第17話:嘘吐きのパラドックス<episode.3>(脚本)
〇名門の学校
城間龍昇「ここが敷島さんのいる大学か」
龍昇は敷島の勤務する国立大学の
法医学教室を訪れた。
司法解剖へ回されたキョウジの遺体を、
サイコメトリーさせてもらうために。
〇大教室
敷島珠里「その願いは聞き入れられないよ」
敷島珠里「確かに生身の人間よりは 負担は少ないかもしれない」
敷島珠里「・・・だけどそんな危険な事、 君に何のメリットがあるの?」
敷島にしては厳しく咎めるように
問いかける。
だが龍昇は怯む事は無かった。
城間龍昇「敷島サン、この前俺に覚悟があるかって 聞いてきたじゃないですか。 累と向き合う覚悟ってヤツ」
城間龍昇「・・・ずっと考えたんですけどね。 ぶっちゃけ、あいつには振り回されて ばっかりで正直うんざりしてるんですよ」
城間龍昇「キレ者でエリートで実家が太くて 真面目な美男子なんて外っ面だけで、 それを剥がせば、あら不思議」
城間龍昇「滅多にお目に掛かれない位の性格の悪さと 融通の利かなさ、そして腹黒さ。 上司や部下に恐れられる腫物扱い」
城間龍昇「好きじゃないって言っても強引で、 すーぐ弱みに付け込もうとする。 何度愛想を尽かした事か」
累への不満をすらすらと話す龍昇。
言葉を区切ると、敷島の目を
まっすぐに見据えた。
城間龍昇「――でも、そんなあいつを理解出来るのは 俺だけだと思ってるんです」
城間龍昇「だから・・・ 向き合う覚悟は十分に出来てます」
決して長い付き合いではない。
初めての出会いも良いものではない。
今でも互いを褒める事よりも、
言い合う事が多い。
それでもこの短い期間、累に接してきて
「三守累」という男を誰よりも
知っている。
そんな自負があった。
城間龍昇「あいつが今すべき事は出世街道から 外される事でも、疑心暗鬼になって 悲劇のヒロインぶる事でもない」
城間龍昇「一刻も早く事件を解決し、 犯人を捕まえる事だ」
城間龍昇「そのためにはどうしても 敷島さんの助けが必要なんです。 どうかキョウジに会わせてください」
深々と頭を下げる龍昇に、
敷島は大きく息を吐くと──
敷島珠里「・・・今度の呑み代、サービスしてよね」
そう言って、小さく微笑んだ。
〇手術室
龍昇は敷島に連れられ
遺体解剖室にやってきた。
中央に置かれたベッドの上には、
人が1人すっぽり収まる
大きな灰色の袋がある。
城間龍昇(あの中にキョウジが・・・)
敷島珠里「ちょうどさっき司法解剖が 終わったばかりなんだ」
敷島がベッドの上の納体袋を開くと、
キョウジの顔が現れた。
〇グレー
〇手術室
敷島珠里「正直キョウジくんには 死の記憶は無いと思う」
敷島珠里「背後からスタンガンを押し当てられ、 気絶させられた後に 首をナイフでかき切られているから」
死因は失血死。頸動脈を深く切られ、
即死状態だったという。
犯行時刻は3日前の昼間。
龍昇が酔っぱらったキョウジを
タクシーに押し込んだ翌日の事だ。
近所のコンビニに行き、
帰ってきたところを殺されたらしい。
城間龍昇「俺はキョウジの記憶では無くて、キョウジに触れた人物の記憶を読もうと思ってます」
城間龍昇「犯人が犯行時に一番触れていたもの・・・」
城間龍昇「キョウジの体に犯人の記憶が 残っているんじゃないかと」
敷島珠里「遺体に残る記憶って事だね・・・」
血の気の失せた、キョウジの顔。
城間龍昇(・・・綺麗にしてもらったんだな、 キョウジ)
キョウジとの色々な思い出が胸に過り、
ずきりと痛む。
城間龍昇(短い間だったが・・・色々あったよな)
心の中で問い掛け、
その額に手を触れる。
そしてゆっくりとキョウジの死の記憶を
読み上げていった。
〇ベビーピンク
キョウジ(この店は・・・とても良い店だなぁ)
PARAISOでの充実した日々の風景が
龍昇の脳裏に浮かび上がる。
同時に感じる感情は楽しさとやりがい、
そして充実感という陽だまりのような
あたたかなものだった。
キョウジ(下っ端で毎日大変だけど、 みんな仲間だって言ってくれる―― あの店の様になじられ、蔑まれる事も無い)
キョウジ(パライソに来て良かった・・・ 龍昇さんと出会えて良かった)
龍昇に対しての感謝がキョウジの記憶の
欠片にたくさん散らばっていた。
城間龍昇(あいつ・・・ こんなに喜んでくれてたのか・・・ もっともっと、生きたかったよな)
思わず目頭が熱くなるが、
龍昇は手のひらで拭った。
城間龍昇(感傷的になるのは後だ・・・ もっと、集中して・・・ 犯人の記憶を手繰るんだ)
キョウジの体の中にあるキョウジの記憶とは別の、もうひとつの誰かの記憶。
それを龍昇は慎重に探っていく。
城間龍昇(・・・ん?)
