アリウム

だっこ

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〇黒背景
  それでは、怪人アリウムよ
  これからお前が奪う人間の幸福を告げる
  対象はエリアB4にあるタカビル401号室に住む
  望月静香、22歳女性
  彼女は現在、就職活動中の大学4年生だ
  明日、彼女には第1志望の企業から
  内定の連絡が届くことになっている
  お前にはその未来を変えもらいたい
  もちろん、内定が取り消しになるようにだ
  不満そうな顔をしているな
  仕方なかろう
  お前は人間の幸福を餌にしてしか
  生きることができないのだから
  それに何も難しいことはない
  有益な情報はたくさんある

〇女の子の部屋(グッズ無し)
アナウンサー「昨日、株式会社グリーンコーポレーションの代表取締役社長である篠原勝が脱税をしていたことが判明しました」
アナウンサー「これにより該社の株価は大暴落」
アナウンサー「大きな損失をもたらしました」
望月静香「え?」
  一人暮らしの静かな部屋に、BGM代わりに点けていたテレビニュースに彼女は耳を疑った。
望月静香「私の第1志望の企業が・・・」
  彼女が驚くのも束の間、
  スマートフォンから着信音が響く。
望月静香「はい。 望月です」
???「こちら株式会社グリーンコーポレーション、人事部の佐藤と申します」
望月静香「お世話になっております」
佐藤「先日、わが社の採用面接に参加していただいたと思うのですが・・・」
佐藤「ニュース、ご覧になりました?」
望月静香「はい。 ・・・たった今」
佐藤「そうですか・・・」
佐藤「それでですね・・・」
佐藤「大変申し上げにくいのですが・・・」
佐藤「わが社は来年度の新卒の採用を行わないことになってしまいまして」
望月静香「そう・・・なんですか・・・」
佐藤「わが社を志望していただいているにもかかわらず大変申し訳ございません」
望月静香「・・・」
望月静香「いえ。 御社の好転を心よりお祈り申し上げます」
佐藤「本当に申し訳ございません・・・」

〇黒背景
  よくぞこなしてくれた。
  怪人アリウムよ
  お前にはさらなる寿命を授けよう

〇公園のベンチ
  人気のない、物静かな夜の公園。
  ベンチに腰を下ろすと、悲鳴のような高いを音を立て軋み、鼓膜が不快に刺激される。
  古びたベンチから飛び出た木の棘は、罪を犯した自分を痛めつけるにはちょうど良かった。
???「あなたは、だあれ?」
  ふと、うつ向く俺に声が掛けられる。
  顔を上げると目の前で一人の少年が俺を見つめていた。
  迂闊だった。
  人間には姿を見られないように注意をしていたつもりだったのに。
  目の前のことにすら気が付くことができないとは・・・
少年「あなたはだあれ? 悲しい顔をしているけど、大丈夫?」
  少年は心配そうに俺の顔を覗き込む。
怪人アリウム「君は俺が怖くないのかい?」
少年「怖い? どうして?」
怪人アリウム「どう見ても化け物じゃないか」
少年「人は見た目で判断しちゃいけないってお母さんに教わったもん」
怪人アリウム「俺は人ではない。 怪人だ」
少年「怪人?」
怪人アリウム「そうだ。 おっかない化け物だ」
少年「ふーん」
怪人アリウム「君、名前は?」
少年「沢尻誠。 8歳です!」
怪人アリウム「誠はこんなところで、こんな時間に何をしているんだい?」
沢尻誠「子供には子供の事情があるんだよー」
沢尻誠「なーんて、家に居てもつまんないってだけ」
怪人アリウム「お母さんが心配するんじゃないか?」
沢尻誠「お母さんはうちにいないよ」
怪人アリウム「え?」
沢尻誠「ぼくのお母さんは今、病院で病気と闘っているんだー」
怪人アリウム「病気?」
沢尻誠「うん。 ぼくが6歳の頃からずっと夢の中で戦ってるんだ」
沢尻誠「お父さんとは会ったことないし、うちにはおじいちゃんとおばあちゃんしかいない」
怪人アリウム「・・・」
怪人アリウム「悪かった」
沢尻誠「どうして謝るの?」
怪人アリウム「どうして?」
怪人アリウム「・・・」
怪人アリウム「誠は強いんだな」
沢尻誠「えっへん」
  誠は両わき腹に手を置き、堂々と胸を張って見せた。
沢尻誠「でも、おじいちゃんとおばあちゃんが心配するからそろそろ帰ろうかな」
怪人アリウム「ああ、そうした方が良い」
怪人アリウム「気をつけて帰るんだぞ」
沢尻誠「はーい。 またね!怪人さん!」
怪人アリウム「また・・・か」
  俺は沢尻誠という少年の背中を闇夜に溶け込むまでじっと見つめた。

