第一話、美しき鬼(脚本)
〇けもの道
椎名康胤「何故父を殺した!」
長尾晴景「儂が長尾だからだ!」
長尾晴景「神保は祖父の仇。それを討つため越中に入れば椎名ともぶつかる。慶胤は調略に応じなかった」
椎名康胤「では・・・では何故、姉を愛した」
長尾晴景「理由などない。朱が、朱だったからだ」
長尾晴景「己の私欲など、初めてだった。 儂の冷えきった心は、朱の前でだけ動いた」
椎名康胤「・・・っ」
長尾晴景「康胤! そなたは、朱であろう」
椎名康胤「違う!私は」
あの日、この男に焦がれた女はもういない。
私は、椎名康胤だ!
〇花模様2
これは、私がまだ女だった頃から始まる物語。
『仇よ花の錆となれ』
〇屋敷の門
遡って十年前。越中、椎名家──
朱「上手よ、桜丸」
桜丸「もう一度やってみる!」
私は椎名家の一の姫、朱(あけ)。
越中で覇権を競う武家の娘だ。
傍らで遊ぶ童は、弟の桜丸。
椎名慶胤「朱、桜丸!」
朱「父上」
当主の椎名慶胤。我が父である。
椎名慶胤「長尾が神保の陣を突破した。 儂は明朝発つ」
椎名慶胤「お前たちは避難してもらうことになる。 母上に伝えて荷物をまとめておきなさい」
椎名慶胤「案ずるな、念のためだ。 我が陣の前線の備えは万全だ」
朱「はい」
〇古風な和室
何か、騒がしい気がする。
一兎「姫様、ご無礼します!」
朱「一兎(いちと)!? どうしたの」
一兎は我が家に仕える忍の一族の一人だ。
一兎「敵襲です!!!」
朱「え!? こんなに早く!?」
一兎「ここで食い止めます、奥からお逃げください!」
朱「わかりました!」
〇畳敷きの大広間
朱「はぁ、はぁ・・・ あっ、父上!」
椎名慶胤「朱、来るな!」
朱「!?」
長尾晴景「お覚悟召されよ!」
椎名慶胤「がはっ!」
朱「父上!!」
血に濡れた刀をだらりと下げ、男は振り向く。
火の粉の色を映した双眸が、私を捉えた。
・・・ゾッとするほど美しい。
長尾晴景「そなた、名は」
気を確かに持つのだ。
ここで怯むわけにはいかない。
朱「椎名慶胤が娘、朱」
長尾晴景「儂は長尾為景が嫡男、長尾晴景(はるかげ)」
越中を侵略に来た長尾の御曹司か・・・
男は父の血に濡れた顔で微笑んだ。
長尾晴景「朱姫。儂の側室となれ。 さすれば女子供の安全は約束しよう」
突きつけられた屈辱に視界が歪み、息が弾む。
仇に抱かれて生き恥を晒せと?
