蝶が舞うように

秋田 夜美 (akita yomi)

第11話 伝えるべきその想い(脚本)

蝶が舞うように

秋田 夜美 (akita yomi)

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〇部屋のベッド
  授業を終えて帰宅するとすぐにシナリオを考えはじめる。
  それが私の最近のルーティンになっていた。
  ──私が配信を始めてから今日で1週間。
  未だに彼女からのリアクションはない。
  私の中で募っていく不安を、そろそろ誤魔化すことができなくなってきていた。
チャイム「『ピンポーン』」
  そんな不安を押さえつけながらシナリオを書き起こしていると、インターフォンが鳴った。
  私はネット注文した履歴を思い浮かべたが、該当するものは思いつかない。
冬花「荷物じゃなかったら出るのやめとこー」
  最近、やたらと新聞の勧誘がうるさい。
  配信までに余計な時間を取られるわけにはいかなかった。

〇玄関内
  この後の居留守がバレないように、足音を殺しながらのぞき穴に右目をつける。
  すると──
冬花「っ!?」
  レンズの丸い枠に映ったのは予想外の人物だった。
  私は信じられないと思いで、慎重にドアを開くと──
  神妙な面持ちの夏葉がそこには立っていた。
冬花「・・・夏葉さん」
夏葉「こんばんは、冬花ちゃん・・・」
夏葉「いきなりおしかけてごめんね」
  彼女の目元にはクマが浮かび、ハツラツとした雰囲気は影を潜めていた。
  私の脳裏には「衰弱」という言葉が浮かんだぐらいだ。
冬花「ううん、いいんです」
  私は落ち着き払ってそう答えると、彼女はポロポロと泣き出してしまった。
夏葉「私、冬花ちゃんに配信毎日するって、約束したのに、破っちゃった・・・!」
  彼女がなんとか言葉にしたその想いに私は耐えられなくなった。
  気が付けば私は、彼女のことをきつく抱きしめていた。
夏葉「・・・!」
  私よりも少し身長の高い彼女だったが、思っていた以上に華奢で、
  この身体で色々なモノを受け止めていたのかと思うと胸が苦しくなった。
夏葉「ごめん・・・、ごめんね・・・」
夏葉「私、冬花ちゃんが思ってくれてるような・・・人間じゃないの・・・!」
冬花「夏葉さんは、普通の──」
冬花「普通の女の子なんですよね?」
  私が問いかけると、彼女は「うん、うん」と小さな少女のように何度も頷いていた。
冬花「みんな知ってます。夏葉さんが頑張っているのを」
冬花「これ以上、頑張る必要なんてないんです」
  私がそう言いながら彼女の頭を撫でると、肩のあたりから嗚咽が漏れ聞こえてくるのであった。
夏葉「・・・ぅ、・・・っ!」
  私もその悲しみにあてられて涙ぐんでいたが、懸命に堪えていた。
  彼女の心を勝手にわかったような振舞いだけはしたくないと感じていたからだ。
  ──どれほどそうしていただろうか。
  涙が枯れ果てた頃、彼女は私の肩から頭を離した。
  そして、真赤な目で私に言った。
夏葉「──私、冬花ちゃんに言わなきゃいけないことがあるんだ」
  ズキリと胸が痛んだ。
  嫌な予感だけは──当たるのだ。

〇部屋のベッド
  彼女を部屋に招き入れると普段使っているクッションを勧めて、私は床に座った。
夏葉「・・・」
夏葉「前の配信で「オーディションの最終審査に通った」って話をしたの、覚えてる?」
冬花「はい、覚えてます」
夏葉「──前日の夜、弱気になってたんだ。私」
夏葉「「こんな大きなチャンスをもらえるなんて、もう次はないかもしれない」って、」
夏葉「もし見向きもされなかったらどうしよう、って想像したら逃げ出したくなった」
夏葉「でもねそんな時、背中を押してくれるのは、やっぱりみんなで──」
夏葉「お名前と口癖みたいになってるコメントを思い出していったの」
夏葉「そしたらなんだか笑えてきてね」
夏葉「さっきまで心を支配してたはずの不安が、少しずつ小さくなっていった」
  今日会ってから初めて彼女は口角を上げた。
夏葉「でも、そんな時だった──」
夏葉「普段連絡してこない父から着信があったの」

〇可愛らしい部屋
夏葉「お父さん? どうしたの?」
父(電話)「──夏葉。落ち着いて聞きなさい」
父(電話)「今日、母さんが搬送された」
夏葉「っ!!」
父(電話)「今、容体は落ち着いているが──」
父(電話)「余命・・・半年と、宣告を受けた」
夏葉「うそ・・・、嘘よね?」
夏葉「ねぇ、お父さん!」
父(電話)「父さんも、信じたくなかったが・・・」
夏葉「いやだ・・・いやだよそんなの・・・!」
父(電話)「・・・」
父(電話)「お前が明日オーディションなのは、母さんから聞いていた」
父「だから、最後まで伝えるか悩んだが・・・」
夏葉「・・・」
父(電話)「この先ずっと後悔しながら仕事をしていくのも辛いと思ってな」
父(電話)「──すまない、夏葉」
夏葉「・・・」
夏葉「・・・ううん、いいの」
夏葉「伝えてくれてありがとう、お父さん。 少し、考えるね・・・」
父(電話)「──わかった」

