2話. 戸塚広告賞(脚本)
〇オフィスのフロア
金原康太(かねはらこうた)「ーーこんな時代ですので、式は親族のみで行う予定です」
夕日奈江(ゆうひなえ)「今後も仕事でご迷惑をおかけしないよう頑張っていきますので」
夕日奈江(ゆうひなえ)「引き続きよろしくお願いいたします」
部長「いやー。金原は戸塚広告賞も受賞したばかりだし、良いことづくしで景気がいいな!」
金原康太(かねはらこうた)「はい。夕日へのプロポーズは賞を取ってからと決めていたので」
金原康太(かねはらこうた)「こうして結婚の報告ができるのも、タッグを組んでくれた鏑木のおかげです」
金原康太(かねはらこうた)「鏑木! ありがとうな!」
鏑木芹那(つみきせりな)「二人の幸せの架け橋になれて私も嬉しいでーす!」
鏑木芹那(つみきせりな)「末永くお幸せにー!!」
〇オフィスの廊下
カツカツカツ──
鏑木芹那(つみきせりな)(まさか康太が結婚するなんてね・・・)
鏑木芹那(つみきせりな)(あいつ仕事人間だし、結婚はまだ先のことだと思ってたなあ)
鏑木芹那(つみきせりな)(とは言っても、一緒に組んでる仕事も多いし)
鏑木芹那(つみきせりな)(今までとなにも変わらないよね)
まさか金原が結婚するとはなー
あいつ仕事人間のくせに
実は夕日さんと
上手くやってたんだな
俺、てっきり鏑木と
デキてんのかと思ってたよ
夕日さん狙ってたのに!
すげーショック!
夕日ロスで早退する社員
出てくるかもなー
〇女子トイレ
鏑木芹那(つみきせりな)「どいつもこいつも言いたい放題だな。 素直に祝福することを知らんのか」
近藤りん(こんどうりん)「せーりな」
鏑木芹那(つみきせりな)「りんちゃん」
近藤りん(こんどうりん)「金原の結婚報告聞いて泣いてるのかと思ってたけど・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「なんで泣かなきゃいけないのよ」
鏑木芹那(つみきせりな)「言ったでしょ。ビジネスパートナーだって」
近藤りん(こんどうりん)「ホントに割り切ってたんだね。芹那、さすがだわ」
鏑木芹那(つみきせりな)「私も少しはホッとしてるんだよ。夕日さんに罪悪感がなかったわけじゃないんだから」
近藤りん(こんどうりん)「結婚しても金原との関係は続けるの?」
鏑木芹那(つみきせりな)「まさか!!」
鏑木芹那(つみきせりな)「さすがに不倫はね。訴えられたくないし、やばい橋は渡らないよ」
近藤りん(こんどうりん)「そっか。それ聞いて安心した」
近藤りん(こんどうりん)「私たちも今年で30歳になるしさ、仕事はもちろん、地味に婚活も頑張ろうね」
鏑木芹那(つみきせりな)「うん。そうだね」
〇オフィスのフロア
カチャカチャ
金原康太(かねはらこうた)「鏑木!」
鏑木芹那(つみきせりな)「金原さん。どうされました?」
金原康太(かねはらこうた)「今大丈夫? ちょっと話したいことがあるんだ」
鏑木芹那(つみきせりな)「は、はい」
〇ビルの屋上
金原康太(かねはらこうた)「はい。お疲れ!」
鏑木芹那(つみきせりな)「ありがとう」
プシッ
鏑木芹那(つみきせりな)「あの・・・。話って何?」
金原康太(かねはらこうた)「実は俺、プロデューサーに昇格したんだよ」
鏑木芹那(つみきせりな)「え! プロデューサーに!?」
金原康太(かねはらこうた)「ああ」
金原康太(かねはらこうた)「これからは複数チームを見ていくことになるから」
金原康太(かねはらこうた)「今のディレクション業務は全て後輩に引き継ぐんだ」
鏑木芹那(つみきせりな)「引き継ぐって・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「私たちの案件、全部?」
金原康太(かねはらこうた)「そういうことになるな」
鏑木芹那(つみきせりな)「じゃあ、AB商事はどうするの?」
金原康太(かねはらこうた)「AB商事は沢田にお願いした」
鏑木芹那(つみきせりな)「沢田君・・・」
金原康太(かねはらこうた)「他の案件は部長と相談して、決まり次第随時報告するよ」
鏑木芹那(つみきせりな)「私、沢田君と組むのは初めてなんだけど」
金原康太(かねはらこうた)「大丈夫大丈夫!」
金原康太(かねはらこうた)「あいつ、若いけど実力はあるんだよ」
金原康太(かねはらこうた)「しばらくは俺もフォローに入るし、安心してよ」
鏑木芹那(つみきせりな)「絶対にフォローしてよ」
金原康太(かねはらこうた)「もちろん。任せとけ!」
鏑木芹那(つみきせりな)「動き出したらノータッチなんてことしないでね」
