火狐(ひぎつね)(脚本)
〇炎
大正11年
東京府 北豊島郡 高田村
鬼子母神
Q「先生!」
Q「先生!」
谷中 蘭世「──そう何度も言うな 聴こえているさ」
Q「こりゃ酷い。早く医者の所へ!」
谷中 蘭世「いや、この傷はあのヤブ医者には治せんさ」
Q「何を仰います! さぁ!!」
谷中 蘭世「僕はここまでだ。 でも僕は満足しているよ」
谷中 蘭世「何せ自分の命と引き替えに、 残虐な怪物からこの都を救ったんだからね」
谷中 蘭世「探偵としてこれ以上の栄誉は無かろう」
Q「ですが!」
谷中 蘭世「ただ一つ気掛かりがあるんだ」
Q「奴の辞世の言葉ですか」
〇モヤモヤ
”百年なぞ一瞬さ
怨みの業火が都を燃やし
貴様らの骨の髄まで灼き払う絵が見られるなら”
〇炎
Q「奴は力を蓄え百年後帰ってくる、という事でしょうか」
谷中 蘭世「恐らく。 僕にはどうも詭弁とは思えなくてね」
Q「時が来たら、私が必ず奴を討ち取ります」
谷中 蘭世「それは心強い」
谷中 蘭世「これで安心だ」
谷中 蘭世「では我が御魂、君に託すぞ。 親愛なる友人よ」
Q「先生!?」
先生ーッ!!
〇黒背景
そして現在
東京都 文京区
と或る住宅街
〇ゆるやかな坂道
アナウンサー「連続焼殺事件の被害者はこれで3人目です」
アナウンサー「被害者達は不審な焼殺体となって発見されており、」
アナウンサー「東京の街は不安の闇に包まれています」
〇ゆるやかな坂道
千代田区 霞ヶ関
警視庁本部
職員食堂
ネットでは大正時代の文豪、
谷中蘭世さんの小説「火狐」の内容がこの事件と酷似しているとし、
”火狐の祟り”と呼ばれていますが真相は不明です──
〇学食
林 明日葉(3)
林 明日葉(2)
林 明日葉(1)
林 明日葉(よし!)
完成〜!
林 明日葉(一体いつぶりの食事!?)
林 明日葉「まぁいいや。 いただきまーすっ!」
林 明日葉(無視しよ)
林 明日葉「ぬあぁ!出ますよッ!」
林 明日葉「林ですが何かァ!?」
〇警察署の医務室
千代田区 御茶ノ水
K医科大学
法医解剖実験 予備室
町田「やけに機嫌悪いな?」
町田「刑事部に来て、速攻ヤバい匂いプンプン事案で不機嫌になるのも分かるが、」
町田「ちゃんとメシ食えな? メシ食わねぇから心が荒む」
お前のせいじゃボケッ!!
町田「すまんすまん。 手短に話す」
町田「お前が追ってる、連続焼殺事件の最初の被害者の検死終わったんだけどな」
町田「それが中々にヤベェんだ」
〇学食
また連絡する
林 明日葉(どういう事!?)
林 明日葉(アイツは一番非科学的な事が嫌いなのに)
新人刑事 林 明日葉は、
法医解剖医 町田の彼らしからぬ言葉が、
脳裏に烙印の如く焼きついてしまった。
〇学食
火元は内臓なんだよ。
しかもガソリンもガスも使わずにね
つまり内臓が自然発火を起こしたって事
これは人間には不可能だ。
悪魔の所業としか考えられない
”火狐の祟り”は本当かもしれない
〇豪華なベッドルーム
港区 白金台
と或る住宅
被害者「頼む、許してくれ!」
???「お前は何も悪くねェ」
???「昔お前のご先祖さんに酷い目に遭わされてね」
被害者「先祖がやった事だろ、俺は関係ない!!」
???「あぁ関係ねェ」
???「ただよ、そのジジイと同じ血が流れてるってのがさ」
火狐「虫唾が走るンだよ」
〇お化け屋敷
ギャアアア!
〇黒背景
『火狐』
谷中 蘭世 著
1922(大正11)年 刊行
蘭世最後の作品。
探偵Rと怪人Qの凸凹コンビと、
悪の怪人「火狐」との戦いを描いた推理冒険活劇。
火狐は炎を用いて人々を次々と焼殺したが、
最後はRと相討ちとなり、
「百年後蘇る」と言い、
この世を去って話が終わる。
殺人の手口が似ているのと、百年後が
丁度今年に当たる事から、
今回の連続焼殺事件が”火狐の祟り”と
呼ばれる所以となった。
〇男の子の一人部屋
世田谷区 三軒茶屋
明日葉の自宅
林 明日葉(徹夜で読んじゃった)
林 明日葉(話は確かに事件と似ていたけど、 浮世離れし過ぎてて、 模倣犯による再現は不可能ね)
林 明日葉(本当に怪人の仕業? まさか)
林 明日葉(でも何かしら関係がありそうね)
〇大会議室
千代田区 霞ヶ関
警視庁本部
連続焼殺事件 特別捜査本部
本部長「昨夜また被害者が出た」
〇黒背景
今回の被害者も同様、綺麗に内臓だけが焼かれてる。
恐らく同一犯だ
〇大会議室
本部長「もう犯人掴まえるまで戻ってくんじゃねぇ!」
本部長「林、分かったか!?」
本部長「あれ?林は?」
〇警察署の入口
林ィイ!!
