阿鼻獄の女

高山殘照

5.春と修羅(脚本)

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〇車内
岳尾 貴美子「知ってたんでしょ アンナって人のこと」
調 達也「ロシア系企業勤務、重役の娘 開発プロジェクトの一員」
調 達也「それくらいですかね」
岳尾 貴美子「なんで教えてくれなかったの?」
調 達也「依頼はあくまで 旦那さんの浮気調査でしょう?」
調 達也「そして実際に 不貞を働いていた」
岳尾 貴美子「だけど雄さんは脅されていて」
調 達也「それで?」
岳尾 貴美子「それで、って?」
調 達也「大事なのは、なにをやったか、です なにを思ったかじゃ、ない」
調 達也「人の内面なんて 本当のところは誰にもわかりませんよ」
調 達也「わからないものに 価値基準を置くなんて馬鹿げている」
岳尾 貴美子「だけど 情状酌量ってものがあるでしょ」
調 達也「それは警察や裁判官の仕事 探偵は、探って暴く。それだけです」
岳尾 貴美子「・・・・・・雄さんは、どこ?」
調 達也「すぐに会えますよ」
調 達也「俺は 依頼人のために働くだけですから」

〇地下の部屋
調 達也「探偵ってのは たびたび危ない目に遭うもんです」
調 達也「頼りになるのは、こんな隠れ家 探偵にとって必需品ですよ」
岳尾 貴美子「雄さん!」
調 達也「ご安心ください ぐっすり眠ってますから」
岳尾 貴美子「・・・・・・なんでベッドに 固定されてるの?」
調 達也「必要だから それだけです」
調 達也「と言っても 納得なんてしてくれませんよね」
調 達也「ですからご本人からの メッセージをお預かりしています」
岳尾 貴美子「見せなさい」
調 達也「ええ」

〇壁
岳尾 雄「貴美子さん 君のこと、探偵さんから聞いたよ」
岳尾 雄「僕のせいで 本当に苦しい思いをさせてしまった」
岳尾 雄「君は昔から、謝罪というものが 大嫌いだったよね」
岳尾 雄「反省してるフリすれば 許してもらえる」
岳尾 雄「そんな人間を たくさん見てきたからって」
岳尾 雄「謝罪は言葉じゃなく 行動で示すべき」
岳尾 雄「そんな気高い君が 心から好きだった」
岳尾 雄「そんな貴美子さんを 僕は裏切ってしまった」
岳尾 雄「USBのこととか、口座凍結とか 君の仕業だって」
岳尾 雄「それを教えられたとき 正直、嬉しかったんだ」
岳尾 雄「少しでも君の気持ちが癒やされるなら いくらでも苦しむよ」
岳尾 雄「ねえ、貴美子さん もし、まだ君の傷が癒えてないなら」
岳尾 雄「癒やして欲しい 僕の身体を使って」

〇地下の部屋
調 達也「献身的な愛情だ 涙が出る」
調 達也「まさにあなたが仰ったとおり きちんと腹を切る精神をお持ちだ」
岳尾 貴美子「あなた、 雄さんになにを吹き込んだの?」
岳尾 貴美子「なにを唆(そそのか)したの? なにをさせようっていうの?」
岳尾 貴美子「答えろ! 調!」
調 達也「そんなものより、 こちらのほうが、よく切れますよ」
調 達也「知人から譲ってもらった医療用メスです 不良品ですがね」
調 達也「あ、切れないってわけじゃなくて」
調 達也「あまりにも切れ過ぎるから 回収騒ぎになりまして」
調 達也「軽く当てただけで指が落ちますよ お気をつけて」
岳尾 貴美子「そんな刃物出して どうする気?」
調 達也「これは私からのプレゼントです どうぞお使いください」
岳尾 貴美子「使う?」
調 達也「雄さんは同意なさったんです それを使って復讐を果たすことを」
岳尾 貴美子「殺せというの?」
調 達也「いいえ」
岳尾 貴美子「腹でも切れと?」
調 達也「いえいえ よく考えてください」
調 達也「不貞にふさわしい罰とは なんですか?」
調 達也「どうすれば2度と 不倫させないようにできるでしょうか?」
岳尾 貴美子「まさか」
岳尾 貴美子「そんな、 そんな残酷なこと!」
調 達也「残酷? まあ、そうかもしれない」
調 達也「しかしそれは同時に 愛の極地ですよ」
調 達也「1936年5月16日のことです」
調 達也「東京は荒川区の一室で ある男女が愛を深めあっていました」
調 達也「男の名前は、石田吉蔵 女の名前は、きっと聞き覚えがあるはず」
調 達也「そう、 『阿部 定(あべ さだ)』」
調 達也「彼女は恋人の愛に応えるため 紐で首を絞め」
調 達也「そしてその愛を永遠にするため 局部を切断したんです」
岳尾 貴美子「できない! そんなこと、できるわけないじゃない!」
調 達也「定は刑期を終えたあとも 長い長い人生を送りました」
調 達也「彼女に浴びせられたのは 非難でしょうか。憎悪でしょうか」
調 達也「違う、俺はそう言いますよ」
調 達也「むしろ彼女に与えられたものは 身勝手なまでの賞賛です」
調 達也「多くの作家が文化人が 彼女のもとを訪れました」
調 達也「映画にもなり、新聞小説になり まるで今も生きているよう」
岳尾 貴美子「雄さんを解放して 私たちは、帰る!」
調 達也「何度言わせるんです 『同意を得ている』そう言いましたよね」
調 達也「これは雄さんの望みなんですよ 責任を取って身を差し出す」
調 達也「そんな健気な思いを 踏みにじるおつもりですか?」
岳尾 貴美子「私、は」
調 達也「さあ、メスを握って よく近づいて」
岳尾 貴美子「嫌、イヤ・・・・・・」
調 達也「これで雄さんとあなたは 永遠に結ばれるんです」
調 達也「俺が 手伝ってあげますから」
岳尾 貴美子「やめて」
  いやああああああああああ!!!!

〇壁

〇見晴らしのいい公園

〇壁

〇大樹の下

〇壁

〇山の展望台

〇黒背景

〇地下の部屋
調 達也「これは某国でも使われてる 軍用の止血キットです」
調 達也「押し当てるだけで風船状に膨らみ 血を止めてくれる優れものですよ」
岳尾 貴美子「・・・・・・」
調 達也「雄さんは責任もって 知人がやってる病院に連れて行きます」
調 達也「ご心配なく 腕だけは確かな、お医者ですから」
岳尾 貴美子「これで」
岳尾 貴美子「これで終わったのよね 今度こそ」
調 達也「さあ、車に乗ってください 病院に行きましょう」
調 達也「『終わった』?」
調 達也「はははっ」

次のエピソード:6.歯車

コメント

  • 激しいですね、最近の武士は、腹切りではないんですね。すごい第一幕でした。恐怖のギアがあがりそうで、ドキドキです。

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