音色を探して

72

壁(脚本)

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〇一軒家
  働き始めて最初の休日。私は朝から元気だった。一日通してたくさんの音楽が聴けるから
  ただ、お昼前にはすっかりお腹が空いていた。喫茶店ではお昼が頑張る時間なので、その前に軽食を食べていたから
  私は共有の冷蔵庫に入っているお茶を飲むために、廊下を歩いていた
  アリサさんの部屋から音楽が流れていた。私の知らない音楽だ
  これまで怖いと思っていたアリサさん、私はその部屋の扉を、ためらいもなくノックしていた
  コンコン
みあ「アリサさーん。ちょっといいですか~」

〇女性の部屋
アリサ「えー、なに? 今忙しいんだけど」
  忙しそうには見えなかったが、機嫌は悪そうだった。ただそんなことより音楽の方が気になった
みあ「アリサさん、何聴いてるの?すごい素敵な音楽が聞こえたから、ついノックしちゃった」
  アリサさんは少し呆れたように笑っていた
アリサ「まぁいいや。中に入りな」
  私はアリサさんの部屋に入り、初めてちゃんとお話をした

〇女性の部屋
みあ「力強いのに優しい感じもする歌が。それにどこか知らない街にいるみたい」
アリサ「へぇーあんた分かってるじゃん」
アリサ「これはザーズというアーティスト。フランス人の女性なんだけど、なかなか味わいがあるでしょ」
  アリサさんが笑ってくれたのが、何だか嬉しくなった
みあ「アリサさんはこういう感じの音楽が好きなの?」
  アリサさんは少し間を置いてから、遠くをみるように話し始めた
アリサ「私、うつ病なんだよね。日によって体調が良かったり悪かったり。人に言われた事を変に考えて、勝手に傷ついたり」
アリサ「なんか人と関わるのが嫌になってね。それでなるべく一人でいるんだ」
アリサ「でもどこかで強い女性に憧れていて。そういう音楽を聴いて、心の筋トレしてるんだ」
  アリサさんも大変な病気を抱えてたのだ

〇女性の部屋
みあ「ねぇ、アリサさんは他にどんな音楽を聴いてるの?」
アリサ「アリサでいいよ。さんはいらない。そのかわりにあんたの事も、みあって呼ぶよ」
  そう言えばお姉ちゃんもリサって呼んで「さん」はつけてなかったなぁ
アリサ「他には、エイミー・ワインハウスとかジャニス・ジョプリンとかかな。二人は若い年で死んじゃったけど」
  私はアリサの部屋で、色んな音楽を聴かせてもらった
アリサ「今度はあんたの部屋で音楽聴かせてよ」
  私は欲しいCDはいっぱいあるのに引っ越しでお金を使い過ぎた事、それと好きなアーティストの事を、とにかくたくさん伝えた
アリサ「じゃあお金が入ったら、たくさん中古CD屋さん回ろっか」
みあ「やったー」
  私達の距離は急速に縮まった

〇アパートのダイニング
  すっかり忘れていたが、お昼ご飯の時間になっていた。
  その日のお昼は4人で食べる初めての日だった。私は皆と仲良くなったつもりだったが、4人集まると何だか気まずかった
  お昼ご飯が終わると、皆で片付けをした。その後すぐに、アリサは部屋に行き、画用紙とマジックを持ってきた
  皆の似顔絵を描くのだとか
  私は人が絵を描く事を見るのは初めてだった。アリサはまず、ミモザさん、次に雪乃さんを描いた
  絵はそっくりに描かれていたが、私はその描く仕草に見とれていた。なので私が最後になったのだ
  先に描かれていたミモザさんも雪乃さんも、アリサの絵を楽しんでいた。言葉は少なかったが、なんか嬉しい一日になった

〇レトロ喫茶
  次の日のお仕事は、朝から楽しく感じた
  お昼時は相変わらず忙しかったが、ピークを過ぎて、オルガンを弾きだすと、とても楽しい気持ちで弾くことができた
マママスター「今日はなんだか楽しそうね」
  二人にも私の気持ちが伝わっているようだった
パパマスター「みあさん、コーヒーの入れ方教えようか?」
  コーヒーは魔法の飲み物
  香りがとても良くて。そのまま飲むととっても苦くて。砂糖を入れると甘くなり、ミルクを加えるとまろやかになる
  たくさん飲むと夜眠れなくなる飲み物
  私は「春近し」で一日二杯まで飲んでいる。砂糖とミルクは多めに入れて。それも私の楽しみの一つになっていた
みあ「パパマスター教えて~」
  コーヒーの作り方も教えてもらえて、その日もとっても幸せだった

