蝶が舞うように

秋田 夜美 (akita yomi)

第12話 ともに笑える日を夢見て(脚本)

蝶が舞うように

秋田 夜美 (akita yomi)

今すぐ読む

蝶が舞うように
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇書斎
  夏葉さんが私の部屋に現れた次の日、私は上柳教授を訪ねていた。
上柳教授「彼女が配信できなくなってしまった原因は、岡野さんではなかったんだね?」
冬花「──はい」
上柳教授「「良かったじゃないか」、とは言い難い状況なのは残念だ・・・」
冬花「・・・」
上柳教授「HSPの気質を持つ人は自分に責任があるように感じやすい」
上柳教授「「自らに責任がないこと」を体感することが理解を深めると考えていたのだが──」
上柳教授「想像とは異なる方向に深刻なようだ」
冬花「・・・」
冬花「教授。私にできることはもう、ないのでしょうか?」
上柳教授「岡野さんは彼女の背中を押した。それで十分じゃないか」
  教授は穏やかな笑みを浮かべてそう言った。
  しかし、彼女の涙を拭いた私には不十分な答えだった。
冬花「私はっ! もっと春花さんにできることがしたいんです!」
上柳教授「──冷静になりなさい」
  上柳教授は私を諫めるように低い声で言った。
上柳教授「他人にできることには限界があるんだ」
冬花「た、にん・・・」
上柳教授「そうだ。誰かのために一生懸命になることは結構なことだが、」
上柳教授「岡野さんが与える選択を本人が望んでいるかは誰にもわからない。・・・そうだね?」
冬花「・・・」
上柳教授「──岡野さんは彼女を自分の思い通りにしたいのかな?」
冬花「・・・! そんなつもりはっ──」
上柳教授「もちろんないだろう」
上柳教授「だが、彼女自身が望まない方に誘導することは果たして違うと言えるのだろうか」
冬花「っ!!」
冬花「・・・違わ、ないのかもしれません」
冬花「それでも私は──」
上柳教授「"ときに過ぎた想いは人の心を壊す"」
  教授は珍しく私の言葉を遮った。
上柳教授「彼女のことを想うのであれば「諦める」という選択肢もひとつ、胸の中には留めておいてほしい」
冬花「・・・あきら、める?」
上柳教授「例え彼女自身が望んでいないであろう結果を選択したとしても、その結論をむやみに覆さない、ということだ」
上柳教授「それが岡野さんのためでもあり、彼女のためでもある」
  私には教授が言っていることの意味がピンときていなかった。
  しかし、とても大事なことだということは伝わってきた。
上柳教授「岡野さんならきっとそのラインを見極められるはずだ」
冬花「はい・・・考えてみます」

〇学校の駐輪場
  教授と話した後、私はいつもの駐輪場で彼女の配信予告を確認した。
  鼻歌交じりにチェックした配信のタイトルは──
  ”最後の配信”。
冬花「どう、して・・・?」
  口から出た思いとは裏腹に、教授が言いたかった意味を私は理解した。
  教授は彼女が配信をすることを望んでいないと見抜いていたのだろう。
  だから、彼女の選択を尊重する意味を説いたのだ。
冬花「「諦める」、か・・・」
  誰に言うでもなく呟いた言葉は、まもなく宙へと消えていった。
  私は複雑な想いを抱えたまま、22時を迎えることになるのであった。

〇ライブハウスのステージ

〇部屋のベッド
  彼女の配信は今日も静かな一曲から始まった。
  それは古いドラマのエンディングで流れていたもので、
  「まだ見ぬ人生は夢を叶えるためにある」と歌った曲だった。
  長年の夢を自ら摘み取った彼女は今、どのような気持ちでこの慰めの曲を歌っているのだろう。
  想像するだけで胸が張り裂けそうだった。
  なぜ、自らを傷つけるような歌を彼女が選んだかはわからない。
  しかし、その悲しみが閉じ込められた心から懸命に振り絞る希望の歌声は、
  さながら戦火の中で、聖女が歌っているかのような美しさだった。
冬花「・・・」
  彼女はその曲を歌い終えると、不自然なほど落ち着いたトーンで語り始めた。
春花(配信)「こんばんは、春花です」
春花(配信)「まず、急にお休みをしてしまったことを謝らせてください。・・・ごめんなさい」
春花(配信)「それから、ダメダメな私の配信に今日も来てくれてありがとう・・・!」
春花(配信)「またみんなと会えて本当に、嬉しいです」
春花(配信)「──今日はみなさんにお知らせしなくちゃいけないことがあります」
春花(配信)「今までこんなお願いはしたことがなかったけど、勇気を出して言います」
春花(配信)「今日だけは──」
春花(配信)「今日だけは、最後まで聴いてもらえたら嬉しいです」

