罪  恋―TSUMIKOI―

望月麻衣

エピソード5 彼の傷痕(脚本)

罪  恋―TSUMIKOI―

望月麻衣

今すぐ読む

罪  恋―TSUMIKOI―
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇教室
「信じられないな、梓ったら。 あのカレシと別れるなんて」
  教室でボーッと窓の外を眺めていると、
  
  
  何度言われただろう、友人が同じ言葉を私にぶつけた。
  すると他の友人たちも、うんうん、と頷いて、私の周りを囲む。
「一体、何が原因なわけ? 非の打ち所がないように見えて、実は不満だらけだったとか?」
「勿体無いなぁ」
梓「涼太は良い人だったよ」
  ただ、私が最低だっただけだ。
梓「ごめん。 もう、この話はやめよう」
  久弥に『会わない』と宣言されたあと、
  
  
  私は涼太に別れを告げた。

〇教室
  何かあったのか、
  
  
  他に好きなヤツが出来たのか、
  
  
  自分のドコが悪かったのか、
  涼太は何度も何度も私に聞いて来たけど、
  私はただ、『ごめんなさい』と頭を下げることしかできなかった。
  中学の頃からのお付き合い。
  ずっと心地良かった存在。
  私の世界に当たり前のように存在した彼を失うのは、
  
  
  私も正直つらかった。
  だけど、久弥とのことで気付いた。
  
  
  私は涼太に『恋』をしてなかったということに。
  涼太との別れを振り返り、居たたまれなくなって俯いていると、
「にしても、涼太くんは梓にフラれるし、お父さんは会社から追い出されるし、ダブルで悲劇だね」
  友人の言葉に驚いて、私は顔を上げた。
梓「なんのこと?」
  前のめりになった私に、みんなは少し戸惑ったように顔を見合わせた。

〇教室
「梓、知らなかったの?」
「ベンチャー企業の社長が他の経営陣と組んで株を買い占めて、涼太君のお父さんを経営陣から追い出したらしいよ」
「ネットのニュースでも結構話題になってたよ」
  友人はスマホを操作して、画面を私に見せた。
  そのニュースには、ワンマンで評判の悪かった涼太の父親が会社を追われたことと、
  涼太の会社を乗っ取ったベンチャー企業の社長の顔写真が掲載されていた。
  その社長の顔を見て、
  
  
  一瞬、息が止まった。
  それは、あの時、久弥の部屋を訪れていた男だった。
  それと同時に、からんでいた糸がするりとほぐれて、
  すべてが謎で見えなかったものが、急に見えてきた気がした。
  そういう、ことだったんだ。

〇まっすぐの廊下
  確かめなければ、いけない。
梓「私、ちょっと行ってくる!」
  私は勢いよく立ち上がり、カバンを手に教室を出た。
「えっ、行くってどこに?」
「午後の授業サボるの!?」
  驚く友人達の声を背中で聞きながら、廊下を急いで歩く。
  ちりばめられた疑問の欠片が少しずつ、集まったけれど、
  それでも、まだまだ不透明で、
  どうしても確かめたいと、その時は突き動かされていた。

〇高級一戸建て
  私が向かった先、
  
  
  それは、
  
  
  涼太のところだった。
  涼太の家の前まで向かうと、大きな引越し用トラックが停車していて、息を呑んだ。
  トラックのすぐ脇には、沈痛な面持ちを見せ、腕を組んでいる涼太の姿。
  突然家まで駆け付けたものの、今更何を話していいのか分からずに立ち尽くしていると、
  涼太はそんな私の姿に気付き、驚いたように目を大きく開いた。
涼太「梓ちゃん、 どうしてここに?」
梓「ニュースを知って、心配になって」
  涼太は、参ったな、と弱ったように頭をかいた。
  涼太はそのまま、自分の家を見上げた。
涼太「・・・この家は会社の持ち物だったから、出て行かなきゃならなくてさ オヤジとお袋は離婚するって言うし・・・本当に、参ったよ」
  私はかける言葉もなく目を伏せた。
  
  
  しばし無言が続いて、
  
  
  私はそっと、尋ねる。
梓「でも、どうして、離婚に? 会社を追われたから?」
涼太「いや、オヤジの愛人問題。 マンションに囲ってる愛人が何人かいたことが発覚してさ。 慰謝料問題にもなっていて大変だよ」
  涼太は肩をすくめて、自嘲気味に笑う。

