#6:あいつとの打ち明け話(脚本)
〇小さい倉庫
8月10日、バイト3日目。
浅井 貢(あさい みつぐ)「フンフ~ン♪」
浅井 貢(あさい みつぐ)「あっ、おはようございます! 咲に―いや店長!」
西野 咲也(にしの さくや)「おはよう・・・って、まだ9時だよ! タイムカード切った?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「はい!」
西野 咲也(にしの さくや)「出勤は9:45でいいからね?」
浅井 貢(あさい みつぐ)(だって、咲兄に早く会いたい!)
西野 咲也(にしの さくや)「そうだ、落としたでしょ、この単語帳」
浅井 貢(あさい みつぐ)「? これ、僕のじゃないです」
西野 咲也(にしの さくや)「え? すごく書き込まれてて、 商品の絵まで描いてあるから、 浅井君のかと─」
西野 咲也(にしの さくや)「確かに、この雑な字は柊也だ!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「こないだ、柊也くんに聞かれたんです。 どうやったら商品名を覚えられるかって」
浅井 貢(あさい みつぐ)「僕、提案したんです。 1種類毎に、覚える情報をまとめて 単語帳に書いたらって」
西野 咲也(にしの さくや)「浅井君が覚え方を教えてくれたの? 商品名と、名前の由来と、 素材と、絵まで―」
浅井 貢(あさい みつぐ)「あいつ― 僕のこと大嫌いとか、子犬とか 言ってた癖に」
西野 柊也(にしの しゅうや)「あっ、兄貴! その辺に単語帳なかったか?」
西野 咲也(にしの さくや)「もしかして・・?」
西野 柊也(にしの しゅうや)「は?兄貴か!返せっ! 浅井、見てんじゃねえ!」
西野 咲也(にしの さくや)「柊也が勉強するようになって─ 私、泣きそう」
浅井 貢(あさい みつぐ)「授業中ほぼ居眠りしてるのに─ 僕も泣きそう」
西野 柊也(にしの しゅうや)「浅井は便乗すんじゃねえ! ったく二人そろって俺をいじめんのかぁ? もういい、あ~もういい!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「んふっ!」
西野 咲也(にしの さくや)「あははは!」
西野 咲也(にしの さくや)「浅井君、ありがとう。うちに来てくれて」
浅井 貢(あさい みつぐ)「!?」
西野 咲也(にしの さくや)「浅井君が柊也の心に火をつけたんだ」
浅井 貢(あさい みつぐ)「え?それは─」
西野 咲也(にしの さくや)「柊也が変わり始めたんだ。 浅井君が朝早く来るから、 一人で早起きするようになったし」
浅井 貢(あさい みつぐ)「ていうか自分で起きられなかったの・・」
西野 咲也(にしの さくや)「それに、仕事終わってもその辺ガサゴソしてるし。 どこに何があるか確認してるみたい」
西野 咲也(にしの さくや)「自分ちの店だし、浅井君より先に働き始めたのに、 一昨日の勝負で浅井君に完敗したからね」
西野 咲也(にしの さくや)「あれでも負けず嫌いだから、 相当こたえたんだろう」
浅井 貢(あさい みつぐ)「あの柊也が―!!」
西野 咲也(にしの さくや)「私一人だったら甘やかしたり、忙しくて目が届かなかったりした部分─ それが、変わりつつある」
西野 咲也(にしの さくや)「浅井君へのライバル意識でね」
浅井 貢(あさい みつぐ)「あいつ多少は・・・やる気あるじゃん。 学校ではダメダメの癖に」
西野 咲也(にしの さくや)「だから、本当に感謝してる」
浅井 貢(あさい みつぐ)「僕が、咲兄の役に立ててる!?」
西野 咲也(にしの さくや)「そうだ。 明日、よかったら海でも行かない?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「ううう、海!」
西野 咲也(にしの さくや)「うん。私の車に色々積んでさ。 浅井君は、自分の準備だけしていつも通り来てくれればいいんだけど─」
浅井 貢(あさい みつぐ)「はい、是非お願いします!」
西野 咲也(にしの さくや)「うん! 楽しめる時に楽しまないと、青春はあっという間だしね。 それじゃ、今日もよろしく」
浅井 貢(あさい みつぐ)「はいっ!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「咲兄と海デート!ってことは─」
浅井 貢(あさい みつぐ)「咲兄の裸体も拝め・・・」
浅井 貢(あさい みつぐ)「って違う違う!不純さよ鎮まれ!」
西野 柊也(にしの しゅうや)「おい浅井!早くこっち手伝え!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「わかってるー! ああ、これで今日も頑張れる!」
