第10話 私たちの配信(脚本)
〇部屋のベッド
冬花「う~ん・・・、何話したらいいんだろう」
私は運命的にも入手していた”配信の教科書”を片手に、配信のシナリオを考えていた。
彼女の配信再開のきっかけをつくりたいと願って自らの声を届けることを決めたが、
一体全体、配信とは何をしてよいのかがわかっていなかった。
しかも、引っ込み思案な性格上、配信の場面を想像しただけで顔が真っ赤になってしまう始末。
なので、まずは台本とも安定剤ともなるシナリオを考えることにしたのであった。
冬花「「まずは配信時間を決めましょう」、か」
冬花「だいたい”30分”ってところかな?」
冬花「──というか私、30分も独りでお話できるのか不安なんだけど」
余計なことに気付いてしまった私だが、そのためにシナリオを作っているんだと言い聞かせる。
冬花「・・・まあ、頑張ろう」
冬花「次。「初めにどんな配信なのかを簡単に説明しましょう」」
冬花「んん、そうだなぁ・・・」
少し悩んでから、素直な気持ちを書いてみることにする。
冬花「・・・」
冬花「・・・!」
冬花「うん! いい感じ♪」
冬花「──みんなにも、きっと伝わるよね」
その後も項目を埋めていくと、思いのほかスラスラと進んで、あっという間にエンディングまでたどり着いた。
冬花「エンディングかぁ」
冬花「春花さんは、配信の最初と最後は必ず歌ってたよね」
私は彼女の心の奥深くまで届く美しい歌声を思い返す。
冬花「う~ん、ちょっとハードル高いなぁ」
冬花「でも、もし夏葉さんに望まれるとしたら・・・」
冬花「一応歌えそうな曲はリスト化しとこ」
可能性が0でないのなら一考の余地がある。
妄想とも言えるようなことまで想像しながら、私の準備は進んでいったのであった。
〇部屋のベッド
翌日、私は授業が終わると即刻帰路についた。
昨晩考えた配信の内容を反復して、頭の中に入れておきたかったからだ。
冬花「・・・」
冬花「・・・・・・」
冬花「・・・・・・・・・」
冬花「──テストの方がよっぽど簡単な気がする」
3周目の読み込みを終えた後、私はシナリオをまとめたノートを雑に閉じた。
冬花「それにしても、私の配信なんて聴きに来る人いるのかな?」
配信者のだいたいはリスナーを集めるために事前に予告をするが、
私の配信はそうした趣旨と異なるので、一切露出をさせていない。
つまり、私が今夜配信するということは誰も知らないのだ。
冬花「──よっぽど暇な人しか来ないよね」
ただ、配信を開始すると私のアカウントをフォローしている人には通知が届くので、
それを受け取った人が聴きに来てくれる可能性はある。
冬花「あんまり人が多いとしゃべれなくなりそうだけど、誰もいなくても困るし・・・」
冬花「最終的には春花さんにみんなが待ってることが伝わらないと意味ないしなぁ」
やはり告知をして人集めをするべきか悩み始めた私だったが、
余裕も時間もないことから、結局は流れに身を任せることにした。
〇部屋のベッド
21時20分、私は食卓として使っている背の低いテーブルにスマホを置いた。
配信はスマホだけで大丈夫だと本には書いてあったが、
「せっかくあるのだから」と、いつも教授たちに向けているマイクをセットしてみることにした。
冬花「・・・そっか。マイクを向けられるってこんな気持ちだったんだね」
私は自分にマイクを向けてみて初めて、教授たちがどんな気持ちでいるのかを知った。
冬花「・・・」
冬花「──今度はマイクを通さずに授業、受けたいな」
またひとつ自分の気持ちを見つけた私は、
「ふふっ」と小さく笑う。
それから時計を見て、緊張と上手に付き合うためのおまじない、深呼吸をはじめる。
冬花「すぅぅぅぅ、はぁぁぁーーー」
ひとつ、ふたつ、みっつ・・・
何回も繰り返すうちに、心の波はどんどん穏やかになっていく。
今なら平常心で配信を始められそうだ。
冬花「夏葉さんは初めて”春花”になる前、どんな気持ちだったのかな・・・?」
配信直前だというのに、私が考えたのは春花さんのことだった。
配信準備の最後に、タイトルを書き込むと
私は配信開始のボタンを押した。
〇ラジオの収録ブース
心臓の音を聞きながら変化を待っていると、早速書き込みがあった。
オレオ「『こんばんは~! 山茶花さんが配信?!』」
開始ボタンを押してわずか5秒後の出来事であった。
冬花(はやっ!)
