蝶が舞うように

秋田 夜美 (akita yomi)

最終話 蝶が舞うように(脚本)

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蝶が舞うように
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〇走る列車
  ── 二年後 ──
  あの最後の配信から月日は流れて、私は大学三年生になった。
  春花・・・いや、夏葉さんとはあれから一度も連絡を取っていない。
  SNSでの活動も一切止まったままで、個別に連絡が来ることもなかった。
  もちろん、私からメッセージを送ることもできないわけでもなかったが、
  きっとそういうことではないのだろうと思って、行動には起こさなかった。
  今頃、家族との日々を静かに暮らしているのだろうか。それとも・・・。
  大学ではゼミに所属する学年になり、上柳教授のゼミを選択した。
  研究テーマは「音による得られるヒーリング効果の種類と違いについて」。
  まだまだ始めたばかりで人の役に立つものになるかわからないけど、
  いずれは自分の活動にも役立てられるような成果を出していきたいと思っている。
  今日はその研究の一環と夏休みの旅行という意味も兼ねて、近場の海を目指して鈍行の電車を乗り継いできた。
  時刻はまもなく日暮れ。前回訪れた時と同様、きっと息を飲む絶景が見られるはずだ。

〇海岸沿いの駅
冬花「よっこいしょ! ・・・っと」
  自力で持ち上げられる重量限界のキャリーバックを電車から降ろす。
  すると眼前には、
冬花「わぁぁーー!! キレイ・・・!」
冬花「真赤な夕日、反射する海!」
冬花「潮風の匂いと、静かな波音・・・」
冬花「さいっっこうだね!」
  長旅の疲れも吹き飛ぶような美しい景色だった。
  しばらくボーっとその景色を眺めていると、控えめな車のクラクションがする。
  音が聞こえた方へ視線を走らせると、青い車のボンネットから手を振るシルエットが見える。
冬花「んっ! サトさんっ!!」
  私は大きく手を振ってから、無人の改札へと向かう。
  大きなキャリーバックを強く引いて。

〇温泉旅館
  車で揺られること10分。サトさんが女将をしている”旅館 西宮”に到着する。
  今回の旅の目的地だ。
冬花「サトさん、迎えに来なくていいって言ったのに」
西宮 さと「気にしないでいいのよ~」
西宮 さと「冬花ちゃんはうちの広告塔なんだから」
  サトさんは楽しそうに笑った。
冬花「そうかもしれないけど・・・」
西宮 さと「でしょ?」
西宮 さと「今日は平日でお客さんも少ないし、大丈夫大丈夫!」
  私が初めて"西宮"を訪れたのは去年の夏。
  癒しを届ける配信がしたいと思って、波の音や風景、場所や費用から見つけ出したのがここだった。
  初めサトさんは、大学生の女子が一人で訪れることを不思議がっていたが、
  食事の時に私の活動について話すと、格安で泊めてくれると言い出したのだった。
西宮 さと「配信は今日から?」
冬花「はい、その予定です」
西宮 さと「あら! じゃあ楽しみに聴かせてもらうわ」
西宮 さと「あ、部屋はいつもの二階の角にしといたからね!」
冬花「えー・・・、いいんですか?」
西宮 さと「あそこが一番波の音がよく入るって冬花ちゃん言ってたじゃない!」
西宮 さと「だから空けといたの」
冬花「言いましたけど・・・」
冬花「旅館の負担になってないか心配です」
冬花「──まぁせっかくなのでお言葉に甘えさえてもらいますけど」
西宮 さと「うんうん・・・!」
  私が渋々そう言うとサトさんは満足そうに微笑むのであった。

〇旅館の和室
  私は”春花さん”と存在を一時的に失った後も、配信を続けていた。
  それは、彼女が戻ってくる場所や今までのつながりを残し続けたいと思っていたから。
  だけど、今となってはそれだけじゃない。
  支えられたきた感謝をもっと沢山の人に還元したい。
  そんな想いが自分の中から溢れ出したからだ。
  今まで関わってくれた人たちの誰が抜けていても、私はここにいなかった。
  だから、私も誰かのそんな人になりたい。
  そんな風に考えるようになったのだった。
冬花「ふぅ・・・!」
  配信に向けて機材を準備していると、サトさんが部屋に入ってきた。
冬花「どうかしましたか?」
西宮 さと「忙しい所ごめんさいね」
西宮 さと「渡しておきたいものがあって」
  サトさんは神妙な表情で一通の手紙を差し出した。
冬花「手紙、ですか」
西宮 さと「DMって言うの? 私にはそういうのわからないから、山茶花さんへの想いをお手紙にしてみたの」
西宮 さと「若い子はすごいわねぇ! でもおばちゃんも頑張って書いたから配信で読んでもらえないかしら?」
  急に饒舌になったサトさんに驚きながらも、私はお礼を伝える。
冬花「嬉しいです、サトさん!」
冬花「ぜひ読ませてください!」
西宮 さと「うふふ。・・・でも恥ずかしいから配信中まで開けないでおいてね」
冬花「うーん・・・」
  私はリスナーからもらったお便りは事前に目を通すようにしている。
  ”臨機応変”というのが最も苦手な私は、奇想天外の内容だとフリーズしてしまうからだ。
冬花(サトさんのお手紙なら大丈夫かな・・・)
冬花「わかりました。 配信の時まで取っておきます!」
西宮 さと「ありがとう。 じゃあ、お邪魔にならないように向こうに行っているわね」
  そう言ってサトさんはいそいそと部屋を出て行った。

