第13話:ネモフィラの祈り<episode.6>(脚本)
〇校長室
大原田篤史「クソ・・・」
ブラインドの隙間から大通りを見下ろし
大原田篤史(オオハラダ アツシ)は
憎々しげに呟いた。
記者らしき人物が数人、
こちらのビルを見上げている。
コンコン
大原田篤史「誰だ、入れ」
ガチャ
ドアが開き、
段ボールを持った男が入って来る。
大原田篤史「配送業者か? だったらここではなく・・・」
大谷義彦「──石井直人を知っているか?」
義彦の抑揚の無い問い掛けに、
大原田は一瞬反応したが
すぐに迷惑そうに吐き捨てる。
大原田篤史「はぁ? 誰だそれ。そんなカスを知るわけないだろ、さっさと出て行ってくれ・・・」
そう言ってデスクに戻ろうとするが・・・
大原田篤史「な、なんだ!」
義彦は段ボールを投げ捨て、
大原田を無理やり自分の方へ向かせた。
大原田篤史「ひ、ヒイッ・・・!」
大原田の顔面に
隠し持っていたナイフを突き付ける。
大谷義彦「直人の事を知らないくせに、 なんでカスだなんて言葉が出るんだ?」
城間龍昇「やめろ、義彦!」
大谷義彦「龍昇・・・アイル・・・三守さん・・・」
部屋の入口に現れた3人に
義彦は目を見開いた。
真渡愛瑠「駄目だよ、義彦。 そんなのナオが望んでない」
大谷義彦「分かってる! そんなのは分かってるんだ! でも、こいつを殺さないとっ・・・!」
愛瑠の言葉に耐えきれないように
義彦が叫んだ瞬間──
大谷義彦「・・・っ!」
累がナイフを蹴り飛ばした。
真渡愛瑠「やあっ!」
その隙に、愛瑠がタックルして床に倒す。
流れるような動作で累は
義彦を後ろ手に縛り上げた。
大谷義彦「放せっ! そいつは、 実の弟の直人を殺したクズなんだよ!」
大谷義彦「この手でぶっ殺してやらないと 気が済まねえ!」
呆然と立ちすくむ大原田を
義彦は憎悪に染まる目で睨みつける。
真渡愛瑠「実の弟って・・・ この人がナオの・・・お兄さん?」
大谷義彦「ナオはな、昔教えてくれたんだよ。 自分の出生も、家族の事も・・・全部な」
大谷義彦「でも、立派な仕事をしているおまえに 迷惑を掛けたくないから 一生黙ってて欲しいとも言われた」
大谷義彦「それなのに・・・おまえはそんなナオの 気持ちを踏みにじったんだっ!」
大谷義彦「殺させてくれ、頼む! こいつを俺に殺させてくれーっ!」
城間龍昇「――この、このクソ馬鹿野郎がっ!」
三守累「龍昇さんっ!」
累の静止を振り切り、
龍昇は拳を振り上げた。
真渡愛瑠「ちょっと龍昇っ! いくらクソ野郎でも 大原田を殴るのは・・・って、あれ?」
龍昇が殴ったのは大原田ではなく、
義彦の方だった。
城間龍昇「冷静になれよ、義彦っ! ナオは復讐なんて望んでねえんだよっ!」
大谷義彦「うるせえ! おまえになにが分かるんだよ!」
城間龍昇「おまえの気持ちなんてわからねえよ! でも・・・ナオの気持ちは分かるから 言ってんだよ!」
大谷義彦「!」
城間龍昇「ナオは俺に口寄せされても良いように こいつの記憶を自分の中から必死に消した」
城間龍昇「こんなクソみたいな兄貴でも、自分を殺した犯人でも、アイツはかばおうとした!」
城間龍昇「それに・・・こいつを殺したところで、 おまえは絶対後悔する」
城間龍昇「俺はおまえみたいな、復讐のために・・・ 犯人を殺した人の記憶を知っているから」
〇黒背景
松本(こいつを殺せば何か変わると 思っていたのに)
松本(なんで、辛い気持ちが 募っていくばかりなんだ・・・)
『俺はこの人たちから
大切な人を奪ったんだ・・・
こいつと同じだ・・・!』
〇校長室
城間龍昇「でも何も変わらなかった! 逆にその人は死ぬほど後悔して、自分を 追い込んで・・・そして自ら死を選んだ!」
城間龍昇「死んで残ったのは 優しい恋人への罪悪感だけ!」