〇広い厨房
西野 咲也(にしの さくや)「ねえ、私1時間くらい外回りしてくる。 火元は全部切ったから」
西野 柊也(にしの しゅうや)「おう、売れたやつの品出ししとく!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「お気を付けて~」
浅井 貢(あさい みつぐ)「柊也、そーゆーの僕が言いたかった! いつからそんな頭回るようになったの?」
西野 柊也(にしの しゅうや)「は?服引っ張んじゃねえ。 お前の絡みは大概意味わかんねえんだよ!」
浅井 貢(あさい みつぐ)(だって・・・ずるい あんないいお兄さんがいて)
浅井 貢(あさい みつぐ)「ねえねえ柊也」
西野 柊也(にしの しゅうや)「4、5・・・ うっせえ、商品 数えてんだよ」
浅井 貢(あさい みつぐ)「咲兄って・・・彼女いる?」
西野 柊也(にしの しゅうや)「はぁ?いねえよ。 兄貴、土日もずっと調理場にいるし。 って何でお前がそんな事―」
浅井 貢(あさい みつぐ)「だって、どうしたらあんな素敵、というかカッコよくなれるんだろう─」
浅井 貢(あさい みつぐ)「君に聞いても無駄だけど!」
西野 柊也(にしの しゅうや)「余計なんだよ二言目が!」
西野 柊也(にしの しゅうや)「まあ、弟の俺が言うのも何だが? 兄貴はすっげえ・・・」
西野 柊也(にしの しゅうや)「優しいぜ─」
浅井 貢(あさい みつぐ)「う、うわ――!」
西野 柊也(にしの しゅうや)「兄貴は俺よりイケメンだし、頭いいし、 人当たりもいい。 俺が女だったら─」
西野 柊也(にしの しゅうや)「惚れる・・・」
浅井 貢(あさい みつぐ)「はあああ?のろけてる!?」
西野 柊也(にしの しゅうや)「俺、こないだまで兄貴とお袋と暮らしてた。 母子家庭」
西野 柊也(にしの しゅうや)「俺はバカだし、 小学校の時は結構問題起こしてたから、 毎日お袋に怒られてた」
西野 柊也(にしの しゅうや)「お袋、切れるとヒステリー起こしてさ。 俺に物ぶつけたり叩いたりして」
浅井 貢(あさい みつぐ)「能天気な柊也にも、そんな過去が―」
西野 柊也(にしの しゅうや)「そこに毎回兄貴が割って入って。 自分が説教するからって、 俺を外に連れ出した」
西野 柊也(にしの しゅうや)「兄貴、多少は小言言うけど、 結局コンビニの駐車場でアイス食ったり、 公園で缶の汁粉飲んだりな」
浅井 貢(あさい みつぐ)「咲兄・・・庇ってくれたんだ」
西野 柊也(にしの しゅうや)「ああ。兄貴はああ見えて『漢(オトコ)』だぜ。 自分の芯を持ってる」
西野 柊也(にしの しゅうや)「見た目に反して強靭で、しなやかな芯」
浅井 貢(あさい みつぐ)「芯?」
西野 柊也(にしの しゅうや)「そう。兄貴、中高ですげぇ優秀だった。 けど、高校出て菓子作りたいって製菓学校に行ったんだ。 お袋の反対を押し切ってな」
浅井 貢(あさい みつぐ)「あれ、今はお母さんは─」
西野 柊也(にしの しゅうや)「この前死んだよ。交通事故で」
浅井 貢(あさい みつぐ)「あっ、ごめん・・・ そういえば、忌引で学校休んでたね」
西野 柊也(にしの しゅうや)「ハッ、気にすんな。 お袋、頑固でさ。 ちゃんと大学行って、まともな会社に就職して、結婚しろって、常々兄貴に言ってた」
浅井 貢(あさい みつぐ)「ああ、分かる! うちの親もそう。決めつけるよ。 大学行って、将来は自分たちみたいになれって」
浅井 貢(あさい みつぐ)「親世代の感覚って、色々違うよね」
西野 柊也(にしの しゅうや)「ああ。まったくだぜ。 お袋はそっから兄貴にも冷たくなった。 それでも兄貴は、やりたい道を今も歩んでるんだ」
浅井 貢(あさい みつぐ)「咲兄にそんな事が・・・」
西野 柊也(にしの しゅうや)「とにかく兄貴は、決めたら徹底的にやる。 人には優しいけど、自分には厳しい」
西野 柊也(にしの しゅうや)「かっけえ『漢』だぜ!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「うん、君は嫌いだけど、それは同意! 激しく同意!!」
西野 柊也(にしの しゅうや)「あ?何か言ったか? だから俺、早く一人前になって兄貴の役に立つ!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「ふん、僕の方が咲兄の事好きだし、 君より役に立つ!」
