カイジン様が大切に育てた腐った箱庭

さやいんげん

エピソード1(脚本)

カイジン様が大切に育てた腐った箱庭

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〇高い屋上
アナウンサー「10年ぶりに悲しい事件です。 昨日遊泳禁止区域で行方不明になっていた男女の遺体が今朝──」
  けたたましい蝉の声に負けないダミ声が響き渡る
山路希「カイジン様はぁ゛界神様ぁ゛♪ 現世と常世の境にいらっしゃるぅ゛♪ いい子は極楽に連れていってくれるぅ゛♪」
山路希「カイジン様は、あいつは」
海野メグミ「あんたダイジョブ!? 喉やられた!?気持ち悪い!? 屋上からなら──吐いてもセーフか!?」
山路希(くそ! 夏休みの学校の屋上に先客がいるとは!)
山路希「う、歌を練習してただけだ」
海野メグミ「あ、そーなん? カイジン様がどうたらーって?」
山路希「うん。今度うちの神社に園児たちが来るから、この土地の唄を覚えてもらうためにな」
海野メグミ「トラウマとして永遠に忘れられないじゃん!」
山路希「え?歌詞怖いか? かなり子ども向けになってるだろ?」
海野メグミ「無自覚かよ! って、それよか、神社ってことはあんたが『希くん』!?」
山路希「そうだけど?」
  希がそう答えるいなや、メグミは地面に突っ伏す。土下座である。
海野メグミ「拙者、海野メグミと申す! 希殿、アタシとカイジン様の夏祭りデート許してくんさい! なんでかあんたの許可がいるんだって!」
山路希「何でお前がカイジン様を知ってんだ?」
海野メグミ「聞きたい?でへへ、はずいなぁ。 じゃあ、話したら夏祭り行っていい?」
山路希「いいわけないだろ! 今すぐカイジン様こっちに来──」
海野メグミ「そろそろ来るんじゃね? 今日ここで待ち合わせだし!」
  怒鳴ろうと希が口を開けると、青空の一点が瞬き、次の瞬間爆音と突風が屋上に轟く。

〇高い屋上
カイジン様「南西の空から落下物あり。 駆除成功。目撃者なし。 耳撃者20名、二人を除き記憶抹消完了」
  遥か上空から屋上に下り立ったカイジン様に、メグミが駆け寄る。
カイジン様「メグミちゃん!こんにちは!」
海野メグミ「カイジン様おっすおっすー!!!! 今希くんに祭りの御許しもらうとこー!」
カイジン様「え!?いいの!?」
山路希「いいわけないだろ! なんで、コイツの記憶消えてないんだ!」
カイジン様「うう、ごめんなさい。あのね」
山路希「昨日何があったかわかってるよな? 弛んでるんじゃないか?」
カイジン様「オレのせいで、人が死、死!」
  カイジン様の悲痛な声と共鳴するように、空が不気味な音で鳴き始める。
海野メグミ「とりま、校舎入ろーよ!」
  二人の間を割くようにメグミが立ちはだかり、カイジン様の手を引く。
海野メグミ「アタシから説明すっから」
山路希「くそっ! 俺だってこんなこと言いたくねぇよ!」

〇入り組んだ路地裏
  昨日の17時頃。
  メグミは助けを乞う小さな声をききつける。
海野メグミ「そこで何してんだ! 子ども泣かしてんじゃねえ!」
チンピラ「この子がオレのだーいじなバイク傷付けた弁償をしたいって言うからさ! 相談してたんだよ──なあっ!」
  男は振り向き様にナイフを振り上げ、メグミに襲い掛かる
チンピラ「くそっ!外したか!」
海野メグミ「こんなもんでガキ脅して金取って、あんた何も感じねぇの?」
チンピラ「感じる?何を? 汚かろうが金は金。 価値は一緒だろ?」
海野メグミ「そうかよ、それが答えかよ。 悲しい奴だな」
  少年は『ごめんなさい』と言い残しメグミの脇を走り去る。
チンピラ「あーあ、ガキ逃げちゃったじゃん。 代わりにお前が償ってくれんの?」
  なんの感情も見えない男の目。
  それを見据えたメグミの心もまた冷たくなっていく。握り締めた拳だけが熱い。
海野メグミ「あんたはもういらないかな」
チンピラ「はあ? ふざけたことぬかしてんじゃねえぞっ──ギャッッ!?」
  突然竜巻が発生し、巻き込まれたチンピラの身体は後方へ飛び、壁に衝突する。
カイジン様「よし!間に合った! 我はカイジン様である! 悪事は改めさせていただく!」
海野メグミ「カイジン様? ────つぅ、前見えねぇ!」
  閃光で眩んだ目が慣れ始めたところで、メグミの視界はカイジン様の手で塞がれる。
カイジン様「禍事、罪、穢、飛んでいけ。 境界の外まで飛んで──」
海野メグミ「あっ!!! あんた、ここ血出てるじゃん! あいつのナイフだろ! ちょっと待ってろ!」
カイジン様「そんなこといいから、ちょっと、じっとして、ね?」
海野メグミ「アタシ絆創膏持ってるし! 貼ったげる!」
カイジン様「え、えー・・・・・・ありがと、う?」
  メグミは困惑の色を隠せないカイジン様の手に小さな絆創膏を貼ると、愛おしそうに甲を撫でる。
海野メグミ「なあ、あんた、界神様なんだろ? アタシ常世の楽園に連れてかれんの?」
カイジン様「あ、いや、記憶を消すだけ。 ごめんね」
海野メグミ「何に謝ってんの? それよか、惚れたんだけど、どうしょう?」
カイジン様「掘っちゃったの? どこを?」
海野メグミ「あんたが好きになったんだけど! だから記憶消されんの拒否するわ。 とりま、コイツそこの交番に引き渡してくるね」
海野メグミ「ぜってえそこ動くなよ、お礼にカレー食わせて、胃袋からアタシに陥落させたるから!」
カイジン様「ど、どうしよう、希くん!?」

