蝶が舞うように

秋田 夜美 (akita yomi)

第7話 幸せな明日(脚本)

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〇部屋のベッド
  彼女の配信を聴き始めてから2週間。夜中にお風呂場で煙を吐く習慣は失われ、
  配信が開始される22時を目途に、生活の全てが逆算して行なわれるようになっていた。
  何にも配信を邪魔されてくないので、「もう寝るだけ」という万全の態勢を整えようにしているのだ。
  そして、今日も22時を迎えるとクロスロードを立ち上げた。
冬花「今日もこのために生きてた・・・」
  彼女の歌声を聴きながら、私は幸せを噛みしめた。
  ここのところ聴いていてわかったことだが、配信の冒頭は漏れなく、穏やかな曲を一曲歌うことになっているらしい。
  リスナーがそのことについて指摘すると、「まず歌いたいから」と彼女は回答したらしいが、
  通知を受け取ったリスナーが、入室するまでの時間をつくっているのではないかと私は思っている。
  配信の所々で見せる細かい気配りから、そのような意図があるのだろうと感じずにはいられなかった。
  彼女はオープニングの曲を最後まで繊細に歌いあげると、打って変わって明るい挨拶をした。
「みなさん、こんばんはー! 春花です。 今日も会いに来てくれてありがとうっ!」
  それに呼応してチャット欄は、挨拶や「配信を楽しみにしていた」という趣旨の文言で埋まっていった。
  配信のお約束に慣れつつある私も、他のリスナーに負けじと打ち込んでいく。
冬花「『こんばんはー!ばっちりな態勢で聴かせてもらいます!!』」
  私たちリスナーがコメントを打ち込むや否や、今度は彼女がひとりずつ名前を読み上げていく。
「やまちさん、ウーロンさん、こんばんはー!オレオさん、夜勤前かな?お仕事頑張れー! 山茶花さん、今日も来てくれてありがと!」
「うんうん、みんな元気そうで安心したよ!」
  このルートが配信の定番だ。簡単そうにやってのけるが、チャット欄の流れは濁流のように早い。
  私はいつも彼女の即応力に感心しているのであった。
「では、ご挨拶がすんだところで・・・」
「今日は特別企画「お悩み相談コーナー」をやっていきたいとおもいまーす!」
「事前に皆さんからいただいたDMを読みながら、私とリスナーさん達でお答えしていくコーナーですっ!」
冬花「『(*´꒳`*ノノ゙パチパチ』」
「では、早速1人目「油鳥紙さん」からのお悩み相談いきます」
「「最近家から出ることがめっきり減って、体重が10キロ増えました。運動しようと思っているのですが、なかなか続かず・・・」
「続けるためにはどんな工夫をしたらよいでしょうか。ぜひ教えてください」とのことです」
「最近太っちゃった方が多いって聞くよね」
「そうだなぁ、私は2日に1回のランニングとストレッチを毎晩してるんだけど、」
「やっぱり無理なくやっていけるように、少ない頻度から始めるのがいいんじゃないかな?」
「みんなは何か工夫してることってある?」
  彼女からの問いかけを受けて、「ご褒美dayをつくる」とか「家から出た時になるべく歩く」といったアイディアが出される。
冬花(ご褒美dayかぁ。なるほど・・・)
「ふんふん・・・結構色んな工夫ができそうだね。私も参考にしちゃおっと」
「油鳥紙さん、何か取り入れられそうなことあったかな?」
  油鳥紙さんからはすぐに書き込みがあり、「家から駅までを歩くのと、ストレッチなら続けられそうなのでやってみます!」と、
  得たものがあったようで、お悩み解決となったのであった。
  同じようにして、バシバシと悩みを解決していき、次が最後の相談だと彼女は宣言した。
「山茶花さんからのお悩み相談です」
「「私は人よりも耳がいいらしく、大勢の人がいるところだと、たくさんの音が聞こえてしまい怖くて仕方がありません」
「小声で話している悪口や心配ごと、身体の動作から出る不満や緊張の音。そんな欲しくない情報が日々私に届いてきます」
「今では学校にも行けなくなってしまって。でも、これからのことを考えると何かを変えていかないといけないと思っています」
「明日を考えるにあたって、アドバイスがあったらお願いしたいです」とのことでした」
「・・・なかなか難しいお悩みだよね。事前にお手紙を読ませてもらって考えてみたんだけど、」
「山茶花さんの悩みをズバッと解決してあげられるような方法は思いつかなくて・・・」
「だから、参考になるかはわからないけど、私が変わったきっかけについてお話ししようと思ってます」
「・・・」
「私ね、信じてもらえないかもしれないけど、最近までほんっとに引っ込み思案だったの」
「みんなの前でお話するなんて想像もできないぐらい」
「今でもこうして話したり歌ったりしているのが不思議でしょうがないんだけどね」
  彼女は今日も楽しそうに笑っていた。
「私が変われたきっかけは、高校の時の顧問の先生の言葉だったんだ」

