レクイエム・ライセンス

若海 葉

普通の朝と、夜(脚本)

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〇空
  蒸し暑い九月の朝。目を覚ました僕は何の気なしにテレビを点けた。
  名前も知らない芸能人のスキャンダル。場所も知らない町の新店舗オープンの宣伝。見た目も知らない怪人が起こした襲撃事件。
  モニターの向こうは、いつもと変わらないニュースばかり。僕は溜め息を吐きながら外に出た。

〇白いアパート
松島凛人(この3階建てのアパートに越してきて、そろそろ半年になる。ここに越してきてから、変な事、嫌な事、不可解な事ばかりだ)
松島凛人(顔を合わせたことも無い下の階の人はしょっちゅう狂ったような金切り声を上げているし・・・・・・)
松島凛人(上の階の人なんて、毎日同じ時間に暴れまわっている音が聞こえる。一体何してるんだか・・・・・・)
松島凛人(こうもおかしな人ばかりだと時々、向こうが普通で自分がおかしいのか?って思っちゃうよ・・・)
松島凛人(まあ、今悩んですぐ解決することでもないし、やるべきことをやらなきゃ。今日はごみ出しの日だったな)

〇白いアパート
松島凛人「うわあ、ゴミ捨て場の塀の落書き、また増えてる!酷いなこりゃ、前から貼ってあったポスターの上にまで・・・!」
松島凛人「うーん、絵はぐちゃぐちゃだけど、文字は何とか読めるか。そういえばちゃんと読んだことないかもな、どれどれ・・・」
  この近辺怪人出現報告地域! 怪しいことがあったらヒーロー管理局に連絡しましょう! 1/25日掲載
松島凛人(ここに怪人が出たんだ・・・そういえば噂になってたな。僕が越してくる一ヶ月と少し前、か)
松島凛人(でも何かあってから連絡しても遅いだろ・・・怪人が相手じゃヒーローが来るまで待ってくれないでしょ・・・)
松島凛人(市民の通報に頼ってないでもっとヒーローを増やして、パトロールを強化してくれればいいのにな・・・)
松島凛人(そのついでに、アパートの迷惑住人にも注意してくれればいいのに・・・)
松島凛人(多少大変でもヒーローになりたい奴なんて、大々的に募集すればいくらでも集まりそうだけどな・・・)
松島凛人(あ、でも責任感のいる仕事だし、そう簡単に採用できないか。免許制だったり適性試験とかあるのかも・・・)
松島凛人(更新の時はみんなヒーロー姿のまま筆記試験とかスポーツテスト受けてたりして!)
松島凛人「ふふ、ははは・・・想像すると何だか可笑しいな・・・」

〇白いアパート
松島凛人(あっ誰か来た!一人で笑ってたら変に思われちゃうな)
松島凛人(・・・良かった、十和君だ)
  おかしな住人たちの中で唯一普通な存在がお隣さんである彼、奥瀬十和君だ。
  僕が引っ越してきたときに、唯一挨拶に来てくれた子で、その時聞いた限り、僕よりひと月位前にここに来たらしい。
  知り合って以来、会うたびに世間話をしたり、困ったことがあったら互いに頼る程度の関係が続いている。
  近くの大学に通う学生で、音楽が趣味なのか、薄い壁を通して色々な楽器の音が彼の部屋から聞こえてくることがある。
  まあ、それ以外のことはあまり知らないんだけど、とても優しい子で僕は弟のように思っている。
松島凛人「十和君、おはよう」
奥瀬十和「あ、松島さん!お早うございます」
松島凛人「今日はいつもより早いね?」
奥瀬十和「ああ、あんまり寝てないけど目が覚めたからもう起きちゃおうと思って」
松島凛人「夜更かしするなんて珍しいね。でも気をつけなよ、この辺僕が来る前に怪人出たんでしょ?」
奥瀬十和「ああ、ありましたね」
松島凛人「ま、噂の限り大したことない怪人だったらしいけどね。ヒーローが来たら戦わずに逃げたらしいし・・・・・・」
松島凛人「その時ちゃんと追いかけて倒してくれたらよかったのにね!」
奥瀬十和「へー」
奥瀬十和「でも昨日は部屋にいたので大丈夫ですよ。何というか、免許取るために勉強してたら夜更かししちゃって・・・」
松島凛人「車の免許?大学も近くだし、まだ要らないんじゃないの?」
奥瀬十和「色々持ってないと将来生活に困りそうなんでねぇ」
松島凛人「しっかりしてるなあ、寝る時間確保できてる? 最近ギターの練習もしてるでしょ?」
奥瀬十和「え、聞こえてました? すみません、うるさくて眠れないでしょ?」
松島凛人「いや全然! 凄く上手いし、子守歌代わりになるからむしろ歓迎っていうか・・・・・・」
松島凛人「あんまり周りの事は気にしないで好きに練習してね!」
奥瀬十和「・・・・・・そうですか、なら良かったです」