〇黒背景
  それでは、怪人アリウムよ
  お前が奪う人間の幸福を告げる
  対象はエリアA3にあるフブキアパート302号室に住む
  岡田一平、35歳男性
  彼は明日、現在付き合っている女性に
  プロポーズをすることになっている
  そして、彼のプロポーズは見事成功する
  だが、お前にはそのプロポーズが失敗になるように
  未来を変えてほしい
  いい加減自分自身の宿命を受け入れたらどうだ?
  それができなければ、勝手に消えれば良いだけだ

〇シックなバー
岡田一平「それで、今日はお前に話があるんだ」
彼女「話?」
岡田一平「ああ」
岡田一平「・・・」
岡田一平「俺と結婚してください!」
彼女「え?」
岡田一平「絶対に、絶対に幸せにします!」
岡田一平「・・・」
岡田一平「・・・」
岡田一平「あれ?」
岡田一平「確かここに入れたはずなのに・・・」
彼女「ん?」
彼女「どうしたの?」
岡田一平「あ、えーと。 そのー」
岡田一平「・・・」
岡田一平「婚約指輪、なくした・・・」
彼女「・・・は!?」
彼女「ちょっと婚約指輪なくすとか意味わからないんだけど!」
岡田一平「違うんだ!ごめん!ほんとにごめん!」
彼女「本当に私のこと大事に思っているの?」
彼女「信じられないよ・・・」
岡田一平「ごめん・・・」

〇黒背景
  よくぞこなしてくれた。
  怪人アリウムよ
  お前にはさらなる寿命を授けよう

〇公園のベンチ
  俺はまたこの公園に来てしまった。
  怪人である俺が人のぬくもりを求めてしまうのは、たぶんいけない事だ。
  そう分かっていても、積もりに積もった罪悪感で、自分自身の輪郭が消えてゆくことに耐えられなかった。
  きっとあの子はまた・・・
???「怪人さん見っけ!」
  ここに来るに違いないのだった。
沢尻誠「相変わらず暗い顔しているね」
怪人アリウム「生まれつきだ」
沢尻誠「そうかなー」
沢尻誠「まあいいや」
沢尻誠「この前はぼくのことをたくさん話したから今日は怪人さんについて知りたいな」
怪人アリウム「俺を掘っても何も出てこないぞ」
沢尻誠「それはどうかな~」
沢尻誠「怪人さんは普段何しているの?」
怪人アリウム「人間の幸福を奪っている」
沢尻誠「わーお」
怪人アリウム「普段は怪人界にいるんだがな、 時々こうして人間の幸福を奪いに人間界に来ている」
怪人アリウム「今日だって一人の男のプロポーズを台無しにしてきた」
沢尻誠「どうしてそんなことしているの?」
怪人アリウム「生きるためだ」
沢尻誠「生きるため?」
怪人アリウム「ああ。 怪人は人間の幸福を奪うことで寿命が得られるんだ」
沢尻誠「ありゃー。 それじゃぼくら人間からしたら怪人さんは天敵だね」
怪人アリウム「そうだ。 どうだ、嫌いになっただろ?」
沢尻誠「べつにー」
怪人アリウム「ど、どうしてだ!?」
沢尻誠「だってぼくら人間も生き物の命を頂いて生きているじゃん」
沢尻誠「だから人間も怪人さんも全く同じだよ。 幸福を奪う相手が違うってだけ」
怪人アリウム「・・・」
怪人アリウム「同じ・・・」
  そんな風に言われるとは思ってもみなかった。
  この子は俺の本質を嫌うと思っていた。
  いや、俺はこの子に嫌われてしまいたかった。
  いつまでもこの子の優しさに甘えてしまう自分をひどく醜く感じてしまうのだ。
  それなのに・・・
沢尻誠「怪人さんはいい人だと思います!」
怪人アリウム「え?」
沢尻誠「ぼくら人間は生き物の命を奪ってもなんとも思わない人がたくさんいる」
沢尻誠「ぼくもその中の一人」
沢尻誠「サイテーだよね」
沢尻誠「けど、怪人さんは今すごく悲しい顔をしている」
沢尻誠「とっても優しいじゃん」
怪人アリウム「・・・」
怪人アリウム「誠は優しい子だね」
沢尻誠「えー?今、怪人さんが優しいって話でしょ」
怪人アリウム「そうだったな」
怪人アリウム「・・・」
怪人アリウム「怪人アリウム」
沢尻誠「え?」
怪人アリウム「俺の名だ。 怪人アリウム」
沢尻誠「怪人アリウム! スーパーかっこいい!」
  少年は街灯の灯りよりも鮮やかに俺の心を照らす。
  氷で覆われていた俺の心が穏やかに溶かされていくのを感じた。

