阿鼻獄の女

高山殘照

3.凍てつく口(脚本)

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〇病院の待合室
岳尾 雄「なんか 毎週退院してるなあ」
岳尾 貴美子「退院できないよりマシよ」
岳尾 雄「ごめん そんなつもりじゃなかったんだ」
岳尾 貴美子「あ、母さんのこと?」
岳尾 貴美子「違う違う。こっちだって そんな意味じゃないって」
岳尾 雄「それでも、ごめん」
岳尾 貴美子「本当、不器用な人ね」
岳尾 貴美子(そんな人が なんで浮気なんか)
岳尾 貴美子「ちょっと電話してくるから 入院費の精算、やっといてくれる?」
岳尾 雄「じゃあATMで お金下ろしてくる」
岳尾 貴美子「・・・・・・」
岳尾 貴美子「どうしたの?」
岳尾 雄「なんかおかしい キャッシュカードを入れても」
岳尾 雄「『現在お取り扱いできません』 って出るばかりで」
岳尾 雄「引き出しも残高確認もできないんだ」
岳尾 貴美子「私がお金下ろしてくるわ それで支払いましょ」
岳尾 雄「ごめん」
岳尾 貴美子「いいのよ」
岳尾 雄「帰り、銀行に寄ってみるか」

〇木調
行員「岳尾 雄様ですね」
岳尾 雄「はい」
行員「お問い合わせの件、 確認いたしました」
行員「お客様の口座は現在 お取り扱いできません」
岳尾 雄「その理由を 知りたいんですが」
行員「お答えできません」
岳尾 雄「へ?」
行員「この件に関しまして 一切返答は致しかねます」
行員「また今後、当行における取引を 全てお断りさせていただきます」
行員「以上です お引取りください」
岳尾 雄「ちょ、ちょっと待って」
行員「これ以上留まれば 通報、ということになりますが」
岳尾 雄「通報・・・・・・?」

〇応接室
岳尾 貴美子「なにしたの? 口座凍結だなんて」
調 達也「ご主人の口座に 送金しただけですよ」
岳尾 貴美子「それだけ?」
調 達也「はい、それだけです」
岳尾 貴美子「タネを聞くこと、できる?」
調 達也「構いませんよ 単純でも、真似はできませんから」
調 達也「個人の口座が凍結する理由は 大まかにいって3つ」
調 達也「まずは、本人の死亡」
調 達也「遺産持ち出しを防ぐため 凍結して保護するわけです」
調 達也「次は、裁判所等による 差し押さえ」
調 達也「口座さえ抑えれば どんな被告も、すぐに白旗上げます」
岳尾 貴美子「でしょうね」
調 達也「さて、今回採用したのは3番目 『反社会的勢力との繋がり』です」
岳尾 貴美子「反社?」
調 達也「やつらの行動原理 それは、金です」
調 達也「で、金の保存場所といえば だいたい口座でしょう」
調 達也「現金って、かさばるんですよ 億ともなれば、置き場所にも一苦労」
調 達也「保管できない金なんて なんの意味があります?」
調 達也「金がなくなれば 反社なんて自然消滅です」
調 達也「つまり、口座を凍結することこそ 反社を潰す一本道」
調 達也「だからこそ日夜、銀行は 怪しい取引をサーチしてるんです」
岳尾 貴美子「言うまでもないけど 雄さんは普通の会社員よ」
調 達也「繋がりを臭わすだけでも 凍結対象になるんですよ」
調 達也「連中だってまさか 実名で取引しやしないでしょう」
調 達也「そこで、他人名義の口座を使う!」
調 達也「まあ、偽名で取引なんかできませんから 誰かのを拝借することになります」
岳尾 貴美子「バレないの、それ?」
調 達也「まあ、バレますよね 不審な取引は自動検出されますから」
調 達也「具体的には、送金先や金額 あとタイミングですね、引っかかるのは」
調 達也「無論、反社側も 検出パターンを調べ対策していくという」
調 達也「恥ずかしいくらいに イタチごっこですよ」
岳尾 貴美子「なんとなく分かってきたわ」
岳尾 貴美子「要は、反社の関与が疑われる取引を 偽装するということね」
調 達也「ノウハウなんて その筋では知れ渡ってますからね」
調 達也「回避することは難しくても わざと引っかかるのは、実に容易い」
岳尾 貴美子「でもそれじゃ、 雄さんが反社扱いされない?」
調 達也「通報案件に触れるか触れないか その匙加減が、この作戦の妙ですよ」
調 達也「第一、下手にやれば 捕まるのはこっちですからね」
岳尾 貴美子「真似できないという 理由がわかったわ」
調 達也「さて、ここからが ちょっとたいへんですよ」
調 達也「口座が凍結することは 四肢が凍りつくも同然です」
調 達也「実に痛く、苦しく、不自由だ」

〇豪華なリビングダイニング
岳尾 貴美子「とりあえず、光熱費の支払いは 私の名義にしておいたから」
岳尾 貴美子「家賃の引き落とし先も 私の口座に変えておきましょう」
岳尾 雄「ああ、助かるよ」
岳尾 雄「口座ひとつで大騒ぎだ」
岳尾 雄「あ、クレカの引き落とし先も 変えとかないと」
岳尾 雄「他の口座、凍結してないかな」
岳尾 貴美子(それは大丈夫って 探偵さん言ってたわね)
岳尾 雄「給料の振込先も変更しないと 気が重いな・・・・・・」
岳尾 雄「でもまあ、あの銀行で ローン組んでなくてよかったよ」
岳尾 貴美子「不幸中の幸いね」
岳尾 貴美子(口座の引き落としミスで 支払いが遅れるなんて、よくある話)
岳尾 貴美子(でもそれは信用情報を深く傷つけ、 下手すればブラックリスト入り)
岳尾 貴美子(そうなれば今後10年 ローンが利用できなくなる)
岳尾 貴美子(スマホを分割で買うことも クレカの発行も許されない)
岳尾 貴美子(まさに社会人としては致命的)
岳尾 貴美子(もし口座をすべて失ったら 人間は、生きていけるの?)
岳尾 雄「・・・・・・」
岳尾 貴美子(この人は、今 その恐怖に怯えているのね)
岳尾 雄「貴美子」
岳尾 貴美子「なに?」
岳尾 雄「君だけだ、頼りになるのは」
岳尾 雄「助けてくれ、僕を お願いだ」
岳尾 貴美子「ええ」
岳尾 雄「僕は、謝る資格もない 許してくれなくてもいい、だから」
岳尾 貴美子「もう怒ってないから 苦しいことはもう、終わり」
岳尾 貴美子「一緒に 楽しいことだけ考えましょう」
岳尾 貴美子(そう、ようやくここまで たどりついた)
岳尾 貴美子(雄さんの全部は 私の腕の中にある)
岳尾 貴美子(手にしてないのは ただ、一つだけ)

〇マンションのエントランス
岳尾 貴美子「今日もダメ、か」
岳尾 貴美子「・・・・・・いた!」
岳尾 貴美子「あなた」
岳尾 貴美子「アンナさんね」

次のエピソード:4.彷徨える星

コメント

  • 口座の妙は、調べたんでしょうか。リアルな感じで、恐怖が増しました。研究熱心さに頭が下がります。怖さ増し増しになってきました。次を見よう。

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