さすらい駅わすれもの室

今井雅子(脚本家)

さすらい駅わすれもの室「幸運のクローバー」(脚本)

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〇田舎の線路

〇森の中の駅
  さすらい駅の片隅に、ひっそりと佇む、

〇田舎駅の改札
  わすれもの室。
  ここがわたしの仕事場です。

〇古書店
  ここでは、ありとあらゆるわすれものが
  持ち主が現れるのを待っています。

〇コンビニの店内
  傘も鞄も百円で買える時代、

〇田舎駅の改札
  わすれものを取りに来る人は、減るばかり。
  多くの人たちは、

〇田舎駅の改札
  どこかに何かをわすれたことさえ

〇渋谷のスクランブル交差点
  わすれてしまっています。
  だから私は思うのです。
  ここに来る人は幸せだ、と。

〇田舎駅の改札
  駅に舞い戻り、
  窓口のわたしに説明し、書類に記入する、
  そんな手間をかけてまで取り戻したいものがあるのですから。

〇古書店
  わすれもの室の扉を開けて、その⻘年が姿を現したとき、
  胸の奥を小さなトゲで刺されるような、懐かしい痛みを覚えました。
  深い憂いが影を落としたような思い詰めた顔を遠い昔に見たことがありました。
  もちろん、わすれもの室にやってくる人たちは、大抵思い詰めた顔をしています。
  わすれものが見つかるだろうか、見つからなかったらどうしようかと、不安で頭がいっぱいになっているのです。
  けれど、その⻘年は
  幾日も幾日も思い煩い、悩み惑い、
  苛立ちと怒りと諦めとやるせなさを煮詰めたような、ひどい顔になっていました。
青年「四つ葉のクローバー届いていませんか?」
  ⻘年は切羽詰まった早口で用件を告げました。
  一気にまくし立てたので、何か単語が抜け落ちたのではないかとわたしは思いました。
  例えば、四つ葉のクローバー模様の
  紙袋。
  四つ葉のクローバーが描かれた
  ノート。
  それとも、四つ葉のクローバーの刺繍が施された
  ブックカバーでしょうか。
  四つ葉のクローバーの柄の
  傘かもしれません。
駅の人「お探しものは、四つ葉のクローバーの、何でしょうか?」
青年「四つ葉のクローバーです」
  ひと月前、駅の裏庭で落としたと⻘年は早口で続けました。
  電車に乗り遅れそうになり、近道をしようと裏庭を突っ切ったとき、
  手帳に挟んであった四つ葉のクローバーを草むらに落としてしまったと言います。
駅の人「ひと月前に裏庭で落とされた四つ葉のクローバー、ですね」
駅の人「残念ながら、そのようなわすれものは届いていませんが・・・」
青年「だったらまだ裏庭にあるということですね!」
  そう言うなり、⻘年はわすれもの室を飛び出し、

〇森の中の駅
  裏庭へ飛び出しました。
  わたしは青年を追いかけ、四つ葉のクローバーを一緒に探すことにしました。
  当然です。わすれものを持ち主の手に戻すのが、わたしの仕事ですから。
  そして、どこかで会った気がするその⻘年を放っておけない気持ちにもなっていました。
  草むらをさぐる間、⻘年は、いかに自分の人生がうまくいっていないかを延々と語り
  さらに、この一か月は悪いことが立て続けに起こっていると嘆き、
  すべてはあの四つ葉のクローバーをなくしたことが原因なのだと訴えました。

〇森の中の駅
  ⻄陽が裏庭を茜色に染め、
  やがて線路の向こうの山に日が沈み、
  そろそろ引き上げどきだとわたしは判断しました。
駅の人「あなたが落とされたものとは違いますが・・・」
  そう言って、わたしは摘んだばかりのクローバーを⻘年に差し出しました。
  駅のホームからこぼれた灯りが、わたしの手元を照らし、
  クローバーの四枚の葉っぱを浮かび上がらせました。
青年「四つ葉のクローバー!」
青年「よく見つけましたね!」
  声を弾ませてわたしの手からクローバーを奪った⻘年は、次の瞬間、
青年「なんですかこれは!」
  と怒りだしました。
  ⻘年の手の中で、クローバーは二つに分かれていました。
  わたしが差し出したのは、
  三つ葉のクローバーに
  葉っぱをむしって一つ葉にしたクローバーをあわせた
  三たす一の四つ葉のクローバーだったのです。
青年「ふざけないでください!」
青年「こっちは人生がかかっているんです!」
  ⻘年は声を震わせ、二本のクローバーをわたしに突き返しました。
「ふざけてなんかいません」
  わたしは心の中で応じました。
  こっちだって、人生をかけて学んできたのです。
  最初から完全なものを手に入れるのは難しいけれど、
  足りないところを自分で補えば幸せの形になる。
  なかなか見つからない四つ葉のクローバーを探し続けるより、
  三たす一の四つ葉のクローバーを作って微笑む人生のほうが
  楽しくてラクなのだ・・・。
  ⻘年よりも⻑く生きてきて、
  ⻘年よりもたくさんの眠れない夜を過ごしてきたわたしは、
  そのことを伝えたかったのですが、
  うまく伝わらなかったようです。
  つまずくこと、しくじることにかけてはベテランなのですが、
  伝えるチカラはまだまだでした。

〇田舎駅の改札
  わすれものを取り戻せなかった⻘年は、
  来たときよりも思い詰めた顔で帰って行きました。

〇森の中の駅
  裏庭の草むしりをしながら、ときどき、あの日の青年のことを思い出します。

〇電器街
駅の人「彼は今も、思い詰めた顔で四つ葉のクローバーを探しているのでしょうか」
駅の人「今も、思うようにならない人生を、なくした四つ葉のクローバーのせいにし続けているのでしょうか」

〇森の中の駅
  遠い日のわたしを思い起こさせたあの⻘年に
  どうか・・・

〇美しい草原
  幸運のクローバーが見つかりますように。

次のエピソード:さすらい駅わすれもの室 もう片方の靴

コメント

  • 四葉のクローバー。これもまた、素敵なお話ですよね。
    必ずしもハッピーエンドでないところがまた、深いと思います。

  • 青年の四葉の物事にこだわる所に頑なさと幼さを感じました。
    そして駅の人の対応がすごく素敵で大人だと思いました。
    私自身も青年と同じ所があるので読んでいてドキッとしました💦

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