ハニーブレッド

入江恵衣

4話. 熔融(脚本)

ハニーブレッド

入江恵衣

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〇オフィスのフロア
金原康太(かねはらこうた)「おはよー」
花園チカ「あ、金原」
金原康太(かねはらこうた)「チカさん。おはようございます」
花園チカ「おはよう。あのね、出社早々悪いんだけど、鏑木と沢田が・・・」
金原康太(かねはらこうた)「・・・」

〇小さい会議室
沢田亨「だから、勝手なことしないでくださいって何度言えばわかるんすか?」
鏑木芹那(つみきせりな)「勝手? どこが勝手なの?」
沢田亨「元の構成から外れすぎっす。さすがにこれはやりすぎですよ」
鏑木芹那(つみきせりな)「これのどこがやりすぎっていうのよ!」
鏑木芹那(つみきせりな)「沢田君の話とクライアントの意向を汲んだ結果じゃない!」
沢田亨「俺はこんなもの作って欲しいなんて言ってないっすよ!」
鏑木芹那(つみきせりな)「こんなもの!?」
沢田亨「あっ・・・」
金原康太(かねはらこうた)「おーい」
金原康太(かねはらこうた)「なに揉めてんだ?」
沢田亨「金原さん!」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・」
金原康太(かねはらこうた)「事情はおいおい聞くけどさ」
金原康太(かねはらこうた)「沢田、デザイナーの上げてきた作品に対して」
金原康太(かねはらこうた)「「こんなもの」って言うのは良くないな」
沢田亨「あ、それは・・・。 スイマセン。失言でした」
金原康太(かねはらこうた)「クリエイターにとって作品は子どものようなもんだ」
金原康太(かねはらこうた)「俺じゃなくて鏑木に謝ろうな」
沢田亨「鏑木さん。本当にすみませんでした」
鏑木芹那(つみきせりな)「うん・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「私こそ、声を荒げてごめんなさい・・・」
金原康太(かねはらこうた)「じゃあ、今から進捗報告会にしよう。沢田、これまでの資料を全部持ってきて」
沢田亨「は、はい!」
金原康太(かねはらこうた)「鏑木」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・なに」
金原康太(かねはらこうた)「なーに不貞腐れてんだよ」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「だって・・・!」
鏑木芹那(つみきせりな)「私、なんども声かけたよね」
鏑木芹那(つみきせりな)「金原さんに、なんども声かけたよね!?」
金原康太(かねはらこうた)「・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「デザインを見てほしかったのに・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「ぜんぜん私との時間を作ってくれないじゃない!」
金原康太(かねはらこうた)「・・・」
金原康太(かねはらこうた)「鏑木」
金原康太(かねはらこうた)「俺、言ったよな? お前の組む相手は沢田だって」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・」
金原康太(かねはらこうた)「沢田とはちゃんと話し合ってるのか?」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・」
金原康太(かねはらこうた)「俺じゃなくて、沢田の意見をちゃんと聞け」
鏑木芹那(つみきせりな)「聞いてるよ!」
鏑木芹那(つみきせりな)「あっ・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「ごっ、ごめんなさい・・・」
金原康太(かねはらこうた)「俺こそごめんごめん」
金原康太(かねはらこうた)「ちょっとしつこかったよな。 聞いてるならいいんだよ」
沢田亨「資料取ってきました!」
金原康太(かねはらこうた)「よし! じゃあ始めようか」
「はい」

