罪  恋―TSUMIKOI―

望月麻衣

エピソード2 翻弄される心(脚本)

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望月麻衣

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〇空

〇学生の一人部屋
  涼太の部屋で、瀬尾久弥に突然キスをされてから、数週間が経過した。
梓「お邪魔します、と」
涼太「・・・・・・梓ちゃん、呼んでも来てくれないし、会ってくれないし、俺、もう嫌われたかと思った」
  それまでは平静になれない気がして、どうしても涼太の部屋に来ることができなかったのだ。
  久々に訪れた私を前に、涼太は子供のような屈託ない笑みで、クシャクシャと嬉しそうに頭をかいている。
  そんな涼太の姿に、胸が詰まった。

〇学生の一人部屋
  涼太は本当に、素直で優しい。
  
  
  臆面もなく弱さを出せるところは、逆に強さを感じさせた。
  一緒にいて楽しくて、気楽で、心地いい。
  
  
  彼の性格がとても好き。
  
  
  そんな涼太に恋をしている、と私は信じていた。
梓「・・・・・・ごめんね、最近学校や塾で忙しくて」
  適当なことを言って、いつものように涼太のベッドに腰をかけた。
  ベッドをソファーのように使う。
  
  
  それは、もうずっと当たり前のようにして来た、いつものこと。
涼太「梓・・・」
  彼は私を「梓ちゃん」と呼んだり、「梓」と呼んだり。
  軽いノリの時は「梓ちゃん」と呼んで、男として私を見ている時は「梓」と呼び捨てにしている気がする。
  涼太の部屋で二人きりになるのは本当に久し振りで、何も言葉を発しなくても彼が私を求めていることは手に取るように分かった。
  涼太はそっと私の頬に手を触れて、顔を近付ける。
  重なる唇を私は目を閉じて、受け入れる。
  嫌じゃない。
  
  
  私は、涼太のことが好き。
  
  
  好きなはずだ。
  だけど、涼太とのキスで指先まで痺れるような経験を
  
  
  私はしたことがなかった。

〇学生の一人部屋
「梓・・・ッ、梓!」
  私に覆いかぶさって、熱っぽく「梓」と呼びながら、行為に及ぶ。
  ふと、
  
  瀬尾久弥がこの部屋で告げた言葉が脳裏に過ぎった。
  “俺の名前。久弥だよ、梓”
  あの魅惑的な香りと、吸い込まれそうな瞳を思い出すと、胸が苦しくなる。

〇赤いバラ
  瀬尾久弥の姿を振り払うように、私はかぶりを振った。
  涼太は、私との行為に没頭している。
  何を考えているの?
  
  
  私は最低だ。
  
  
  彼に抱かれながら、冷めた心で、他の男のことを思い返すなんて。
  涼太にしがみついて、ギュッと目を瞑るも、
  
  
  頭に浮かぶのは、瀬尾久弥の姿。
  その瞬間、
  
  
  涼太の行為に、彼の姿を思わず重ねて、
  
  
  「・・・・ッ!」
  
  
  私は果てた。

〇学生の一人部屋
梓「・・・・・・この前来ていた新しい友達って、どんな人なの? 涼太の友達にしては珍しいタイプだよね」
  行為を終えた後、私たちはすぐに服を着るようにしていた。
  親がいつ帰ってくるか分からないからだ。
  制服に着替えた状態で、部屋でくつろぎながら、できるだけサラリと、まるで興味のないことのような口調で久弥のことを尋ねた。
涼太「あー、あいつ、転校生なんだよ」
  「転校生?」と私は訊き返す。
  小中学の頃ならともかく、高校生にまでなると、なかなか転校してくる生徒はいない。
  涼太の通う高校は有名な私立進学校だから、進路を考えて編入したのだろうか?
涼太「それで、なんとなく話すようになって、友達になったんだ。 すげーカッコイイし。クラスの女子達もキャアキャア言ってたよ」
  その言葉に、教室で女子達に囲まれる瀬尾久弥の姿を想像して、チクッと胸が痛んだ。
  突然、私にキスして来たくらいだ。
  
  
  きっと、同じ学校の女の子にも簡単に手を出しているのだろう。
  そう思いながら、ズキズキと胸が痛む。
  これは、簡単にキスされてしまった私のプライドが痛むのか、嫉妬なのか、今の私には分からなかった。

〇学生の一人部屋
梓「それじゃあ、クラスでもモテモテなんだ?」
  それとなく尋ねると、涼太は、うーん、と首を捻る。
涼太「もちろん、モテてるけど、あいつ、全然女子と関わらないんだ。 すげー冷たいの。だから女子達は遠巻きに観察してるよ」
  それはあまりに意外だった。
  