〇教室の教壇
カイジン様「メグミちゃんと友だちになって、カレーご馳走になった!」
山路希「それで次は夏祭り一緒に行きたいねーってことか?」
カイジン様「う、うん、でも、やっぱりやめ──」
山路希「行ってこいよ。 祭当日は神社の本家分家総出で警備するし、浮かれポンチが仮装で祭に来たって思われるだけだろ」
「やったーー!!!」
  はしゃぐ二人を微笑ましく見つめる希だったが、カイジン様の手の甲の絆創膏が視界に入ると、苦々しく眉をしかめる。
山路希(人を守ろうとするコイツが、人に傷つけられる。こんな世界理不尽だ!)

〇お祭り会場
カイジン様「オレがいても大丈夫かなぁ。 皆怖がらない?」
海野メグミ「特注のカッケー浴衣も着てるし、誰よりもイケメンだからだーいじょーぶ! ほら、カイジン様風お面も売ってんじゃん!」
  早速お面を買い装着完了したメグミはカイジン様に笑ってみせる
海野メグミ「これでアタシもカイジン様じゃん? アタシと一緒だから怖くないっしょ? さあ、まずは腹拵えだ!」

〇神社の石段
カイジン様「ああ~!毎日お祭りしたい!」
海野メグミ「それいいな! 来年も一緒に来よっ?」
カイジン様「メグミちゃん、今日はありがとう」
  カイジン様がメグミに手を差し出す。
  メグミは自分の記憶が消されるのを悟り、静かに話し始める。
海野メグミ「なあ、カイジン様。 あんたはさ、”人”だと思うよ」
カイジン様「そうなの? メグミちゃんは時々難しい話するね?」
海野メグミ「アタシさカイジン様は『怪人』だと思うんだよね! ただのちょっと『怪しい』『人』」
カイジン様「怪しいって、いいことなの? でも、皆と同じ”人”っていうのは嬉しい!」
海野メグミ「怪しいと書いて、ミステリアスって読むんじゃん!カッケーよ!」
カイジン様「そっか。ありがとう」
  メグミもカイジン様の手を──
  握らずに、大声を上げ夜空を指差す。
  なぜか中指で。
海野メグミ「おらああああ! まだ祭終わってないからな!」

〇花火
海野メグミ「祭の締めと言ったら花火! アタシリサーチの特等席だ! これ見てから──って、怪人様?」
カイジン様「西の空から襲撃あり。負傷者30名。 っ、希くんも!?」
カイジン様「オレ行くよ! ここは守るから! いい人ばかりじゃないけど、皆に、君に、そんな顔させたくないから!」
海野メグミ「そんな、顔って、どんなんだよ?」
  明らかに花火ではない爆発音が響き渡った。
  地面が揺らぎ、遠くで人の悲鳴が上がる。
海野メグミ「なんだ今の──怪人様!?」

〇荒廃した市街地
住民「おい! アレ俺達を守ってくれてるぞ! 今の攻撃も身体で防いだ!」
子ども「ほんとだ! きっとカイジン様だ! 僕らを守ってくれてるのがカイジン様なんだから!」
「カイジン様! 頑張ってーーー!」
海野メグミ「アイツは充分頑張ってるよ! アタシらにも何かできることあるはずだ! なあ!?」
  メグミの叫びは誰にも届かない。
  群衆はひたすら地上から怪人様を鼓舞し続ける。
カイジン様「殲滅完了! 希くん、すぐにそっちに、うぐぅ! だ、大丈、夫。オレは大丈夫!」
  怪人様が飛び立ったミタマ山方向に、メグミも走り出す。
海野メグミ「ごめんな、怪人様。 アタシわかってなかった。 優しいあんたに守られてんのに、他に楽園があると思ってた」