〇銀杏並木道
豊島区 雑司ヶ谷
鬼子母神
林 明日葉「はい」
お、出た
〇警察署の医務室
町田「お前今日、会議サボったべ? 本部からウチに連絡来たぞ」
迷惑掛けてごめん
町田「どこにいる?」
鬼子母神──
町田「!!」
〇銀杏並木道
そこって、藍世が死んだ所か?
林 明日葉「違う。 本の中でRと火狐が死んだ場所」
実際に蘭世もそこで亡くなってる!!
林 明日葉「!?」
〇警察署の医務室
町田「なぜかって言うとさ、ウチにあったのよ。 蘭世の検死報告書」
町田「重要機密だったけど盗み見てやった。そしたらさ」
〇警察署の資料室
蘭世は「火狐」が出る半年前に死んでた
死因は熱傷による心臓の喪失。
ジワジワと心臓だけ焼かれて灰になってたらしい
「此れは悪魔の仕業だ」と書かれていた
〇銀杏並木道
この時、明日葉の中にある仮説が浮かんだ。
〇銀杏並木道
「火狐」は現実だったのではないか?
こんなナンセンスな疑念が生まれたのは、
昨夜「火狐」を読んだ時の違和感からだった。
〇男の子の一人部屋
林 明日葉(Rが主人公だけど、たまに主語がQになって視点が変わるのはなぜ?)
林 明日葉(まるでQの存在に気付いて欲しいみたい)
〇銀杏並木道
そして報告書の蘭世の奇怪な死因。
これは火狐に拠るものと考えられるし、
それに──
今回の事件と良く似ている
そして蘭世は「火狐」発表の半年前に亡くなっていた事と私が感じた文章の違和感。
これらが示す事──
Qが小説を書いた!!
林 明日葉「繋げると?」
〇炎
怪人火狐は実在し、
蘭世は火狐に殺された。
その後、怪人Qがこの事を基にした小説を書き、
「火狐」として発表した。
そして火狐は宣言通り現代に蘇り、
殺戮を続けている──
〇銀杏並木道
林 明日葉「マジかよ」
林 明日葉「待てよ?」
林 明日葉「火狐が生きているなら」
〇東京全景
Qもどこかにいる!!
〇開けた景色の屋上
火狐「Qちゃんどーこだ?」
火狐「早くしないと」
火狐「東京燃やすぞ?」
〇渋谷のスクランブル交差点
それから数日間、明日葉はQを捜し回った。
〇商店街
「火狐」の舞台となった街
〇狭い裏通り
蘭世と縁のあった場所
〇街中の階段
被害者宅周辺
〇入り組んだ路地裏
闇が巣食う裏の街など
脚が持つ限り巡った。だが、
〇見晴らしのいい公園
目黒区 青葉台
西郷山公園
林 明日葉「何も得られなかった」
捜査本部からの緊急連絡だった
”被害者 8名追加”
明日葉は膝から崩れ落ちた。
林 明日葉「どんどん人が死んでゆくのに、私は何も出来ない」
林 明日葉「もうダメ。耐えられない」
???「これはいけない」
???「貴方の猟奇の瞳が澱んでしまっては、救える者も救えませんぞ」
林 明日葉「!?」
Q「私はQ。探偵です」
突然現れたQは、
事の仔細を淡々と語りはじめた。
〇怪しい実験室
帝国陸軍の若き将兵だった火狐とQは、
強制的に戦争用生物兵器、つまり怪人にされた。
〇荒廃したセンター街
だが、大きな誤算があった。
怪人達は人智を超えた存在ゆえ、
暴力の虚しさと愚かさを悟ってしまったのだ。
国の行末を憂いた二人は、
必死に軍国化と戦争の反対を唱えた。
が、努力も虚しく軍は反逆だとみなし、怪人の抹殺を下した。
〇穴の開いた部屋
脱出したQは探偵で作家の谷中蘭世に拾われ、
〇基地の広場(瓦礫あり)
人間のエゴに呆れた火狐は、続々と人々を手に掛けた。
〇炎
怒りに身を任せ悪虐の限りを尽くしていた火狐を、
蘭世とQが身を挺して阻止した。
軍は己の失態を隠匿しようと情報統制を敷き、この件は歴史から抹消された。
Qは蘭世の死後、この事件を小説として認めた。
それが「火狐」。
〇見晴らしのいい公園
林 明日葉「で、奴が蘇ったと言う訳ね」
林 明日葉「次の狙いは誰? もう人が死ぬのは見たくない」
Q「それは──」
〇見晴らしのいい公園
刹那、周りが一気に紅く染まった。
街を見下ろすと、東京の街は火の海と化していた。
〇東京全景
龍の様な巨炎の筋は、大きな「Q」の字の紋章となって街に浮かび上がった。
〇見晴らしのいい公園
林 明日葉「アイツ!!」
Q「急ぎましょう。 お呼びが掛かったようだ」
〇超高層ビル
千代田区
皇居外苑
林 明日葉「ハァハァ」
林 明日葉「居たよ火狐」
林 明日葉「つかなんで後ろに乗ってるわけ!?」
林 明日葉「警察が自転車2ケツしてるのバレたら 大問題なんですけど!」
Q「ご、御免」
火狐「ゴチャゴチャうるせェな。 Qよ」
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火狐とかQとか、まずネーミングのセンスにぐっと惹かれる。江戸川乱歩風の出だしと設定かな、と思っていたら明日葉の現代パートと次第に渾然となっていって最後はあるべきところに着地した感じで面白かったです。
密度が高くて面白かったです!
猟奇心→好奇心、かな?