〇高級一戸建て
梓「それじゃあ、涼太はこれから、どうするの?」
  尋ねてすぐに、
  
  
  残酷なことを聞いてしまった、と反省した。
  そんな私の気持ちを汲んでくれたのか、涼太は優しく微笑む。
涼太「お袋と一緒に生活するつもりだよ。 今の学校に通い続けるのは無理だから、公立に編入して」
涼太「実はお袋もオヤジの愛人問題にはずっと悩んできたみたいでさ、最悪な形だけど、すべてをリセットするいいキッカケだったのかも」
  そう言って清々しい顔を見せた涼太に、少し圧倒された。
  涼太は本当に、優しくて強い。
  
  
  常に真っ直ぐで、前を向いていて、
  そんな涼太が私は大好きだった。
  恋やトキメキとは違ったけど、
  
  
  尊敬していたんだ。
  
  
  一人の人間として。

〇空
  そんな素晴らしい人に好かれていたのに、私は裏切り続けた。
  本当にごめんなさい。
  謝って済むことじゃないけれど、本当なら今、懺悔して謝るべきなのかも知れない。
  だけど、傷付きながらも前を向いて歩こうとする涼太に、自分のして来たことを一方的に懺悔をして謝るのは、
  ただの自己満足のようにも思える。
涼太「梓、久弥だろ」
  その言葉に驚いて顔を上げると、
  
  
  彼はそっと微笑んだ。
涼太「久弥のことを好きになったんだろ?」
  確かめるように私を見る。
  ここは、嘘をついたほうが彼の為なんだろうか?
  
  
  だけど、彼はそんなことを求めていない気もした。

〇空
梓「うん、一方的にね。 ごめんなさい」
  苦しさを吐き出すように告げると、
  
  
  涼太は、やっばりなぁ、と苦笑した。
涼太「わざわざ、来てくれて心配してくれて、ありがとう」
  それでも笑顔を見せてくれる涼太に、涙が零れた。
梓「私こそありがとう。 がんばってね、涼太」
  『がんばって』という言葉は、なんて無責任なんだろうと思ったことがある。
  けれど、
  
  
  何か言葉をかけたくて、
  だけど何を言っていいのか分からなくて、
  『がんばってね』
  
  
  この言葉しか、出ない時もあるんだ。

〇空
「すみません、この荷物はーっ?」
  そう声を上げた引っ越しスタッフに、涼太が「あ、はい」と答える。
  私は、それじゃあ、と会釈して、その場を離れた。
  そのまま迷いもせずに、歩き出す。
  私には、最後にもう一度だけ、
  
  
  確認したいことがあった。

〇開けた交差点
  十分ほど歩いただろうか?
  涼太の家から、そう遠くない。
  それなのに、いつも果てしなく長い距離のように感じていた。
  逸る気持ちからなのかもしれない。
  本当は走って駆け付けたいのに、いつもそれを堪えて、速足で歩いていた。
  辿り着いたオフィスビルを見上げて、ゴクリと息を呑んだ。

〇高層ビル群
  ゆっくりと、そのままビルの中に入る。
  ドキドキと打ち鳴らす鼓動を押し殺しながらエレベータに乗り込む。
  『もう、会わない』と告げた久弥。
  会ってくれるかどうかは分からない。
  何より会えるかどうかは分からない。
  だけど、何か予感みたいなものはしていた。
  久弥は今、あの部屋にいて、
  
  
  涼太と同じように、
  
  
  ここを引き払う準備をしているに違いないと。

〇オフィスの廊下
  最上階に辿り着き、『チンッ』とエレベータの扉が開く。
  静かな通路。
  喉の奥が苦しくなるような緊張感を覚えながら、久弥の部屋のドアの前まで歩いた。
  少しの躊躇いを感じながらも、インターホンを押すと、
  
  
  「どうぞ」
  
  
  と久弥の声がした。
  久々に聞いた、彼の声に心臓が強く音を立てた。
  心身に染み渡るほどに、『嬉しい』と感じる。
  彼の声を聞けただけで、こんなに胸が苦しいくらいに、
  
  
  涙が出そうなほどに、嬉しく感じるなんて。

〇ホテルの部屋
  ゆっくりとドアを開ける。
  以前あったテレビがなくなっていて、ガランとした空間に、ベッドだけが残されていた。
  久弥はベッドに腰をかけ、脚を組んだ状態で
  