〇可愛らしい部屋
夏葉「みんなに応援してもらっていたオーディションの当日、」
夏葉「──私は試験を受けなかった」
夏葉「・・・」
夏葉「前日の夜、父から連絡があって、母の残りの人生がわずかであることを知ったの」
夏葉「私はどうしたらいいのか、わからなくなった」
夏葉「このまま夢を追っていいのだろうかって、一晩中悩んだんだ」
夏葉「それでも答えが出なくて・・・」
夏葉「それでね、思い出してみたの。いつもだったら、こんな時どうしてたんだろうって・・・」
夏葉「そしたらね、落ち込んだ時や自信をなくした時に前を向かせてくれるのは、やっぱりリスナーのみんなだった」
夏葉「歌手になるっていうのは私の夢だったけど、みんなと一緒に頑張ってきて、」
夏葉「その夢はもう"私だけのものじゃない"ってそう感じてた」
夏葉「だから、みんなとの約束を果たそうと一度は決めたんだ」
夏葉「でも──」
夏葉「ダメだった・・・」
夏葉「できなかった・・・」
夏葉「これからずっとお母さんのことを見捨てたんだって、そんな想いを抱えながら生きていくんだって考えたら、」
夏葉「力が抜けていって目の前が真っ暗になった」
夏葉「私はきっとステージに上がっても笑えない。そう思ったんだ」
夏葉「そんなのは私が描いた未来じゃなかった」
夏葉「みんなに笑顔を届けて、辛いことがあっても一緒に乗り越えて、また笑って」
夏葉「そんな風に、なりたかった」
夏葉「・・・」
夏葉「そんな私にも容赦なく朝はきて、決断を迫った」
夏葉「そして私は──」
夏葉「母のもとへ帰った・・・」
夏葉「・・・」
夏葉「今までずっと応援してきてくれたのに、裏切ってしまって本当にごめんなさい」
夏葉「もう私には配信する資格はないと思っていたけど、」
夏葉「事情はお伝えするのがせめてもの償いだって考えて、今日伝えることに決めました」

〇部屋のベッド
春花(配信)「私の配信は今日を持って最後にしようと思います」
春花(配信)「私はみんなを裏切ってしまった自分を許せないし、母のことも受け入れられてない」
春花(配信)「こんなだったら楽しい配信なんて届けられない・・・」
春花(配信)「ごめんなさい」
春花(配信)「もう私のことは──」
春花(配信)「どうか忘れてください」
冬花「・・・」
  彼女がそう言った瞬間、時が止まったかのように全てがピタリと動かなくなってしまった。
  私は彼女の気持ちをはき違えていた。
  あの「配信する」という言葉は、決別を意味するものであったのだ。
  さらに、教授の言葉を思い出したことで、私の身体は硬直してしまった。
  しかし──
  私は一人ではなかった。
ウーロン「『春花ちゃん大変だったんだね。何にもしてあげられなくてごめんね・・・』」
アスキー「『お母さんのこと大切にね! また配信してもいいなって思ったら告知してね。飛んでいく!』」
ゆう「『オーディションはきっとまたチャンスがあるよ! 春花ちゃんの歌は最高だから!!』」
しのん「『ここで会えなくなっても、ずっと忘れないよ! 寂しいから最後なんて言わないで』」
  いつの間にか励ましのコメントが画面には満たされていっていた。
  彼女の言い分に納得できなかったひともいるかもしれない。だけど──
  心の底から想っている人の苦境を責めることなんて私たちにはできない。
  ”彼女の行動を認めて受け入れる”、それが私たちにできる唯一彼女を救う方法だった。
  そんなリスナーの言葉に彼女は動揺した。
春花(配信)「・・・どうして!? どうしてそんな温かいことを言ってくれるの?!!」
春花(配信)「私、みんなのこと裏切ったんだよ?! 最低なことしたんだよ?!!」
春花(配信)「私はみんなでつくってきた夢を壊した! 自分の都合を優先したのっ!!」
春花(配信)「なのに・・・、どうして・・・?」
冬花「『それはね、みんなが春花さんのことを大好きだからだよっ!』」
オレオ「『みんな、もう春花ちゃんから一杯いっぱい元気をもらったよ。』」
やまち「『だから今度は、俺たちが春花ちゃんとを元気にする番なんだ』」
ウーロン「『春花ちゃんは一人じゃない。これからも21時になったら毎日思い出すよ!』」
春花(配信)「・・・なんで・・・そんな優しいの?」
春花(配信)「ぐす・・・、うぅ・・・」
春花(配信)「私・・・、ぐすっ・・・幸せ者だ・・・」
春花(配信)「こんな出会い、ぐすっ・・・もう二度とない」
春花(配信)「これで、みんなと、うぅ・・・お別れ、なんて・・・ぐすっ・・・いやだよ・・・」
  袖で涙を振り払うと、私はコメントを打った。
冬花「『ずっと待ってるよ、春花さん』」
冬花「『だからゆっくりでいいんだからね?』」
春花(配信)「うぅ・・・わかった・・・」
春花(配信)「またいつか、みんなに・・・会いに行く」
冬花「『うんっ!!』」
アスキー「『また会おうねぇ!』」
しのん「『ちゃんとごはん食べるんだよ!』」
ゆう「『大好きだよっ!』」
  ここは幸せな空間だった。
  誰もが自分ではない他人を想っていた。
  自分が傷つくことも厭わず──
  押し付けるでもなく、一人で背負うでもなく、みんなで分け合った。
春花(配信)「私も! みんなのこと大好き!!」
春花(配信)「一生みんなの名前とコメント忘れないよ!」
  だから、今この画面の向こうに笑顔があるのだろう。
  人を想うことは本当に素敵なことだと、私は改めて実感した。
春花(配信)「配信の最後に、歌う・・・すびぃ」
オレオ「『え? 歌えるのそのズビズビでw』」
春花(配信)「だって、私がみんなにお返しできるのは、歌だもん・・・」
やまち「『無理すんなってw』」
春花(配信)「やだっ! 歌うもんっ!!」
  心配するリスナーを他所に、駄々っ子のようなことを言ってから、
  彼女は区切りとなる曲を歌い始めるのであった。