西野 柊也(にしの しゅうや)「ん?今なんつった?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「いや、その、僕が勝つって事!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「そうだ、咲兄って何歳?」
西野 柊也(にしの しゅうや)「俺の10コ上。今年28」
浅井 貢(あさい みつぐ)「そんな大人なら、 好きな人くらいいるよね・・・」
西野 柊也(にしの しゅうや)「あ?話戻ったぞ? ってかお前のせいで、どこまで数えたかわかんなくなった! 業務妨害なんだよ!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「はあ?数え直せばいいじゃん!」
西野 柊也(にしの しゅうや)「ンだと!?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「あっ!!」
西野 柊也(にしの しゅうや)「客っ!!」
〇ケーキ屋
西野 柊也(にしの しゅうや)「はい、いらっしゃいませ~!」
お客さん「あの~、こちらに、 小麦アレルギーでも食べられるお菓子って ありますか?」
西野 柊也(にしの しゅうや)「はい?小麦アレルギーで、も・・・?」
お客さん「ええ、お菓子を渡す方のお子さんがアレルギーでして―」
西野 柊也(にしの しゅうや)「えっ、ええと・・・ あったかな、ンなもん」
お客さん「ですよね。 普通お菓子は小麦粉使いますもんね。 すみません、お邪魔しまし―」
浅井 貢(あさい みつぐ)「お客様、よかったらこちらを!」
西野 柊也(にしの しゅうや)「なっ、浅井?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「(柊也、ここは私の出番だ!)」
浅井 貢(あさい みつぐ)「米粉のスコーンや、 季節のジュレもグルテンフリーです!」
西野 柊也(にしの しゅうや)「グ、グル?フリー?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「それに、こちらのプリンは当店の一番人気でして」
浅井 貢(あさい みつぐ)「どれも、多くの方に当店の品を楽しんで頂けるよう、 店長がこだわって作っております!」
お客さん「あら~! ショーケースの中見落としてました! ケーキだけかと思って」
浅井 貢(あさい みつぐ)「その方、他の食材は大丈夫ですか?」
お客さん「ええ、小麦だけがダメだそうで。 それじゃ、プリンと、ぶどうのジュレ、 もものジュレを、3つずつ!」
西野 柊也(にしの しゅうや)「ほ、保冷剤つけますっ?」
お客さん「はい、お願いします。 ああ、買えてよかった。 他のお店も回るところでした」
西野 柊也(にしの しゅうや)「あざっす!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「ありがとうございます! またお待ちしてます!」
〇ケーキ屋
西野 柊也(にしの しゅうや)「浅井・・・お前─ 何でアレルギーとかグル何とかに 詳しいんだよ!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「僕もアレルギーなんだよね。 小麦じゃなくて、くるみ、だけど」
西野 柊也(にしの しゅうや)「ふ~ん! 俺は何でも食えるからわかんねえけど!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「とにかく君は勉強不足! 僕がいなかったら、 売上4000円近くを逃してたよ?」
西野 柊也(にしの しゅうや)「うぐっ・・・あ~ぐやじい! 何っも言えねえ!」
西野 咲也(にしの さくや)「戻ったよ。さっきの人お客さん?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「はい、プリンとジュレ、 全部で9個売れました!」
西野 咲也(にしの さくや)「おお!共同作業、できるじゃない!?」
西野 柊也(にしの しゅうや)「きょ・・・共同作業!?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「違いますっ!僕が応対を!」
西野 柊也(にしの しゅうや)「は?保冷剤と箱と紙袋出したの俺だろ! お前が愛想振りまく間にな!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「僕があの人引き留めたんだよ!?」
西野 咲也(にしの さくや)(意外と・・・いいコンビじゃない? さて次は、何させようかな~!)
こうして、平和な夏の一日は暮れてゆく。
そして明日は─海デートだ!