城間龍昇「ナオはおまえに そんな思いを背負って欲しくなかった!」
城間龍昇「それよりもおまえに 感謝を伝えようとした・・・」
城間龍昇「あいつの優しさを、おまえへの愛を・・・ 無駄にするんじゃねえ!」
龍昇の必死の訴えに
義彦は泣きそうな顔で歯を食いしばる。
少しだけ義彦の覚悟が揺らいだ──
大原田篤史「――ゲイ風情が愛とか、優しさとか・・・ バカバカしい」
大原田がいら立つように吐き捨てた。
城間龍昇「なん、だと?」
大原田篤史「確かにあの男は親父の隠し子だ。 でも、俺はあいつを殺していない。 あの花屋にも足を運んでいない」
大原田篤史「だってそうだろ? あんな格下の、しかも ゲイを殺す理由なんて、俺には無い。 ――それに弟だとも思っていない」
汚いものを見る様に義彦を見下し、
せせら笑う大原田。
大原田篤史「分かったなら、全員ここから出ていけ」
城間龍昇「本当に・・・お前は殺してないんだな」
大原田篤史「当たり前だろ、 それ以上言うと名誉棄損で訴えるぞ」
城間龍昇「じゃあ・・・」
龍昇は大原田の額に手を当てる。
大原田篤史「なんだ、いきなり人の頭に障るなんて 失礼だぞっ! その汚い手をのけろっ!」
大原田は不快そうに龍昇の手を払おうと
するが、その手は額から離れない。
龍昇の表情は真剣そのものだ。
三守累(もしかして・・・)
城間龍昇「――俺に見せてみろよ、おまえの記憶を」
三守累(龍昇さんは・・・生きている人間を サイコメトリーしようとしている?!)
龍昇は左手に意識を集中させ、
大原田の記憶の中へ飛び込んだ。
〇古いアパート
城間龍昇(これは・・・大原田の記憶か)
若く綺麗な母親と、
母親似の可愛いらしい男の子。
2人は手を繋いで雪の降る中、
ボロボロのアパートに入っていく。
大原田篤史「あれが・・・父さんの愛人と隠し子か」
車の中からその様子を眺めている大原田の胸中は・・・複雑なものだった。
父は大物政治家で、母は父の恩師の娘。
全てにおいて恵まれている自分。
それに引き換え、
決して恵まれていないはずの2人なのに、
とても幸せそうだったからだ。
父は選挙区を継ぐため結婚したに過ぎず、
大原田家は冷え切っていた。
大原田は親に手を繋いでもらった事は
無かったし、あんなに優しい眼差しで
見つめてもらった事もなかった。
『俺は・・・』
大原田はそんな自分が
とてもみじめに思えた。
『だから俺は父の死後、
女に手切れ金を無理やり渡した』
『今後決して自分の前に現れない様に、
二度と俺の心をかき乱さないようにと』
直人の母親らしき女性は
困った様に封筒を返そうとするが、
大原田はそれを地面に叩きつけた。
〇不気味
その後、大原田の記憶はコマ送りで進む。
父の後を継ぐために勤しむ選挙活動。
有権者への街頭演説、初当選に、結婚。
そして、政治家や官僚への接待の日々。
だが、そんな記録映画の様な記憶は
突如途絶える。
〇校長室
東京に構えた事務所。
そこに入ってきた1人の青年に、
大原田の心は激しくかき乱された。
石井直人「こんにちは、フローリスト・スナオです。 お花を届けに・・・」
城間龍昇(ナオだ・・・やっぱり)
直人は驚いたように大原田を見つめるが、
ふっと寂しげに笑うと
そのままお辞儀をして部屋を出て行った。
大原田篤史「そうだ、 おまえと俺は住む世界は違う・・・」
大原田篤史「だから知らないふりをしたまま、 口を噤め・・・一生な」
〇校長室
幹部「困るんですよ、この大切な時期に・・・」
テーブルにたたきつけられた週刊誌。
そこには大原田の不倫と汚職の記事が
スキャンダラスな見出しで踊っていた。
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