ。当然だ」
クトゥ「けど、ほら、新婚だろ? 宰相様に文句、言われねえのか?」
オルジェイ「言われはするが、理解はしてもらっている」
オルジェイ「新兵を仕上げたら、考える」
クトゥ「そうしろ」
クトゥ「今のお前は、導者と旗士である前に、 宰相様の奥方様だ」
クトゥ「こう詰所に来られると、 こっちも面倒だからな」
クトゥ「なんだ? 朝っぱらから」
〇王宮の入口
兵士1「バルハサのクズが! のろのろ歩いてんじゃねえ!」
ウェンサ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
兵士2「はっ、バルハサ人は口がきけねえのか? 何かいったらどうだ!」
ウェンサ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
〇王宮の入口
クトゥ「ったく、またあの皇子かよ」
クトゥ「・・・ま、バルハサへの恨みは、そうそう消えねえか」
オルジェイ「彼は客人だ。バルハサから預かっている」
クトゥ「はっ、足に枷つきの客人ねえ!」
クトゥ「あいにく、あいつを丁重に扱う下知は 受けてねえよ」
クトゥ「バルハサには恨みを持つヤツも多いからな」
クトゥ「あの皇子様はちょうどいい慰み者なんだろうさ」
――導者は、皆を救う。
掟に従う者も、掟からこぼれた者も。
私は剣の柄に手をかけると、進み出る。
クトゥ「おい・・・」
オルジェイ「私は導者だ。見過ごせない」
クトゥ「いや、見過ごせよ?! 面倒起こすなって!」
〇王宮の入口
クトゥを無視すると、
兵たちの群れに割り入る。
兵士2「導者様・・・!」
みな、私が導者であることを知っている。
すぐに兵たちは後ずさる。
オルジェイ「このような暴力はならぬ」
兵士1「しかし、そいつは・・・」
オルジェイ「誰であっても、皆で、一人に苦しみを 与えるような真似は、見過ごせない」
オルジェイ「バルハサには遺恨もあるだろうが、 彼は王が受け入れた客人だ。敵ではない」
兵士2「掟からこぼれた者も、というやつですか」
オルジェイ「そうだ。皆、戻れ」
不服そうな者もいたが、ひとまず兵たちは引きさがる。
ウェンサ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ひどく殴られたのだろう、ウェンサの顔は腫れていた。
幸い、体に損傷はなさそうだ。
クトゥ「感謝しろよ?」
クトゥ「オルジェイが止めなかったら、どっちかの足を潰されてたぜ?」
ウェンサ「わかっている。 導者に助けられたな」
オルジェイ「当然のことをしたまでだ」
クトゥ「掟に従う者も、掟からこぼれた者も 救うのが導者だからな」
クトゥ「宰相様には嫌われてるようだが、 奥方様は慈悲深い。お前、運がいいぜ」
ウェンサ「そうだな。 バルハサの者は、受けた恩義は忘れない」
ウェンサ「導者よ、この恩義は必ず返す」
オルジェイ「いい。気にするな」
オルジェイ「お前が誰であっても、私は同じことをした。それだけだ」
クトゥ「あとで薬草を届けさせる。 目立つ真似は控えろよ」
ウェンサ「・・・・・・・・・・・・・・・」
〇宮殿の部屋
イナルナ「オルジェイ、昼のことを聞いたよ? バルハサの人質を助けたんだって?」
オルジェイ「人質ではない。あの者は父上の客人だ。 なのに、足枷までつけさせて・・・」
オルジェイ「もう少し丁重に扱うべきだろう」
イナルナ「はは、さすがは導者だ。 君の言うことは正しいよ」
イナルナ「けどね、皆が皆、 君のような考えはできない」
イナルナ「彼はバルハサの皇子だ。 多くの者がバルハサを憎んでいる」
イナルナ「憎しみのはけ口が、必要なんだよ」
オルジェイ「だが・・・」
イナルナ「オルジェイ」
オルジェイ「・・・!」
イナルナが私を抱きしめる。
イナルナ「休もう。導者の務めは終わりだ。 君は、私の妻なのだからね」
オルジェイ「・・・・・・・・・・・・・」
イナルナの言うとおりだ。
私は、導者であるが、
イナルナの妻でもある。
導者の務めと同じく、
妻の務めも果たすべきだろう。
〇空
今夜は肌寒い。
イナルナのぬくもりは心地いい。
私は、イナルナの背に、手をまわした・・・
大好きなファンタジー設定に読んでいてテンションが上がります。余計な説明がないのにも伝わる物語世界の状況に取り込まれてしまいそうです!