〇ビルの屋上
金原康太(かねはらこうた)「少しは落ち着いた?」
鏑木芹那(つみきせりな)「うん・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「私、ちょっと暴走してたね。なんだか沢田君に悪いことしちゃった・・・」
金原康太(かねはらこうた)「はは。沢田なら大丈夫だよ」
金原康太(かねはらこうた)「あいつはああ見えて切り替えの早いやつだからな」
鏑木芹那(つみきせりな)「そうだね。あんなにノリが良い子だなんて知らなかったよ」
鏑木芹那(つみきせりな)「康太も、ありがとう」
金原康太(かねはらこうた)「ん?」
鏑木芹那(つみきせりな)「沢田君の前で、私の非を責めないでくれたでしょ」
鏑木芹那(つみきせりな)「なんか、救われた」
金原康太(かねはらこうた)「ああ」
金原康太(かねはらこうた)「そんなの当たり前だろ」
金原康太(かねはらこうた)「お前に非があるんじゃなくて、お互いすれ違ってただけなんだから」
鏑木芹那(つみきせりな)「うん・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「康太・・・」
金原康太(かねはらこうた)「ん?」
鏑木芹那(つみきせりな)「私、最近変なんだ・・・」
金原康太(かねはらこうた)「・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「作っても作っても、満足のいくデザインができないの」
鏑木芹那(つみきせりな)「いつもイライラして、仕事にも集中できなくて・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「机に飾ってある戸塚広告賞のトロフィーがね」
鏑木芹那(つみきせりな)「いつも私を見張っているようで、落ち着かなくて・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「あれだけ好きだった仕事が、今はすごくしんどいの」
金原康太(かねはらこうた)「・・・」
金原康太(かねはらこうた)「・・・お前、ちゃんと寝れてるか?」
鏑木芹那(つみきせりな)「んー、言われてみればあんまりかも」
鏑木芹那(つみきせりな)「ここ最近は夜中に何度も目が覚めてる」
金原康太(かねはらこうた)「そうか・・・」
金原康太(かねはらこうた)「AB商事だけじゃなく、他の案件もペースが落ちてるみたいだな」
鏑木芹那(つみきせりな)「あ、誰かから聞いた?」
金原康太(かねはらこうた)「チカさんがうまいことスケジュール調整してるみたいだぞ」
鏑木芹那(つみきせりな)「うん。分かってる。分かってるんだけど・・・」
金原康太(かねはらこうた)「・・・」
金原康太(かねはらこうた)「鏑木」
鏑木芹那(つみきせりな)「うん?」
金原康太(かねはらこうた)「今日、一緒に晩飯くいにいこーぜ」
鏑木芹那(つみきせりな)「え! だって夜は夕日さんが寂しがるからって・・・」
金原康太(かねはらこうた)「鏑木は特別だよ」
金原康太(かねはらこうた)「後で場所と時間はメールするから」
鏑木芹那(つみきせりな)「う、うん」

〇女子トイレ
鏑木芹那(つみきせりな)(久しぶりの康太とのご飯だ)
鏑木芹那(つみきせりな)(やだ、化粧浮いてる。直さなきゃ!)
近藤りん(こんどうりん)「あれ? 化粧直しなんてして、仕事終わりに合コンでもあるの?」
鏑木芹那(つみきせりな)「え! ち、違うよ!」
鏑木芹那(つみきせりな)「ちょっとね、金原さんとご飯に行くの」
近藤りん(こんどうりん)「え、二人で?」
鏑木芹那(つみきせりな)「うん。仕事の打ち合わせよ」
近藤りん(こんどうりん)「ふーん・・・」
近藤りん(こんどうりん)「それにしちゃあ、化粧濃くない?」
鏑木芹那(つみきせりな)「え!」
鏑木芹那(つみきせりな)「やだ、ホント。少し落とさないと!」
近藤りん(こんどうりん)「・・・」

〇レストランの個室
鏑木芹那(つみきせりな)「居酒屋かと思ってたのに・・・」
金原康太(かねはらこうた)「まさか。久しぶりの鏑木との食事だからね」
金原康太(かねはらこうた)「誰にも邪魔されない場所でゆっくりと美味しいもん食いたいじゃん」
金原康太(かねはらこうた)「積もる話もあるだろうし」
鏑木芹那(つみきせりな)「康太・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)(やっぱり康太は私のことをちゃんと見てくれている)
鏑木芹那(つみきせりな)(結婚はしたけど本当になにも変わってないんだ!)
金原康太(かねはらこうた)「さ、まずは食べよう!」
金原康太(かねはらこうた)「ここはひれ肉が旨いんだよ。でもまずは前菜だな」
金原康太(かねはらこうた)「ほら、芹那の好きなカルパッチョがある」
鏑木芹那(つみきせりな)「あ、ホントだ。じゃあそれと・・・」

〇レストランの個室
金原康太(かねはらこうた)「ここの食後のコーヒー、旨いだろ」
鏑木芹那(つみきせりな)「うん。苦味が抑えられててすごく飲みやすい。香りもフルーティだし、私、好きだな」
金原康太(かねはらこうた)「だろ。ここはエチオピア産のコーヒー豆を使用してるんだよ」
鏑木芹那(つみきせりな)「エチオピア産? へー、珍しいね」
金原康太(かねはらこうた)「夕日が好きなんだ、エチオピア産のコーヒー」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・」
金原康太(かねはらこうた)「芹那?」
鏑木芹那(つみきせりな)「あ、ごめん」
鏑木芹那(つみきせりな)「夕日さんが好きなんだ。じゃあ、ここも夕日さんと一緒にきたことがあるの?」
金原康太(かねはらこうた)「結婚前に数回来たよ」
鏑木芹那(つみきせりな)「最近は? 来てないの?」
金原康太(かねはらこうた)「結婚してからはずっと夕日の手料理だから」
金原康太(かねはらこうた)「いろいろアレンジしてくれてさ、これがめっちゃ美味しいの!」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「あ、あの・・・」
金原康太(かねはらこうた)「うん?」
鏑木芹那(つみきせりな)「美味しかったし、私、もう帰るね!」
金原康太(かねはらこうた)「え! おい、待てよ!」
鏑木芹那(つみきせりな)「ご馳走様でした!」
  ガタッ
  ギュっ!
鏑木芹那(つみきせりな)「康太・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「手を、離して」
金原康太(かねはらこうた)「お前が突然帰ろうとするからだろ」
金原康太(かねはらこうた)「とりあえず、一旦座れよ」
鏑木芹那(つみきせりな)「う、うん・・・」