  
  女子と関わっていないなんて。
  
  
  急に嬉しくなってしまう自分の心を必死で抑制した。
涼太「瀬尾が気になる?」
  涼太に問われて、ぎくりと肩が震えた。
梓「そ、そんなんじゃないよ。 ただ、涼太にしては珍しいタイプと付き合ってるなと思って。それだけ」
  顔が強張りそうになるのを必死で押し隠して、軽く笑みを浮かべて見せた。
  どうか私の動悸に気付かないでほしい。
涼太「ああ、俺もそう思う。 でも、どうしてか、あいつ、割と俺に好意的でさ」
  涼太の曇りのない笑顔を直視できなくて、「そうなんだ」と小さく相槌をうって目をそらした。
  涼太に抱かれながら、他の男のことを考えて・・・・・・こうして二人でいながら、彼のことを聞き出している。
  ・・・・・・私は本当に、最低だ。
  ごめんね、涼太。
  
  
  もう、あいつのことを考えないようにする。
  そう思うのに、
  
  
  涼太に申し訳ないと思えば思うほど、
  
  
  頭の中は瀬尾久弥でいっぱいになる。
  ・・・・・・どうして、人は自分の心をコントロールできないんだろう?

〇おしゃれなリビングダイニング
梓「涼太ママ、お邪魔しました」
  帰る前にリビングに顔を出すと、お茶の準備をしてくれていた涼太のお母さんが「あら」と振り返った。
「梓ちゃん、紅茶を淹れたところなの。クッキーも焼いたから、ぜひ、食べて行って」
梓「わぁ、嬉しいです。涼太ママのクッキー大好きです」
  涼太のお母さんと涼太と私、3人でテーブルを囲み、美味しいクッキーに紅茶を口に運ぶ。
  「梓ちゃんは学校どうなの?」
  
  
  交わされる会話は、そんな他愛もないもの。
  涼太のお母さんはとても上品で綺麗な人だ。
  スカートを履いて、化粧をしていて、アクセサリーを身につけている。耳にさり気なく光るダイヤのピアスも素敵だ。
  さすが、社長夫人という上品さがあった。
  
  
  私の中学時代のジャージを着て、ゴロゴロしているうちのお母さんと大違いだ。
  そんな涼太のお母さんとは、もう中学の頃からこうして顔を合わせて来て、
  『女の子がほしかったから、嬉しい』
  
  
  なんて言ってくれて、可愛がってくれて、
  今や色んな相談もできる、親戚のような存在だ。

〇おしゃれなリビングダイニング
  私もいつか誰かの奥さんになった時には、涼太のお母さんのようにいつも綺麗にしている人になりたい。
  憧れに似た気持ちで美味しい紅茶を口に運んでいると、温かな空気を打ち砕くようにスマホが振動した。
  見たこともない着信ナンバーに戸惑いつつ、「はい?」と電話に出る。
「・・・・・・俺、久弥だけど」
  と落ち着いた低い声が耳に届き、バクンと鼓動が跳ねた。
  どうして、私の番号を知っているのだろう?
  
  焦るように思いながらも、咄嗟にこの声が涼太が聞こえないようにと顔を背けた。
「今、ドコ?涼太の家か?」
  こちらの戸惑いを他所に、話を続ける彼に、うん、と頷くと、
「この前のこと謝りたいんだ。 涼太ん家近くの駅前のビルのロビーで待ってるから」
  彼は素っ気無くそう言って、電話を切った。
  バクバクと鼓動がうるさく、
  額に冷たい汗が滲んでいる。
  あの時のキスを身体が思い出したように、全身が心臓になっているように感じた。

〇おしゃれなリビングダイニング
  謝りたい?
  
  
  呆然と電話を手にしていると、
涼太「梓ちゃん、どうかした?」
梓「あ、ごめん。 と、友達にトラブルがあったみたいで、急に会いたいって、だから今日はもう行くね。すみません、お邪魔しました」
  そう言って私は慌ててカバンを手にして、まるで逃げるようにリビングを出た。
  どうして、私はこんなに急いでいるのか。
  
  
  どうして、そんな電話を無視しないのか。
  心よりも先に、
  
  
  身体が動いている感じだった。

〇高層ビル群
  近くの駅の大きなビルに辿り着く。
  ロビーには開放感溢れるカフェがあり、
  
  
  彼はそこにいた。
  長い脚を組み、頬杖を付きながら訪れた私の姿を見る、どこか冷たい瞳。
  そんな冷たい瞳に、
  
  
  私は目眩を感じていた。
  目が合うなり、彼はまるで『賭けに勝った』という様子でクスリと笑う。
  餌をチラつかされて、まんまと釣られたエモノの気分になり、バツの悪さを感じながらも、
梓「どうして私の電話番号を知ってたの?」
  と歩み寄りながら強い口調で尋ねた。
  そう、ここに来たのは、あの時のことを怒っているから。
  
  
  私は精一杯、そんな姿勢を見せた。
久弥「こっち」
  そう言って彼は立ち上がり、スタスタと歩き出した。
  
  
  私は困惑したまま、彼の後を追う。
  強引にペースに持っていかれる。
  彼はそのままエレベータに乗り込み、私も戸惑いながら一緒にエレベータに乗り、
  
  
  当たり前のように最上階を押した。
  この駅ビルの最上階に何があるというんだろう?
  
  
  居心地の悪い沈黙の中、
  
  
  そんなことを思っていた。

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