  
  少し楽しそうにこちらを見ていた。
久弥「来ると思ってたよ、梓」
  微笑んでそう言った彼に、
  
  
  胸が、詰まる。
  ほのかに漂う甘い香りに、囚われる。
梓「涼太のお父さんのニュースを見たの」
  彼は『そうだと思った』という様子で口角を上げた。
梓「涼太のお父さんから会社を乗っ取った社長さん、あの人だったね」
  そう、あの夜、久弥を金で買った男。
  ベッドに散乱した一万円札に、肌に残された行為の痕。
  
  
  思い返すたびに、目眩を感じていた。
梓「今回のことは、あなたがさせたんでしょう? あなたが復讐したかった相手は、涼太じゃなくて、涼太のお父さんだったんだね?」
  からまった糸がスルリとほぐれた先に見えたもの。
  緊張に拳を握り締めながら、彼の言葉を待つ。
  
  
  すると久弥は口角を上げた。
久弥「そうだよ、梓。 俺が復讐したかったのは、涼太じゃなくて父親」
  その笑顔とは裏腹に、冷たいものが伝わってきて背筋が寒くなる。

〇ホテルの部屋
梓「どうして、復讐を?」
  やっとの思いで絞り出すようにそう尋ねると、彼は小さく笑った。
久弥「言う必要はないのかもしれないけど、少なからず巻き込んだお詫びに教えるよ」
  ドキドキと鼓動がうるさい。
久弥「俺の母親は元々、涼太のオヤジの愛人の一人だったんだ」
  その言葉に、息を呑む。
  久弥のお母さんが、涼太のお父さんの愛人だった。
  
  
  それって、もしかして・・・・・・
久弥「あ、勘違いするなよ。 俺と涼太が異母兄弟とかそんなことはないから」
  私の表情から考えていることを察したのか、すぐにそう付け加えた。
久弥「俺の母親は銀座のホステスをしているシングルマザーで、そこで涼太の父親に出会って愛人になったんだ」
久弥「あの男は俺たちに豪華なマンションを用意してくれて、色々援助してくれていたよ。 母親に飽きるまでの間の話だけど」
  久弥はそう言って少し遠くを見るように目を細めた。
久弥「その内母親に飽きたあの男は援助をスッパリやめたんだ。マンションも追い出されることになった時、母親は俺を置いて姿を消した」
久弥「若い男を捕まえて逃げたんだよ。 文字通り俺は『捨て子』になった」
久弥「その時俺はまだ12歳でどうしていいのか分からなくてあの男に助けを求めに行ったんだよ。優しくしてくれた記憶しかなかったから」
  彼は淡々とそう告げる。
久弥「俺が訪ねていった時に、あいつは嬉しそうに笑って、『それじゃあお前にも出来る仕事を紹介してやる』って変態男に俺を売ったんだ」
  そこまで聞き、
  
  
  胸にズンと重いものが落ちた。
  衝撃に身体が震えた。
  
  
  本当に、すべてを理解できた気がした。
  涼太の父親は、まだ12歳の少年だった久弥に売春を強いたんだ。
  
  
  まだ幼かった彼が受けた手酷い裏切りと陵辱。
  それはきっと計り知れない傷だろう。

〇ホテルの部屋
久弥「とはいえ、俺も普通に育ってなかったから、」
久弥「ショックはショックだったけど『こうして生き延びるしかないのかもしれない』って、札束を握り締めながら、その時は思ったんだ」
  信じられないだろ?
  
  
  と、自嘲気味に笑う。
久弥「その後、行く先のない俺は結局、養護施設に入った。 そして時折、あの男の言いなりになって身体を売りながら過ごしていた」
久弥「・・・小さい頃は抱かれてばかりだったけど、育ってからは女を抱くこともあったし、時に男も抱いたよ。金の為に」
  サラリと語る壮絶な過去に、
  
  
  言葉が出ない。

〇ホテルの部屋
久弥「色々割り切っていたつもりだったけど、ある日、奴の一家を偶然見かけたんだ」

このエピソードを読むには
会員登録/ログインが必要です!
会員登録する(無料)

すでに登録済みの方はログイン

次のエピソード:エピソード6 壊れたオモチャ

成分キーワード

ページTOPへ