〇音楽室
「私は高校生の頃、吹奏楽部が強いと地域では名の知れた学校で、トランペットを吹いたんだけど、」
「3年生の夏、思うような演奏ができなくなった時があって・・・」
「今思えば、最後のコンクールが近づいて神経質になっていたんだと思う」
「「こんな演奏じゃメンバーに選ばれなかった子に申し訳ない」って自分で自分にプレッシャーをかけて、空回りしてた・・・」
「ある練習の後、私は耐えきれなくなって、先生に「コンクールのメンバーは私でよかったのか」って泣きながら言ったんだ」
「・・・かっこ悪いよね」
「でも、その時に先生が言った言葉が私を救ってくれたの。・・・ううん、それだけじゃなくて今の私にも影響を与えてくれた」
夏葉「先生、私どうしたらいいんしょうか。練習しても、全然うまくかなくて。どんどんひどくなっていってる気がするんです・・・!」
夏葉「このままじゃ私、みんなに迷惑をかけちゃう・・・!」
先生「・・・日向さん、私はあなたの演奏が好きです」
先生「あなたの演奏には楽譜には表現されていない音の表情や色が、見えてくる気がするのです」
夏葉「・・・」
先生「しかし今、あなたは焦っている・・・。それが音に乗ってしまっているのです」
夏葉「教えてください!私は、私は何を変えたらいいんでしょうか・・・!」
先生「・・・人とは簡単には変われないものです。変わっていくには長い時間が必要です」
先生「しかし、意識を変えることはできます」
夏葉「・・・意識、ですか?」
先生「そうです、意識です」
先生「日向さんはどうしてトランペットを吹いているのですか」
夏葉「どう、して・・・?」
夏葉「やっぱり、金管楽器の中でも突き抜けるような響きが好きで・・・、吹いているんだと思います・・・」
夏葉「それで、私たちの音楽を聴いて笑顔になってくれる人がいるのが嬉しくて・・・、続けています・・・」
先生「そうですね。私も指揮台から降りて挨拶する時に観客の表情を見るのが好きです。皆さんが楽しそうに演奏した後は特に、ね」
先生「・・・それでは、最後にもう一問」
先生「今、音楽は楽しいですか?」
夏葉「・・・!!」
先生「あなたはトランペットを吹くとき、友達とおしゃべりをしている時以上に輝いた眼差しをしています」
先生「きっと音楽が大好きなのでしょう?」
先生「しかし、最近はなんだか辛そうだ・・・」
先生「日向さん、この夏は二度と帰ってきません。だからこそ、楽しまなくてはもったいない・・・!」
先生「そうは思いませんか?」
夏葉「・・・」
夏葉「・・・はいっ!!」
夏葉「私、音楽がやっぱり大好きです!だから、最後まで楽しく演奏しようと思います!」