〇黒背景
  ん?いつもと違う顔つきだな。何かあったか?
  まあいい。それではお前が奪う人間の幸福を告げる
  対象はエリアA1の108番地の一軒家に住む
  沢尻誠、8歳少年
  ・・・は?
  少年の母親は長らく病で寝たきりになっていた
  ・・・まさか!?
  しかし、明日母親は目を覚ますことになっている
  お前にはその未来を変えてほしい
怪人アリウム「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
  何事だ急に。大声を出すなんて珍しいな
怪人アリウム「まさか、母親が目を覚まさないようにしろなんて言わないですよね?」
  全く持ってその通りだがな
怪人アリウム「冗談言わないでくださいよ!」
  冗談を言っているつもりはない
怪人アリウム「・・・」
怪人アリウム「できません・・・」
怪人アリウム「対象をほかの人間に変えてもらえませんか?」
  無理な頼みだな
怪人アリウム「くっ・・・」
  じゃあ消えるか?この世から
  この少年に何か思い入れがあるようだがな、
  そんなことは知ったことではない
  怪人は人間の幸福を奪うことが至上命題のはずだ
  お前に構っている暇などない
怪人アリウム「・・・」
怪人アリウム「俺は・・・」
怪人アリウム「どうすればいいんだよ・・・」
  この大っ嫌いな自分を唯一受け入れてくれる存在。
  そのたった一人から幸福を奪って己が生きる。
  それは俺にとっては幸福なのだろうか?
怪人アリウム「・・・」
  ・・・愚問、だな。

〇黒

〇病室
沢尻誠「お母さん!」
母親「・・・」
母親「・・・」
母親「・・・誠?」
沢尻誠「やっと病気を倒したんだね!」
母親「・・・」
母親「誠なの?」
沢尻誠「そうだよ!誠だよ!」
母親「・・・おーきくなったわねー」
沢尻誠「おはよう!お母さん!」
母親「おはよう」
母親「私はどれくら眠っていたのかしら」
沢尻誠「2年間、だよ」
母親「2年間も・・・」
母親「寂しい想いをさせちゃったわね」
看護師「体調はとても安定しています。 このまま安静にしていれば完治するでしょうと担当医も話していました」
看護師「少ししたら担当医の方から話がありますので、それまではゆっくりしていて下さい」
母親「そうですか。 ありがとうございます」
沢尻誠「良かったね!お母さん!」
母親「そうね、本当に」
母親「学校はどう?」
沢尻誠「たっくさん友達もできたし、すごく楽しいよ!」
母親「そう。 お友達、今度お母さんにも紹介してね」
沢尻誠「うん!」
沢尻誠「・・・あ、あと、この前公園で怪人さんと友達になったんだー」
母親「怪人さん?」
沢尻誠「うん。 えーっと、名前は・・・怪人アリウム!」
母親「変わった名前の人なのね」
沢尻誠「でもすっごくいい人なんだ!」
母親「じゃあ、その方にもお母さんお会いしたいわ」
沢尻誠「もちろん!怪人さん、お母さんが目を覚ましたって知ったら驚くだろうなー」
母親「うふふ。 楽しそうね」
沢尻誠「うん!ぼく、毎日が幸せだよ!」

コメント

  • 誠と会って人生の意味を知ったことと引き換えに自分の人生を失うというのはなんという皮肉。それでも、自分の命に変えても相手の幸福を守りたいと思える存在に出会えたことはアリウムが生きた証ですね。

  • なんとも切なくなるお話でした…。
    人の幸福を奪わないと生きられない、なんて残酷なんだろう。
    きっとずっとこんなことしたくないという心の優しさが伝わってきました。

  • 最高の怪人でした。誠君が説いてくれた私達人間の他動物へのふるまいも、こういう良識をある怪人に向けて放った言葉だからこそ、こんなにも胸に響くんだとと感動です。

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