〇旅館の和室
  配信開始10分前。
  全ての準備を整えた私はベランダに出てタバコを吸っていた。
  彼女の配信を聴くようになってからほとんど吸わなくなっていたが、
  ”最後の配信”を期に、私はまた煙を吐くようになっていた。
  もしかしたら、これは狼煙なのかもしれない。
  風呂場で吐いていたあの煙と同じように。
冬花「ふぅぅぅー・・・」
  私の配信はかつてのアプリから脱却して、世界的な動画サイトにチャンネルを移している。
  初めは、彼女のリスナーがお引越ししてきた数百名のチャンネルだったが、
  今では登録者数が10万人となっている。
  こんなに多くの人に聴いてもらえるようになった理由は今でもわからない。
  私たちの物語を聞きつけた人たちがいたのかもしれないし、
  はたまた、海や山・森の音と映像に乗せて配信するというスタイルが気に入ってもらえたのかもしれない。
  いずれにせよ、私の目標は達成されつつあった。
  あとは・・・
「ピピピッ!」
冬花「んっ、5分前っ!」
冬花「配信配信っ!」
  急いでちゃぶ台の前に戻って座布団を二枚重ねて座ると、サトさんが準備してくれた冷たいお茶を湯呑に注ぐ。
  時刻はまもなく22時。
  今日も配信が始まる。

〇海辺
冬花「こんばんは! ”山茶花 さくらのトーク&リラクゼーションラジオ”、配信スタートです」
冬花「本日から一週間、”旅館 西宮”さんからお送りしていきます」
冬花「旅館は海岸からすぐの小高い丘に位置していますので、海を一望することができます」
冬花「みなさんには、満月が照らす海の風景と波の音に癒されていただきたいと思います!」
冬花「たっぷり癒されながらラジオも聴いていっていただけると嬉しいです」
冬花「それではお便りの紹介コーナー「私の春夏秋冬」。 始めて行きたいと思いまーす!」
冬花「まずは、雪さんからのお便りです。投稿ありがとうございます!」
冬花「『最近、山茶花さんの配信を聴かせていただくようになりました。』」
冬花「『私は今、就職活動をしているのですが、自分が何をしたいのかわからずに困っています。』」
冬花「『山茶花さんはこの配信を始めようと思ったきっかけはあるのでしょうか? やりたいことを見つけるコツはありますか? 』」
冬花「とのことです」
冬花「私もいつか就職活動をするかも、と考えるとドキドキしてしまいます」
冬花「そうですね──。私がこの配信を始めたきっかけは大好きな配信者さんを応援するためで、」
冬花「その人が困難に直面した時、”勇気付けたい!”と思ったのがきっかけでした」
冬花「その人には、感謝や憧れを感じていたので、「なんとかしたい!」と必死だったのをよく覚えています」
冬花「ちょっと恥ずかしいお話ですね」
冬花「きっかけは高い志があったわけでもなんでもないんです」
冬花「でも今は、誰かが前を向く”きっかけ"になりたい。そんな想いで配信を続けています」
冬花「──なんて、ちょっとカッコつけてしまいましたが、私もバトンを渡してもらっただけなんです」
冬花「色んな人に助けてもらった分、今度は私が何かをする番なんだって思ってます」
冬花「雪さんはどんなことに喜びや楽しさ、悲しみや怒りを感じますか?」
冬花「そして、誰のどんな幸せを願いますか?」
冬花「私たちの道はそういった身近な感情から始まっているのだと、私は考えています」
冬花「ぜひご自身の気持ちを紐解いて、雪さんだけの道を探してみてください」