〇街中の道路
奥瀬十和(あーあ、何だかすっかり遅くなっちゃった・・・・・・早く帰って演奏の練習しなきゃ!)
  人通りの少なくなった時間。夜道を歩く奥瀬十和に、刃物を手にした異形の影が忍び寄る。
  人通りが少ないのは時間のせいだけではなく、人間は皆異形の持つ刃に恐れをなして逃げ出したのか、それとも既に・・・
  刻一刻と迫ってくる硬質の足音を、十和は気にも留めない。
  やがて異形は彼の真後ろで足を止めた。異形は彼に向かって血のこびり付いた腕を振り上げ・・・・・・
ミカサミ「息災か、トワイニーグ」
  ・・・親し気に語り掛けた。
奥瀬十和「何だ、ミカサミか・・・」
ミカサミ「何だは無いであろう、拙者はお前にとって数少ない同期の桜ではないか」
奥瀬十和「あーはいはいそうでしたね、同じ日に入所したのに先に免許取って戦闘に裏工作に大活躍中のミカサミ様?」
  進行方向に向き直った十和に、ミカサミはごく自然についてくる。
  十和は迷惑そうな表情を作ったが、素振りだけだ。ミカサミがこのままだと家までついてくるのを本気で追い払おうとはしていない。
ミカサミ「拗ねないでおくれよ、お前もあと最終課題で終いであろう?」
奥瀬十和「この世にはもう少しだって思ってから終わるまでに、もう少しって思うまでと同じだけ時間がかかることがあるんだよ!」
ミカサミ「ま、戦闘免許は遅かれ早かれ取らざるを得ない、苦労は今のうちにしておけ、ハ-ッハッハ!」
奥瀬十和「成功者の上から目線、腹立つ~・・・」
奥瀬十和「とは言え、何処の担当になっても有事に戦える奴の方が待遇良いもんな・・・」
奥瀬十和「免許が必要なのは格上のヒーローと無理に戦って人員がロストするのを避けるためらしいし・・・」
ミカサミ「そういう訳だ、面倒に思えても意味があると言う事であろう」
奥瀬十和「俺もさっさと免許取って昇給して、もっと良い部屋に住みたい・・・」
ミカサミ「壁が薄くて周囲に音がよく回るから気に入っているのでは無かったか?」
奥瀬十和「そりゃ能力の実験場としてだよ。自宅としては最悪」
ミカサミ「して、どんな成果を最終課題として提出するのであったか?」
奥瀬十和「・・・・・・対外敵用精神操作音波演奏」
ミカサミ「あー、お前のアパートの住人が皆様子がおかしいのはお前が音波攻撃の実験をしているせいか・・・」
ミカサミ「住人全員を発狂させられているのなら、もう殆ど完成しているのではないか?」
奥瀬十和「まだ・・・・・・まだ一人正気な奴がいるんだ」
ミカサミ「良いではないか一人ぐらい?」
ミカサミ「音波攻撃は一度に広範囲に効果を及ぼせるという長所もあるが・・・どうしても年齢や耳の構造によって効きやすさに差が出る」
ミカサミ「個人の研究でそこまで出来れば上等であろう」
  ミカサミは仮面のような自分の顔の、人間でいう耳の有る辺りをとんとんと叩いた。
  ・・・十和はお前の耳はそこで良いのか、と聞きたくなったがやめておいた。
奥瀬十和「俺だって・・・俺だって昨日まではもうそれで良いと思ってたさ」
ミカサミ「ほう、ではそこまで完璧を目指す理由は如何に」
奥瀬十和「そいつと今朝話したら、そいつは発狂どころか至って正気で・・・」
奥瀬十和「しかも、俺の演奏を子守唄みたいだとかぬかしやがって・・・」
奥瀬十和「・・・しかも、しかも! 俺がここに来た時の事馬鹿にしたんだ!」
ミカサミ「ああ、此処に居を構えた頃、向こうの通りで思いがけず上級戦闘対象と鉢合わせしたという時か」
奥瀬十和「戦わなかったんじゃねーし・・・」
奥瀬十和「免許無いから戦えないんだし!」
奥瀬十和「あの程度実際戦ったら倒せてたし!!!」
ミカサミ「おお・・・すごい気迫よのう」
奥瀬十和「だから決めたんだ! 絶対にあいつ・・・松島を発狂させて・・・」
トワイニーグ「・・・『対上級ヒーロー戦闘免許』の最終課題に花を添えてやるって!」
トワイニーグ「もう子守唄だなんて言わせない、俺の演奏が奴への鎮魂歌だ!」
トワイニーグ「耳かっぽじって待ってろ、松島!」
ミカサミ「擬態が解けておるぞ・・・」
トワイニーグ「お、お前だって最初からすっぴんだろうが!」

〇黒
  奥瀬十和こと音波怪人トワイニーグは「怪人派遣所」に所属する駆け出しの怪人である。
  そして、彼を雇っている『怪人派遣所』はヒーロー管理局と戦い、世界を影から操る巨大秘密結社・・・
  ・・・と言うにはいささか庶民的だが、とにかく両組織は日夜戦い、鎬を削っている。
  彼は組織の目的を果たすため、ではなく自分の生活の安定のため、ヒーローと戦う・・・のを目標に、日々勉強中なのだ。
  なおこの数か月後、彼は勝手にライバル認定したお隣さん、松島凛人と意外な形で会うことになるのだが・・・
  ・・・それはまた別のお話。

コメント

  • 正常であることが実は異常だった、という展開に一本とられました。松島くんなら、ジャイアンリサイタルもうっとりと聴き入りそう。ラストでなんかのフラグが立ったけど、彼は一体何者なんでしょうね。

  • 冒頭に松島くんが言っていた、『もしかして自分が普通ではないのかも・・』というセリフが何かを予感していたかのようですね。弟のようだと親しみを持っている相手が怪人だと知ったときの彼のショックを想像しました!

  • 思わぬ形でフラグ立てちゃった松嶋くん。
    明日はどっちだ!

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