〇モヤモヤ
黒い、霧のようなものがキョウジの記憶の
欠片を包み始めた。
その霧は薄く、しかし段々濃くなり・・・
霧の中から声が聞こえてくる。
???「・・・いなくなれよ」
地の底から、響くような低い声。
???「パライソの従業員、客、 歌舞伎町の住人・・・」
???「あの人に取り入ろうとする人間、 みんないなくなれよ」
???「・・・あの人もなんで俺以外と楽しそうに 話すんだよ、微笑むんだよ・・・」
???「でも・・・あの人は言ってた。ホストって 仕事が好きで、天職だって・・・ だから・・・許すよ」
城間龍昇(見つけた・・・犯人の記憶)
激しい憎悪はゆっくりと静かに、
澱の様にたまっていく。
しかし。
黒い感情は突如、昂揚し、
激しい怒りを露にする。
???「死ねっ! 死ねっ! 死ねーっ!!!」
何かを握り、かき切った感触。
城間龍昇(犯人がキョウジを殺した感覚か・・・)
手に残る感覚に龍昇は嫌悪した。
???「俺・・・なんで、 こいつを殺してしまったんだ?」
次に襲う感情は戸惑い、焦り、動揺。
しかし、人を殺した事への悔恨は
一切無い。
あるのは「計画」を台無しにしてしまった事への後悔だけ。
???「クソッ、せっかくの計画が台無しだ」
???「でも許せなかったんだ! あの人の同情を 買って、近づいて・・・パライソで働きだして・・・そこまでは許せた。でも・・・」
???「あろうことか、抱き付いたっ!」
城間龍昇(抱き付いた・・・?)
???「三守の弱みを掴んで、警察や歌舞伎町から追い出す計画がうまく行ってたのに!」
???「なんでおまえがしゃしゃり出て来るんだよ、キョウジぃっ!」
城間龍昇(こいつは・・・間違いない、 腕を送って来た犯人だ・・・ やっぱり累への嫌がらせか・・・)
城間龍昇(でもなんでキョウジを殺したんだ? 混乱具合から、発作的に殺したみたいだが)
城間龍昇(そして・・・ なんでこんなに累を恨んでいるんだ?)
キョウジに対する呪詛をまき散らす男は
やがてひとつの回答を見つける。
???「でも・・・まてよ?」
???「こうやって邪魔者を殺していけば・・・ そうすればあの人にちょっかいを出す男が いなくなるんじゃないか?」
???「――そうだ。そうだよ。 回りくどい嫌がらせなんて止めて・・・ 三守も殺せば良いんだ」
城間龍昇(は? こいつ、何言ってるんだ?)
???「いや、三守は殺すだけじゃ足りない・・・ 苦しめて苦しめて・・・ 絶望の中で殺してやりたい」
???「決めた。生きたまま切り刻まれた兄貴のように、おまえも殺してやるよ――三守累」
???「あの人もきっとそれを望んでる。俺は知ってるよ、あの人は──」
城間龍昇(あの人って、もしや・・・)
???「本当は・・・俺の事が好きなんだよね、 龍昇さん」
城間龍昇(・・・俺の事、なのか)
そして感じたのは・・・
吐き気がするほどの不快。
???「そっか、焦らしたのは自分に手を出そうとする男を殺して欲しいからなんだよね。 大丈夫、ちゃんと分かってる」
???「だから・・・龍昇さんもわかってるよね? ――龍昇さんを愛して、 理解出来るのは俺だけだってこと」
城間龍昇(・・・イカレてやがる。気持ち悪い・・・)
人に好意を持たれる事を、龍昇は生まれて初めて心の底から拒否した。
〇手術室
城間龍昇「・・・・・・」
キョウジの額から手を離し、
不快感を露わにする。
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