読切(脚本)
〇桜並木
春、それは何かが始まる季節。
例えば、人間関係もその一つだ。
〇教室の外
名倉紘一「新美さん、それで用は何かな?」
新美彩佳──その女の子は、俺の隣の席の子だ。
わざわざ校舎裏に呼び出されたのだ。
これは、いわゆる「告白」というやつではないだろうか。
新美彩佳「あのね、名倉君」
新美彩佳「私、実はずっと言いたかったことがあるの・・・」
震えた声、赤くなった頬。
俺をまっすぐ見つめる、うるんだ瞳。
これは間違いなく、俺のことが好きだろ!
名倉紘一「もちろん・・・」
「喜んで彼氏にならせていただきます!」と、言おうとした瞬間。
新美彩佳「朝から、ズボンのチャック開いてるよ」
名倉紘一「・・・は?」
言葉につられて、視線を制服のズボンにやると──
社会の窓からは俺のお気に入り、クマのポーさん柄のパンツが「こんにちは」をしていた。
名倉紘一「しまった!?」
ポーさんとは、昔に流行った黒いクマのゆるキャラだ。
俺は好きなんだけど、男子高校生が履くには、少し子供っぽい。
それをよりにもよって、新美さんに見られたなんて。
新美彩佳「クスクスクス。 ポーさんパンツって、なにそれ」
穴があったら入りたいような気分だ。
というか、もしかして。
名倉紘一「校舎裏に呼んだのって・・・」
新美彩佳「ああ、この事を伝えるためだよ」
新美彩佳「こんなこと教室の大勢の中で伝えるわけにはいかないじゃない、プッ」
思い出したように、噴き出して笑う新美さん。
名倉紘一「そんなこと気にしなくてもいいのに・・・」
名倉紘一「・・・ってか、笑いすぎ!」
今にして思うと、震えた声も赤くなった頬もうるんだ瞳も、笑いをこらえていたものだったのだと気づいた。
告白だって思い込んでいた数分前の自分をぶん殴ってやりたい。
新美彩佳「ポーさん好きなの?」
名倉紘一「ああ、家にグッズがあるくらいには好きだよ」
新美彩佳「意外。名倉君って、子供っぽいところもあるのね」
校舎裏で、クラスメイトの美少女と談笑。
これはこれで悪くないような気がするから不思議だ。
ただ、一つ言わせてほしい。
新美さん、思わせぶり過ぎない?
〇空
夏、それは何かが進展する季節。
人間関係はその代表例だ。
〇教室
新美彩佳「暑いねー」
名倉紘一「ホントにね」
新美さんは夏服の首元をパタパタとしており、そのたびに胸元が見えるのが何だか気まずくて、目をそらす。
新美さんとは、依然として隣の席だ。
春に起きた「社会の窓事件」(命名者:俺)から、フランクに会話できる仲になった。
新美彩佳「彼氏欲しーなー」
名倉紘一「・・・いきなり、どうしたの?」
唐突にそんなことをいうものだから、少し反応が遅れてしまった。
新美彩佳「いや、そろそろ夏休みじゃない」
名倉紘一「そうだね」
新美彩佳「色々イベントもあるし、彼氏がいたらもっと楽しいかなって」
名倉紘一「新美さんなら、すぐ作れると思うけど」
新美さんは学校でも一、二を争う美少女だ。
その気になれば、簡単に彼氏なんて作れそうだ。
新美彩佳「実はさ」
何か月か話すようになって知ったが、新美さんは「実はさ」という前置きをよく言う。
秘密にしていたことを告白するときは、必ずと言って言うのだ。
新美彩佳「私、同級生の男子とは緊張してうまく話せないの」
名倉紘一「俺とは自然に話せてると思うけど」
新美彩佳「名倉君は特別」
名倉紘一「え?」
一瞬、時が止まったような感覚に陥った。
「ナクラクンハトクベツ」。
それって、つまり。
俺のことが好きだったり。
新美彩佳「名倉君って、弟みたいなんだよね。 変に抜けてるところあるし」
ズボンのチャック開いてたり、と新美さんが付け加える。
名倉紘一「・・・ヘ?」
思ってもいなかったことが返ってきて、一瞬頭がフリーズしてしまった。
・・・ちくしょう、男心をもてあそばれたような気分だ。
ただ、一つ言わせてほしい。
新美さんって思わせぶりだよな?
〇学園内のベンチ
秋、それは振り返る季節。
人間関係もその例に漏れない。
〇教室
名倉紘一「はぁ、新美さんと違う席になってしまった」
二学期早々、席替えがあった。
新美さんともっと隣でいたかった俺としては、残念でしょうがない。
こんな風に思うのも、きっと新美さんのことが好きになってしまったからだ。
俺の席は前回と変わらず、右から三列目の最後尾。新美さんは窓際の最後尾。
チラッと横目で新美さんを見る。
クラスメイトの女子と何か話しているようだ。
女子生徒「新美さん、次はこの席なんだー」
新美彩佳「そうなの、ちょっと残念。 前の席に戻りたいなー」
え? 前の席に戻りたいって、つまり。
新美さんも俺と同じ気持ちなんだろうか。
女子生徒「ええ、なんで? 窓際最後尾とか最高の席じゃん」
新美彩佳「実はさ」
実は? その先の告白が聞きたくて、少し椅子を左に倒して身を乗り出した。
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