金原康太(かねはらこうた)「なに、どうしたの?」
金原康太(かねはらこうた)「もしかして、俺が離れて不安?」
鏑木芹那(つみきせりな)「ふ、不安じゃないよ!」
金原康太(かねはらこうた)「なら沢田を信じてやってくれ」
金原康太(かねはらこうた)「これからペアを組む相手は沢田なんだから」
鏑木芹那(つみきせりな)「でも、突然沢田君に代るなんて・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「クライアントにも失礼じゃ・・・」
金原康太(かねはらこうた)「だからフォローに入るって」
金原康太(かねはらこうた)「今までと何も変わらないよ」
鏑木芹那(つみきせりな)「うん・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「それならいいけど・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「ねぇ」
金原康太(かねはらこうた)「ん?」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・賞を取ったらプロポーズって、いつから考えてたの?」
金原康太(かねはらこうた)「ああ、」
金原康太(かねはらこうた)「夕日と付き合ったその日だよ」
鏑木芹那(つみきせりな)「そんなに早くから結婚を考えてたの?」
金原康太(かねはらこうた)「俺の一目ぼれだからね」
金原康太(かねはらこうた)「結婚ってさ、全世界の男に「この女は俺のものだ!」って宣言することでしょ」
金原康太(かねはらこうた)「でもあの頃の俺は何も持ってなかった」
金原康太(かねはらこうた)「だから自分の自信にもなって、」
金原康太(かねはらこうた)「夕日にも誇りに思ってもらえるような、何かが欲しかったんだ」
鏑木芹那(つみきせりな)「それが戸塚広告賞なのね・・・」
金原康太(かねはらこうた)「この業界、戸塚賞を目指してる人は多いからな」
鏑木芹那(つみきせりな)「そっか」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「上手いこと使われた気がするけど、幸せなことに加担できたならオッケーかな!」
金原康太(かねはらこうた)「ははっ! ほんと鏑木がいてくれて良かったよ!」
鏑木芹那(つみきせりな)「じゃあ私に結婚したい相手が現れたら、その時はめちゃくちゃ協力してよね!」
金原康太(かねはらこうた)「オッケー! 任せとけ!」
鏑木芹那(つみきせりな)「結婚とプロデューサー昇格、ダブルでおめでとう!」
鏑木芹那(つみきせりな)「カンパーイ!!」
金原康太(かねはらこうた)「カンパイ!」
カンッ
〇綺麗な会議室
金原康太(かねはらこうた)「沢田。企画の内容は理解したな」
沢田亨「はい。大丈夫っす」
沢田亨「戸塚広告賞を獲った人と組めるなんて、俺めっちゃ嬉しいっす!」
沢田亨「鏑木さん。これからよろしくっス!」
鏑木芹那(つみきせりな)「こちらこそよろしくお願いします」
金原康太(かねはらこうた)「グループメールは作っておいたけど、しばらくは口頭でも進捗報告してな」
鏑木芹那(つみきせりな)「は─」
沢田亨「うぃっす! ちゃんと報告するんでその後は呑みに連れてってくださいよ~」
金原康太(かねはらこうた)「おいおい。俺新婚だぞ!? 夜は夕日が寂しがるから昼のランチな!」
沢田亨「ぜんぜんオッケーっすよ!」
沢田亨「てか、夕日さんってめっちゃ綺麗じゃないっすか!?」
沢田亨「あんなステキな人、どうやって落としたのかまた教えてくださいよ~!」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・」
〇オフィスのフロア
カチャカチャ
金原康太(かねはらこうた)「鏑木!?」
鏑木芹那(つみきせりな)「金原さん。こんな時間にどうしたんですか?」
金原康太(かねはらこうた)「それは俺のセリフだよ。もう21時回ってるぞ。なにしてるんだ?」
鏑木芹那(つみきせりな)「あ、えっと・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「AB商事の案件、パターンをもう少し増やしておこうかと思って・・・」
金原康太(かねはらこうた)「え、なんで?」
鏑木芹那(つみきせりな)「いや、あの・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・」
金原康太(かねはらこうた)「芹那」
鏑木芹那(つみきせりな)「わっ!」