〇部屋のベッド
冬花「そんなことが・・・」
  私は真に彼女が配信できなかった理由を知った。
夏葉「数年前にお母さんは同じ病気で手術をしていて、再発のリスクは少なくないと言われていたの」
夏葉「こんなことがあるかもしれないって頭のどこかではわかっていたけど──」
夏葉「やっぱり受け入れられなかった」
冬花「そう、ですよね・・・」
夏葉「もし、オーディションに受かっちゃったら、お休みを取ることも難しくなるし」
夏葉「あと何回お母さんに会えるかわからない」
夏葉「──私はチャンスを棒に振って家族の最後を静かに過ごすか、」
夏葉「家族を見捨てて夢を叶えるのか、決断をしなくちゃいけなかった」
冬花「見捨てるって・・・」
夏葉「・・・」
夏葉「そして、私は決断した」
夏葉「──家族を、選んだの」
夏葉「私、最低だね!」
夏葉「時間も、お金もかけて応援してもらったのに、最後に自分の都合を優先したの」
夏葉「もうみんなに合わせる顔がない。配信する資格が──」
冬花「最低なんかじゃないっ!」
夏葉「!!」
冬花「大切な人を想うことが最低なはず、ないっ!」
冬花「私たちが大切な人の大切な人は──」
冬花「私たちにとっても大切な人なんです」
夏葉「・・・」
冬花「それに夏葉さんはリスナーをナメてます!」
夏葉「えっ?」
冬花「私、配信してみてわかったんです」
冬花「どれだけみんなが夏葉さんのことを大好きか」
冬花「オーディションをリタイアしてしまったのは、みんな残念がると思います」
冬花「だけど、それと夏葉さんを好きでなくなるのとは別の話です」
夏葉「・・・そう、なのかな?」
冬花「そうですよっ!」
冬花「夏葉さんの言葉で伝えれば、みんな絶対にわかってくれます!」
冬花「それよりも──」
冬花「お別れも言わずにいなくなってしまう方が、ずっと悲しい」
夏葉「・・・」
夏葉「でも、もう私には──」
冬花「夏葉さん、あなたに会ってなかったら私は遅かれ早かれ人生を諦めてました」
夏葉「・・・!!」
冬花「夏葉さんの歌を初めて聴いた日、私は生きることも、死ぬことも嫌になっていました」
冬花「もう何もかもが、どうでもよかったんです」
冬花「でも、そんな境地の私にも夏葉さんの歌は響いた・・・」
冬花「そんな力を持っているあなたなら、 必ずまたチャンスが巡ってくるはずです!!」
夏葉「・・・」
夏葉「冬花ちゃん、変わったね」
冬花「そう、ですか?」
夏葉「うん、変わった。強くなった」
冬花「それはきっと──」
夏葉「違うよ。きっかけはそうだったかもしれない。でも、もう違う」
  彼女は少しだけ寂しそうな表情をしてから、微笑んだ。
  それから言った。
夏葉「──わかった」
冬花「えっ?」
夏葉「配信、する・・・」
夏葉「冬花ちゃんにここまで言ってもらったからには、しないわけにはいかないもの!」
冬花「本当に!?!?」
夏葉「うん! 本当!」
夏葉「みんなにもちゃんと報告するね」
冬花「はい!」
  多分この時、私は泣き笑いの表情を浮かべていたと思う。
  それから「はぁーっ」と安堵のため息をついてから、ぐったりと身体をのけ反らせた。
夏葉「今日はありがとう。 配信前にお邪魔しちゃってごめんね」
  その発言にひっかかった私はぐっと態勢を戻す。
冬花「・・・なんで時間、把握してるんです?」
夏葉「だって毎日聴いてるし」
冬花「・・・」
夏葉「初回は聴き逃しちゃったみたいだけど、あとは全部聴いてる」
冬花「・・・」
冬花「・・・」
冬花「ギャァァーッッ!!」
冬花「嬉しい! けど、なんか恥ずかしい・・・!」
夏葉「ふふふっ!」
夏葉「配信で話してくれてたこと、嬉しかったよ」
夏葉「今日も楽しみにしてるね、山茶花さん?」
冬花「うぅ~・・・。ガンバリマス・・・」
  私たちはさっきまでの涙を吹き飛ばすように、全力で笑った。
  多分──1年分、笑ったと思う。

〇ラジオの収録ブース
  私は今日も時間通り、配信開始のボタンを押した。
冬花「みなさん、こんばんはっ! 山茶花です」
冬花「今日も春花さんに想いを届けるために、全力で配信してくよーっ!」
  私はやる気満々にそう宣言した。
  すると、すぐにリスナーが反応する。
やまち「『おっ! 最初からテンション高いじゃん! なんか良いことでもあった?』」
冬花「んーとねー・・・」
冬花「内緒っ!」
  もちろん最初からばバラしてしまうつもりはなかったが、存分に溜めてから言った。
やまち「えーっ!」
冬花「えへへ・・・!」
冬花(きっと、すぐにわかるよ!)
冬花(みんなの大切な人が──)
冬花(戻って来るんだ!!)

次のエピソード:第12話 ともに笑える日を夢見て

コメント

  • 冬花さんの気持ちが夏葉さんに届き、沈んだ夏葉さんの心を冬花さんが引き上げる、本当に感動しました。2人の真摯で温かな心が通いましたね!
    そして、配信を夏葉さんに聞かれていることを知った冬花さんのリアクション、可愛すぎますw

  • 『私たちが大切な人の大切な人は、私たちにとっても大切な人』刺さりまくりました。
    最後の冬花ちゃんの笑顔もとても良かったです。

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