〇一軒家
  カモミールに戻る足並みも軽かった
  しかし、カモミールに近づくと救急車が停まっていた
  ストレッチャーにはアリサが横たわっており、救急車に運ばれていた。近くには木下さんがいて、救急車の人に何かを話していた

〇アパートのダイニング
  私は何があったのか木下さんに聴いた
木下さん「ちょっと体調を崩してね。大丈夫。すぐに戻ってくるから」
  木下さんはそう言っていたが、救急車で運ばれたのだから、私の心は不安でいっぱいになった

〇レトロ喫茶
  翌日仕事には行ったものの、考え事ばかりで
  、度々失敗もしてしまった
  アリサに何があったのかを分からないことが、私の不安を強くしていた
マママスター「みあさん、悩みがあるの?」
  休憩時間にマママスターが話しかけてきた。私は前日の出来事、それが理由でずっと辛い気持ちでいる事を伝えた
マママスター「みあさんはその人の事が大切なのね。その人が辛いと思うから、みあさんも辛いんじゃないかな」
マママスター「その人が戻ってきた時に、一緒に元気になる事を考えてみたらどうかな」
  少しだけ気が楽になった。アリサを心配する私より、アリサが安心出来る私になりたくなったから

〇一軒家
  それから2日後、仕事からカモミールに戻ると、アリサが戻ってきている事を知った
  アリサは午前中に戻ってきたのだが、お昼ご飯も食べずに部屋にこもっているようなのだ

〇部屋の扉
みあ「アリサ、お部屋に入れてくれない?顔が見たいの。私ずっと会いたかったの」
みあ「お願いアリサ。隣に居たいの」
  アリサは扉を開けて、私を中に入れてくれた

〇女性の部屋
  私とアリサはベッドを背もたれにして、二人で並んで座った
  アリサは下を向いたまま何も話さなかったので、私も何も聴かなかった。
  そんな時間が長く続いたが、私は隣にアリサがいるだけで満足だった。入院していた時の不安に比べれば、全然マシだったから
アリサ「私ね、恋人にふられたの。それでやけになってたくさんの薬を一気に飲んだの」
  アリサが声を絞り出すように話し始めた

〇レトロ
アリサ「私の家はね、母子家庭だったの。母一人子一人。私はね、父親の家系には望まれない子供だったの」
アリサ「母親の両親は良い人だったけど、二人とも私が高校生の時には亡くなっていて。私は高校を卒業したらすぐに働き始めたの」
アリサ「仕事は残業も多くて大変だったけど、母には恩返しをしたくて。だけどその母も病気で二年前に他界」
アリサ「私は「うつ病」を発症してね。それでも頑張って仕事に行ってたんだけど、そのうち休みがちになってね。いられなくなっちゃって」
アリサ「会社を辞めた後も色々バイトをしたんだけど、続かなくって。アパートのお金が払えなくなって、カモミールに来たの」
アリサ「彼氏とはね、最初の会社で出会ったの。仲良かったと思ってたんだけどね。カモミールに入ったら障がいの事ばれちゃって」
アリサ「分かってくれると思ったし、助けてくれるとも思ったんだけど。障がい者とは付き合えないって言われて」

〇風
アリサ「ごめんね、みあ。実は私もここに入った時、私は皆とは違うって考えてたの。私は本当は障がい者じゃないって」
アリサ「でもね、みあがミモザに歌っていたり、雪乃と笑いあっているのを見て。私もみあみたいになりたいって思って」
アリサ「差別されるのって悔しいね、みあ」
  それからしばらく二人で泣いていた
アリサ「みあ、私はやっぱり恋がしたい。だって普通の事でしょ」
アリサ「なんかそんな音楽をかけてよ。そしたら私、少し笑えるかもしれないから」

〇教会の中
  私は何も言わずに、スマホのユーチューブで、クイーンの「SOMEBODY TO LOVE」をかけた
  「誰か、自分に愛する人を見つけてくれ。主よ、愛する人を見つけてくれ」という歌詞
  曲が終わった時、私はアリサの手を強く握った
みあ「大丈夫。アリサの幸せは私が絶対探すから」
  アリサがギュッと私の手を握り返した。その感触が私に新しい力を与えた。アリサを絶妙幸せにするのだと

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