冬花「こn、こんばんは。オレオさん、ご挨拶ありがとうございます!」
こんなに早く誰かが来るなんて想像さえしていなかった私は焦って、挨拶を噛んでしまった。
オレオ「『お! なんだか配信者っぽいw』」
冬花「ふふっ、まだ挨拶しただけですよ」
おだてられただけであったとしても、私は嬉しかった。
オレオさんとそんなやり取りをしていると、他にも数人のリスナーが挨拶を書き込んだ。
みんな一様に、私が配信をしているという事実に驚いているようだった。
冬花(まぁ一番驚いてるのは私だけどね)
冬花「ウーロンさんとやまちさん、ご挨拶ありがとうございます! こんばんはっ!!」
オレオさんのおかげか、先ほどよりもスムーズに挨拶をすることができた。
シナリオを考えている時は「独りで話す」というイメージだったが、
実際やってみると、「おしゃべりをしている」という感覚に近かった。
冬花(うん! これなら30分いけそうっ!)
私は自信を付けて、配信を進めることにした。
冬花「えと、私が今日配信をしようと思ったのは、春花さんがきっかけです──」
冬花「でも、憧れて同じように配信をしたいって思ってるわけじゃなくて、」
冬花「春花さんがいない間、”みんなが集まれる場所をつくりたい”って思って・・・」
冬花「それから春花さんに「みんな待ってるよ」って伝えたくて、配信をすることにしました!」
私は自分の想いを嘘偽りなく口にした。
すると、
一同「『(*゚▽゚ノノ゙☆パチパチ』」
3人のリスナーが、春花さんに普段送っている顔文字で応えてくれるのであった。
やまち「『ちょっとみんなにお知らせしてくる』」
やまちさんは脈絡なく、そう書き込んだ。
冬花「えと、みんなって・・・?」
理解できずに私は聞いたが、やまちさんからの回答はなかった。
しかしその数秒後、
──コメント欄がものすごい速さで流れ始めた。
冬花「えーーっ?!!! なにこれー!?!?」
予想だにしない挨拶の嵐が吹き荒れるのを眼前に、
ビギナー配信者の私には、なすすべもなかった。
わたわたとしている間に、たくさんの人のコメントが流れて行ってしまい、
冬花「みなさん、ご挨拶ありがとうございます」
冬花「一人ひとりお名前呼べなくてごめんなさい」
と、言うのが精いっぱいだった。
そして、どういうわけか、並んでいたお名前は見たことがあるものばかりであった。
冬花「なんでこんなにいっぱい、みんなが・・・?」
嵐がひと段落したところで、混乱する私にオレオさんから説明があった。
オレオ「『やまちさんが、春花ちゃんを応援してる人たちのコミュニティに書き込みをしたみたい』」
冬花「──そんな。でも、配信してるのは私なのに・・・。なんでみんな来てくれるの?」
オレオ「『だってわかるから』」
オレオ「『山茶花さんが春花ちゃんのために何かしようとしてるんだってことが──』」
オレオ「『配信タイトルの”リスナーラジオ”。これってそういうことだよね?』」
オレオさんの言葉に、鼻の奥がツンとするのを私は感じた。
オレオ「『みんな、春花ちゃんのことを心配してる』」
オレオ「『だけど、そんな想いを吐き出せない人も、たくさんいたと思う』」
オレオ「『だから山茶花さん、」
オレオ「──こういう場をつくってくれて、ありがとう』」
冬花「・・・」
冬花「そっか、そうだよね・・・」
冬花「私たち、おんなじ気持ちだったんだね」
冬花「・・・」
冬花「みんなっ! 私たちのこの気持ち、」
冬花「一緒に春花さんへ想いを届けよう!!」
一同「『おーーーっ!!!』」
冬花「じゃあ早速、最初のコーナーいくよ! ”春花さんクイズ”!」
冬花「春花さんのちょっとおかしな口癖はなんでしょう」
冬花「次の4つから選択してコメントで答えてください! 時間は20秒です!」
冬花「では・・・、スタート!!」
冬花「・・・」
──私の配信なんて誰も来ない
それは間違いだった。
私は、誰かの気持ちや感情をわかっていたつもりだった。
だけど、本当は私が知っていたのは、
表面的なほんの一部だけだったのかもしれない。
だって──
胸が痛くなるほどのこんなあったかい気持ちを、私は知らなかったのだから。
〇学校の屋上
初めての配信から5日。
私は毎日配信を続けていた。
その間、彼女が私の配信に来ることも、SNSで近況をアップすることもなかった。
私たちの想いが届いているかは、ずっとわからないままだ。
だけど、それでも私は──
私たちは、今日も配信をする。
彼女を待ち続ける。
だってこの輝く世界をくれたのは──
あなただから。
冬花「ね! 春花さん?」
第一話で独り暗い世界に閉じこもっていた冬花さんが配信まで!? 何だか感動しますね。
そしてその配信を支える人達は、夏葉さんの歌と優しさによって築かれたコミュニティの方々。胸が温かくなる優しい世界ですね!
いいお話で泣きそうになりました。冬花ちゃんの夏葉に対する気持ちがとてもよく伝わりました。
いや下の階なんだから励ましに行ってよ!と、少し思わなくもないけど、彼女らしいです。
欠伸の後の涙、スマホのしまってあるポケットの位置、細かくて素敵です。