〇海辺
冬花「・・・それでは次が、最後のお便りです」
冬花「なんと、この旅館の女将から直筆のお手紙をいただいております」
冬花「こういうのって本当に嬉しいですよね」
  そう言いながら、真っ白な白い封筒を大切に開くと、今度は淡い桜柄の封筒が顔を覗かせる。
  不思議に思いながら、便箋を広げると見覚えのある文字が目に飛び込んできた。
「『山茶花さんへ』」
  急いで封筒の裏返すとそこには差出人の名前があった。
  ──春花──
冬花「どうして・・・?」
  私は動揺した。
冬花(なんでサトさんが春花さんの手紙を・・・?)
  しかし、配信中であることを思い出して、なんとか動揺を鎮める。
冬花「あ、ごめんなさい。少し驚いてしまって」
冬花「・・・」
冬花「訂正させてください。この旅館の女将が預かってくださっていたお手紙のようです」
冬花「差出人は「春花さん」・・・です」
冬花「・・・」
冬花「では、内容を読ませていただきます」
冬花「『山茶花さん、リスナーのみなさん、こんばんは。春花と申します』」
冬花「『今日は山茶花さんにお伝えしたいことがあって、このお手紙を書かせていただきました。』」
冬花「・・・」
冬花「『先日、母が病気で亡くなりました。五十四歳でした。』」
冬花「『母は優しい人で娘想いでした。・・・とても愛されていたと思います。』」
冬花「『母は私の歌手になるという夢を一度も否定せず、ずっと応援してくれていました』」
冬花「・・・」
冬花「『ある大切なオーディションの前夜、母が病に倒れたと連絡がありました』」
冬花「『私は一晩悩んだ末、夢と約束を捨てて母の元へ帰りました。』」
冬花「『母は、病室で私の姿を認めた時、ボロボロと大粒の涙を流しました』」
冬花「『私は、その涙が再会を喜ぶ涙でないことを知っていました・・・』」
冬花「『ある夜、私は塞ぎ込む母にひとり女の子の話をしました』」
冬花「『私のことを自分のことのように応援してくれて、人見知りだと言っていたのに応援配信までしてくれて・・・』」
冬花「『私がいない間もずっと私の居場所を守ってくれていた、そんな子の話です。』」
冬花「『母はその話を聞いて「春花の想いはその子が引き継いでくれたのね」と言って、目を覚ましてから初めて笑いました。』」
冬花「・・・」
冬花「『それから母と私は毎日、その子の配信を一緒に聴くようになりました』」
冬花「『──とても幸せな時間でした。』」
冬花「『母は亡くなる前に、息も絶え絶えに私に言いました。』」
冬花「『「自分のいるべき場所に帰りなさい」、と』」
冬花「『私は泣きました。母は最期まで私のことを想ってくれているとわかったから・・・』」
冬花「・・・」
冬花「『私には、もう少し母の死を受け入れる時間が必要です』」
冬花「『だけど──』」
冬花「『約束を果たすため、私は必ず立ち上がります!』」
冬花「『山茶花さん。その時は、もう一度 ──』」
冬花「『私のファンになってくれませんか?』」
冬花「『そしていつの日か、山茶花さんと一緒に配信がしたい』」
冬花「『それが、今の私の夢です・・・!』」
冬花「・・・」
冬花「・・・」
冬花「・・・ばか。ずっと、あなたのファンだよ」
冬花「私はずっと春花のファンだよ・・・!!!」
冬花「だからその夢──」
冬花「一緒に叶えよう!!!!!」

〇桜並木
  私たちは誰かと繋がって、影響し合って生きている。
  時に傷つけ、時に助け、ともに笑い、ともに泣く。
  独り涙を流す日があったとしても──
  きっと明日は、また笑う。
  私たちは一人じゃない。
  例え夢破れても、想いは人から人へ紡がれていく。
  春が結んだ冬と夏の物語のように。
  どこまでも、どこまでも、続いて行く。
  まるで──
  蝶が舞うように。
「せーのっ!!」
冬花「冬花と・・・!」
夏葉「夏葉の・・・!」
「桜満開ラジオ!」
「配信スタートっ!!!!!」

コメント

  • 最終回、感動しました。心が揺さぶられました。
    人間だれもが真っ暗闇の中で塞ぎこむ時が訪れたりしますが、そんな時でも一筋の光が射し込み、手を差し伸べてくれる存在がいる。そんな存在に感謝と親愛を。そのようなことを再確認させてもらいました。
    美しい物語をありがとうございました!

  • 最終話まで執筆お疲れ様でした。コメントが遅れてしまいました。
    最後は見事なタイトル回収でした。以前にもお伝えしてしまいましたが、秋田先生の描写、大好きです。リアリティのある細かな描写でより物語に入り込め、その世界の温度を感じ私もその世界で生きることが出来ました。
    冬花ちゃんが夏葉ちゃんと出会い、ゆっくりと考え方や捉え方に変化が出てくる姿にたくさんの勇気をもらいました。次回作ずーっと待ってます!

  • 女将さんが手紙を持ってきたときからなんとなくそんな感じがしていて、途中リスナーからの一節が挟まるのですが、気になりすぎてそれどころではなかったです。
    春の意味それかーーーー。家の中で叫ぶわけにもいかず悶えました。
    素晴らしいお話をありがとうございました。

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