〇村に続くトンネル
山路希「海野!? お前なんでここに──グッ!」
海野メグミ「希、無事だな? 怪人様を追って、アタシも来た」
  怪人様より早く山の頂付近に到着し、息も切れていないメグミの姿に、希の顔がひきつる。
山路希「お前、まさか!」
海野メグミ「最近耳は超高性能だし、拳はあちーし、いくらでも走れんだ!」
「メグミ、ちゃん、希、くん? そこに、いる?」
  二人が駆け寄る気配に安堵の息を漏らした怪人様は倒れ込む。
山路希「優斗!優斗! オレの弟に、こんな、酷い、あああ!」
海野メグミ「なんだよ!名前まで優しすぎ! 『暴君』でちょうどいいくらいじゃん?」
カイジン様「わすれ、てた。 オレ、優斗だった。 暴君は、ちょっと、嫌」
海野メグミ「心配すんな、優斗。ちょっと休め。 毎日祭り行くんだろ?」
山路希「明日から俺も一緒に行く」
カイジン様「にいちゃんと、メグミ、ちゃんと、一緒、楽しみ。今日は疲れちゃったな。 ──おや、すみなさい」
メグミ「アタシが次のカイジン様か。 じゃあ、まあ、ちょっくらいってくるわ!」
  優斗の亡骸を抱えた希が、涙に濡れた顔を上げ、必死に言葉を紡ぐ。
山路希「やめろ!行くな! お前もいつか、今までのカイジン様みたいに!優斗みたいに!うううっ!」
山路希「ここが地上の楽園だ! 貪欲な人間はここが常世だったことを忘れて、何でも欲しがって、遂に神様に見捨てられたんだ!」
メグミ「神に見放された楽園でも、なんで優斗は守ってたんだろ?」
山路希「そんなこと、もう聞けないだろ!?」
メグミ「じゃあなんで神様はカイジン様の力を残した? 何で希は優斗のサポートしてた? ──まだ”人”を諦めてないんじゃないの?」
メグミ「アタシは神様になる気はない! アタシは怪人! 週一マック!一緒に遊んで!一緒に悩んでくれなきゃ癇癪起こしてやる!」
山路希「敵も人間だぞ。 人のままでいれば、お前が辛い思いするだけだ」
メグミ「上等上等! 懊悩してこそ人間じゃん! ──あとひとつ、アタシがアタシであるために、名前で呼んで!」
山路希「────わかったよ。 メグミ!行ってこい!」
メグミ「ゲェ! いきなし呼び捨てとかサイテー! 弟の全身の垢飲ませてやりてえ!」
  メグミは積乱雲を切り裂くように飛び立ち、次々と敵戦闘機を焼き払う。
  頬を伝うのは雨かそれとも──

〇森の中
  ────70年後。
メグミ「──ああ。希も逝っちゃったか」
山路奏多「あーもうっ! カイジン様こんなとこにいた! 今日のパトロール行きますよ!」
メグミ「やだよ!」
山路奏多(やっぱ希じーちゃんのことショックなのかな。犬猿の仲って聞いてたけど)
メグミ「やだ! メグミって呼べ! 敬語使うな!仲良さげにしろ!」
山路奏多「は?え? あ、はい、うん。 メグミ、行こう、か?」
メグミ「よっしゃっ! 今日もぶちコロコロして、このちっさなハコニワ守ったるかーーっ!」
山路奏多「わわっ! ちょっと待って! そんな高速で飛ばないで!」
  彼女は怪”人”として今日も悩む。
  愛しき”人”が残したこの歪な楽園を”神”として守るべきか。壊すべきか。

コメント

  • メグミちゃんは常人ならざるパワーを感じさせるキャラクターですね。怪人様は人間的な優しさを力に変えて人々を守る存在だと思うので、最後に彼女自身が怪人様になった展開には納得でした。とはいえ、悪の芽を摘んでも摘んでも内側から腐っていく箱庭を長年眺めているのは辛いでしょうね。

  • 怪人なのか人間なのか、心は変わらないところが魅力の一つかもしれませんね。
    出会い、別れ、どんな理由であれ、こうなることは決まっていたのかもしれませんね!

  • 怪人に成り変わった後、本当に人間味がましていくことが興味深かったです。人の振り見て我が振り直せという感じでしょうか。怪人とミステリアスな人と例えたフレーズがとても気に入りました。

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