長尾晴景「こちらを見ない方がいい。 お父上の首を頂戴つかまつる」
男は私に背を向け、倒れ伏す父の首に
刀の刃を当て、膝を乗せて押し切った。
長尾晴景「御免」
私は目を逸らさない。
激しい鼓動をねじ伏せるように息を殺す。
美しい若武者の形をした鬼。
私の仇。
〇屋敷の牢屋
桜丸「母上、怖い」
瑞緒「良い子ね、桜丸。 母がずっとついていますからお眠りなさい」
桜丸「はい・・・」
長尾の軍に捕らわれた私と母と弟は、
椎名家離れの部屋に押し込められた。
瑞緒「朱。父上の最期を見届けたそうですね」
朱「はい。 父上は最期までご立派に戦われました」
朱「あのような奇襲でなければ、 遅れを取ることなどなかったはずです」
瑞緒「長尾家当主の為景は、手段を選ばぬ男です。 何か尋常でない策を講じたのでしょう」
朱「前線の兄上たちはどうなったのでしょう」
瑞緒「無事を信じたいのですが、屋敷が奇襲を受けたことを考えると、望みは薄いでしょう」
瑞緒「陣の誰とも、草の一族とさえ、 連絡が取れないのです」
我が家の生き残りは、
私と母上、そして桜丸だけということか。
一兎の一族とも連絡が取れないなんて・・・
瑞緒「桜丸だけはなんとしても守らねばなりません」
瑞緒「椎名の血を絶えさせる訳にはいかない。 こうなれば、為景に取り入ってでも・・・」
朱「そのことですが、母上。 父上の首を取ったのは長尾の嫡男、晴景です」
朱「晴景は私を側室にすると言いました。 そうすれば女子供の安全は約束すると」
瑞緒「朱・・・」
朱「父上を殺した男に抱かれるなどおぞましい。 しかし逆に考えればまたとない機会です」
朱「私は、母上と桜丸の安全が確保され次第、 隙を見て仇を討ちます」
瑞緒「朱、ありがとう。 でもそれは無理です」
朱「何故ですか。 つわものでも、閨では無防備になるはず」
瑞緒「男の力はそんなに甘いものではありません。 貴女に簡単に殺せるわけがない」
瑞緒「そして仇討ちは新たな火種を生むだけです」
瑞緒「今大事なのは、仇討ちよりお家の再興です。 桜丸が長じるまで耐えましょう」
朱「・・・わかりました」
長尾の兵士「朱姫どの、 晴景様がお呼びです」
瑞緒「朱。気をしっかり持って。 心のままにと言えない母を許してくださいね」
朱「はい。 桜丸をお願いします」
〇古民家の蔵
長尾の兵士「お連れ致しました」
長尾晴景「ご苦労」
長尾の兵士「それでは」
長尾晴景「朱姫。 儂が憎いか」
朱「・・・・・・」
長尾晴景「父を討ったことを詫びるわけにはいかぬ。 憎むが良い。しかし、儂はそなたの命が惜しい」
晴景に見据えられ、背にぞくりと震えが走る。
長尾晴景「そなたは、儂の側室となる。良いな」
朱「・・・はい」
朱「私は敗者の娘です、ご存分になさいませ。 しかし我が母と弟はお助けください」
長尾晴景「承知している。 そなたの母と弟も、長尾の屋敷に同行させる」
長尾晴景「その後の落ち着き先は追って探そう」
朱「よろしくお願いいたします」
〇日本庭園
長尾の屋敷は随分と立派で大きい。
力の差を見せつけられるようだ。
長尾晴景「帰陣の挨拶に行く。 そなたもついて参れ」
長尾為景の元へ行くのか。
父に手を下したのは晴景だが、
椎名を滅ぼした張本人は為景だ。
側室として挨拶することになるのだろうが、
どのような顔をすれば良いのだろう。
〇屋敷の大広間
鬱々と考えながら入った部屋には、
思いもかけない人物が待っていた。
椎名長常「朱。久しいな」
朱「叔父上!ご無事だったのですか!」
兄たちと共に前線に出ていた、
父の弟、椎名長常だ。
心に僅かな光が差した。もしかして、
朱「叔父上、兄上たちは」
椎名長常「ゆっくりと再会を喜びたいところだが、 為景様のお越しだ」
朱「あっ」
これが、長尾為景・・・
存在に強烈な圧を感じ、
気圧されるように平伏した。
長尾為景「長常。ご苦労だったな。 お陰で首尾よく行った」
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タップノベルで本気の時代劇を読めるとは思っていませんでした...台詞、時代設定、キャラクター、緻密に練られてて素晴らしい作品でした😆
マイペースですがゆっくり読ませていただきます🙏
最近NHK大河を見てますが、奇襲って武士の世界じゃあまり誉められたものじゃないそうですね。そんな敵の、しかも父の仇の側室とはなんとも心苦しいですね。
私、戦国時代大好きなんですよ!どストライクなお話でした!!
朱の誇り高き志も、叔父の妻子を守るためのやり方も、どちらも分かる!分かるからこそ、仇討ちとはいえ朱に勝ち進んで欲しいと思いました。
女性の朱がこれからどう動くのか、続きも楽しませていただきますね!