〇部屋のベッド
  流れ始めたイントロで私はすぐに曲の題名がわかった。
  別れのシーズンに必ずと言っていいほど、耳にする曲だったからだ。
  ──彼女が歌い始める。
  いつもとは少し違うハスキーな声だった。
冬花(こんなの泣くに決まってるじゃん・・・)
  私は歌い出しで既に涙ぐんでいた。
  徐々に彼女のグスグスも激しくなり、サビに入ると急に音階が崩れてしまう。
春花(配信)「・・・の夢へと・・・ぐすっ・・・エール」
  そうして歌声は嗚咽へと変わってしまった。
黒「『頑張れーっ!』」
ポピン「『春花、ガンバ―!』」
  リスナーからの「頑張れ」が画面に飛び交い、最後のサビにきて彼女は復活した。
冬花(あぁ、ここが歌いたかったんだね・・・)
  共に過ごした日々の思い出を抱きながら、いつか再び巡り合う日を想う。
  そんな歌詞を彼女は心を込めて歌っていた。
  彼女の得意な高音はかすれてしまっていたが、心を強く揺さぶる劇的な歌唱であった。
  素晴らしいビブラートで歌い上げた後、まだ曲の余韻が冷め止まぬうちに彼女は言った。

〇ライブハウスのステージ
夏葉「私、みんなと会えて本当に良かったっ!」
夏葉「悲しいこともあるだろうけど、後悔しないように全力で明日を生きてみせる!」
夏葉「今日は、ううん、今日まで──」
夏葉「本当にホントにほんとにありがとうっ!!」
夏葉「みんな、また会おうねっ!!!!!」
夏葉「それでは、ここまでのお相手は──」
夏葉「夏よりも春が好き、春花でした」
夏葉「またいつか──」
夏葉「一緒に笑おうっ!」

次のエピソード:最終話 蝶が舞うように

コメント

  • 夏葉さんの繊細で芯の強い人柄が伝わり、私までもらい泣きしそうでした。そして上柳教授の助言、とてもイイですね。感情に流されずに客観的で理性的な見方を与えてくれますね

  • 冒頭のモノローグ、一番始めのところ。
    春花じゃなくて夏葉がうちに来たから夏葉になるのかな?と少し思いました。どちらも同じ人ではありますが、個人的な感覚の問題かもしれません。
    今回も良かったです。配信アプリのエフェクトかな、この少女漫画みたいな花が飛んでるやつが妙にマッチしてますね。

成分キーワード

ページTOPへ