〇レストランの個室
金原康太(かねはらこうた)「なぁ、一体どうしたの?」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・」
金原康太(かねはらこうた)「まだ仕事の話も終わってないのに」
鏑木芹那(つみきせりな)「それは、康太が夕日さんの話ばかりするからでしょ!?」
金原康太(かねはらこうた)「え! 俺!?」
金原康太(かねはらこうた)「俺、そんなに夕日の話してたっけ・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「してるよ!」
金原康太(かねはらこうた)「そっか。ごめんごめん」
金原康太(かねはらこうた)「じゃあ仕事の話しようぜ」
鏑木芹那(つみきせりな)「もういいよ」
金原康太(かねはらこうた)「え?」
鏑木芹那(つみきせりな)「康太は早く夕日さんのところへ帰ったらいいじゃない!」
鏑木芹那(つみきせりな)「私のことなんて放っておいてよ!」
金原康太(かねはらこうた)「芹那・・・」
金原康太(かねはらこうた)「お前・・・。ちょっとおかしいぞ?」
鏑木芹那(つみきせりな)「そんなこと、自分が一番わかってる!」
鏑木芹那(つみきせりな)「もう分かんないの!」
鏑木芹那(つみきせりな)「頭の中がごちゃごちゃして、ちょっとのことでイライラして・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「自分でも・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「心が乱れる理由がわからないの」
鏑木芹那(つみきせりな)「不安ばかりが押し寄せてきて、もう自分でもわけが分からない・・・」
金原康太(かねはらこうた)「芹那・・・」
金原康太(かねはらこうた)「もし良かったら夕日に相談してみるか? あいつ、心理カウンセラーの資格を──」
鏑木芹那(つみきせりな)「私の前で夕日さんの名前を呼ばないで!」
金原康太(かねはらこうた)「・・・」
金原康太(かねはらこうた)「芹那・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「ねえ、康太・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「お願いがあるの・・・」
金原康太(かねはらこうた)「うん・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「このあと、ホテルに行かない・・・?」
金原康太(かねはらこうた)「・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「また前みたいに抱いてくれたら、私きっと落ち着くと思うの」
鏑木芹那(つみきせりな)「康太・・・。お願い・・・」
金原康太(かねはらこうた)「・・・」
金原康太(かねはらこうた)「・・・」
金原康太(かねはらこうた)「それは無理だ」
鏑木芹那(つみきせりな)「どうして!?」
金原康太(かねはらこうた)「俺はもう結婚したし、夕日が俺の帰りを待ってるから」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・そっか」
鏑木芹那(つみきせりな)「康太・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「どうしても、ダメ・・・?」
金原康太(かねはらこうた)「・・・」
金原康太(かねはらこうた)「送るよ」
金原康太(かねはらこうた)「今、タクシーを呼ぶから」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・」

〇タクシーの後部座席
タクシー運転手「お客さん、どちらまで?」
金原康太(かねはらこうた)「・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・」
タクシー運転手「・・・」
タクシー運転手「あ、あのぉ・・・」
金原康太(かねはらこうた)「新町のホテルまで」
タクシー運転手「はい! 新町のホテルね!」
鏑木芹那(つみきせりな)「康太? ホテルって・・・」
金原康太(かねはらこうた)「・・・」
金原康太(かねはらこうた)「お前のこと、このまま帰すわけにはいかないだろ」
鏑木芹那(つみきせりな)「康太・・・」

〇ラブホテルの部屋
鏑木芹那(つみきせりな)「本当にいいの・・・?」
金原康太(かねはらこうた)「ああ・・・」
金原康太(かねはらこうた)「おいで」
鏑木芹那(つみきせりな)「うん・・・」

〇黄色(ダーク)
  甘い甘い匂いがする
  心も体もとろけるような
  甘い蜜の匂い──
  そうか
  とろけているのは心でも体でもない
  この甘い蜜の正体は
  私の理性だ──

〇ラブホテルの部屋
鏑木芹那「康太・・・」
金原康太「芹那・・・」

〇黄色(ダーク)
  ドロドロに溶けだした甘い蜜は
  もう原型すらわからない────

次のエピソード:5話. 崩落

コメント

  • 芹那さん、完全に負のスパイラルに入っちゃった。。。康太さんの公私のフォローは流石ですが、このままの2人の関係ではハッピーエンドが見えないですよね!
    それと、何気に一番客観視できているりんさんが素敵ですね!

  • あー!!
    康太のばかー!!

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