金原康太(かねはらこうた)「なにがそんなに不安なの?」
鏑木芹那(つみきせりな)「いや・・・、 不安ってわけじゃ・・・」
金原康太(かねはらこうた)「ほんと?」
鏑木芹那(つみきせりな)「あ、あのね!」
鏑木芹那(つみきせりな)「沢田君と組むのは初めてだし」
鏑木芹那(つみきせりな)「それに・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「先方が、なぜか戸塚広告賞受賞のことを知っていて」
鏑木芹那(つみきせりな)「期待してるからって・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「ちょっと、プレッシャーっていうか・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・」
金原康太(かねはらこうた)「大丈夫だよ。構成はあれで気に入ってくれてたし、色指定ももらってるんだから」
鏑木芹那(つみきせりな)「うん・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「でも・・・」
金原康太(かねはらこうた)「芹那」
金原康太(かねはらこうた)「お前はもっと自分に自信を持て」
金原康太(かねはらこうた)「大丈夫。沢田とだって上手くやれるし」
金原康太(かねはらこうた)「賞を受賞できたのはお前の実力だよ」
鏑木芹那(つみきせりな)「うん・・・。そうだよ、ね」
金原康太(かねはらこうた)「あっ! 俺のスマホだ!」
鏑木芹那(つみきせりな)「?」
鏑木芹那(つみきせりな)「出なくていいの?」
金原康太(かねはらこうた)「夕日からだ」
鏑木芹那(つみきせりな)「あ、そうなんだ」
鏑木芹那(つみきせりな)「早く出てあげなよ。私は大丈夫だから」
金原康太(かねはらこうた)「・・・」
鏑木芹那(つみきせりな)「康太?」
プツッ
鏑木芹那(つみきせりな)「電話、切れちゃったよ!」
金原康太(かねはらこうた)「うん。いいよ」
鏑木芹那(つみきせりな)「でも・・・」
金原康太(かねはらこうた)「今は落ち込んでる芹那を励ます方が大事」
鏑木芹那(つみきせりな)「お、落ち込んでなんか・・・!」
金原康太(かねはらこうた)「ほんと? 落ち込んでない?」
鏑木芹那(つみきせりな)「・・・」
金原康太(かねはらこうた)「俺と離れることになって寂しいんだろ」
鏑木芹那(つみきせりな)「ち、違うよ!」
鏑木芹那(つみきせりな)「寂しくなんかない!」
金原康太(かねはらこうた)「ははっ。そっか」
金原康太(かねはらこうた)「・・・」
金原康太(かねはらこうた)「俺は寂しいよ」
金原康太(かねはらこうた)「お前のデザイン力を底上げできるのは俺しかいないって思ってるからな」
鏑木芹那(つみきせりな)「康太・・・」
金原康太(かねはらこうた)「俺も結婚しちゃったしさ、」
金原康太(かねはらこうた)「お前の頭を撫でることしかできなくなったけど」
金原康太(かねはらこうた)「ちゃんとフォローするから。だから安心しろ」
鏑木芹那(つみきせりな)「うん!」
金原康太(かねはらこうた)「さっ。駅まで送るから一緒に帰ろう」
〇広い改札
鏑木芹那(つみきせりな)「金原さん。送ってくれてありがとうございました」
金原康太(かねはらこうた)「鏑木」
鏑木芹那(つみきせりな)「はい」
金原康太(かねはらこうた)「俺が組んできたデザイナーの中で、お前は一番のデザイナーだ。それ、忘れるなよ!」
鏑木芹那(つみきせりな)「うん! ありがとう」
鏑木芹那(つみきせりな)「じゃあ、お疲れ様でした」
金原康太(かねはらこうた)「ああ、お疲れ様」
金原康太(かねはらこうた)「・・・」
金原康太(かねはらこうた)「ふーっ・・・」
ピッポッパッポ
金原康太(かねはらこうた)「・・・」
金原康太(かねはらこうた)「あ、奈江? さっきは電話ごめんね。 ちょっと後輩の相談に乗ってたんだ」
金原康太(かねはらこうた)「うん、なんとか大丈夫みたい。 今から帰るよ。うん、ありがとう」
芹那さんの心の中に、様々な感情が湧き出てぐちゃぐちゃになり、落ち着かずに揺れ動く様子が伝わってきます。このような状態ってかなりの心的負荷がかかるので、この先が心配になりますね
自分の能力を開花させてくれる人っていますよね。私も会社員時代の上司がそんな人でした。一緒に仕事するのが楽しくて自分が成長していくのが楽しくて、どこまでもついて行こうって思える女上司でした。もしその上司が男だったら、私も主人公みたいな複雑な気持ちになってたのかな。最後の「ふーっ」っていうため息が怖いw