〇部屋のベッド
「結果は県大会出場には届かなかったんだけど、大好きな音楽を自分なりに最大限に表現できて、」
「今でもあの時のことを思い出すと幸せな気持ちになるの」
「先生から一番大切な「楽しむ」ってことを教えてもらったんだ!」
「幸せな記憶ってすごく強みになって、自信になるんだ。嫌なことがあったり、くじけそうなことがあった時も、」
「その時のことを思い出せば、耐えられる」
「私は最後のコンクールで見た観客の表情が忘れられなくて、今は配信って形でみんなを笑顔にできたらなって思ってるんだ」
「・・・」
「きっと山茶花さんは、私たちがお手紙から想像した以上に、大変で辛いことが沢山あったと思う・・・」
「でもね、だからこそ山茶花さんには、大好きなこととか、やりたいことを全部おもいっきり楽しんで欲しいって思うんだ」
「誰かのマイナスの気持ちに当てられても、自分の中の幸せや大好きで弾き飛ばせるぐらいに!」
「もし、この配信で山茶花さんの楽しさや幸せを感じてくれるなら、私これからも毎日配信する!」
「だから、辛いことや嫌なことばっかりを考えるんじゃなくて、幸せな明日を探していってほしいの!」
「・・・だめかな?」
「・・・ごめん。難しいこと言ってるよね。きっとそんな簡単じゃないんだよね」
  彼女は急に自信をなくしたように、声を落としてしまった。
  しかし、私は確かに彼女から一生懸命に考えてくれたメッセージを受け取った。
  そして、今度は私が彼女の想いに応える番だ。私は素早くチャットに自分の想いを打ち込んでいく。
冬花「『ありがとう、春花さん。すっごく嬉しかったし、とっても幸せな解決策だなって思いました』」
冬花「『私、今まで後ろばかり向いて生きてきた。どうしてこんな風に生まれてきちゃったんだろうって』」
冬花「『でも、意識を変えれば景色も変わって、私も少しずつ変われるんだって、春花さんに気付かせてもらった』」
冬花「『だから、もう私は自分の不幸に嘆かない』」
冬花「『前を向いて、沢山の幸せを集めてどんな困難も乗り越えていく。今そう決めたんだ!』」
冬花「『明日から学校にも行く!将来のことも考える!!』」
  私はそう打ち込んだ。
  それから、最後に彼女に甘えてみることにした。
冬花「『もし疲れちゃったら春花さんの配信で癒してね!!』」
  最後にそう添えた。
  彼女は、はっと息を飲み、それから何かを我慢しているような詰まった声で、
「よかった・・・よかった・・・」
  と何度も繰り返した。
  私は幸せ者だ。1度しか会ったことがない人に対して、ここまで一生懸命になってくれる人に出会えて。
  私は幸せ者だ。チャット欄に打ち込んでくれる「頑張れ」のメッセージをくれる彼女のリスナーに出会えて。
  私は幸せ者だ。私が歩く明日に可能性が満ち溢れていることに気付けて。
冬花「・・・」
  彼女はしばらくして落ち着きを取り戻すと、出会いに感謝する合唱曲を歌って配信を終局へと導いていった。
  私はその歌声を聴きながら、ひとつ目標を立てることにした。
冬花(私もいつか、春花さんのように・・・!)
  その意気込みのままに、1限の授業に間に合う時間に目覚ましをセットして、私はアプリをそっと閉じる。
  幸せな明日に向けて。

次のエピソード:第8話 出会いのきっかけは私

コメント

  • 冬花さんの悩みの吐露と、それに誠心誠意向き合おうとする夏葉さんの姿に感動です。配信は得てして配信者対多数という形式になりがちですが、個々に細やかな対応ができる夏葉さんが素敵すぎます!

  • おお!目覚ましをセットした!
    驚きのラストでした。冬花ちゃんは繊細過ぎたんですね。人の一挙手一投足から感情を拾える人は辛いですよね。相手が言ってなくても、もう拒否してるな、ってわかりますもんね。学校へも行きたくなくなるのも納得です。
    配信で夏葉が喋ってるところ、一部だけでも別シーンとして見れたら楽しいなと思いました。Tapで出来そうだなと。ずっと冬花が画面みてるんでズルいなと思った次第です。

  • 冬花ちゃんは凄く優しい子ですね
    誰よりも音を感じてしまうからこその悩み、きっとお悩み相談のDMで打ち明けるのにも勇気を出したんだなぁその思いを夏葉ちゃんはちゃんと気付いてくれたんだなと感じながら読み進めました

    楽しむって意外とすぐに忘れがちになってしまうんですよね私もよくその状況に陥ってしまうことがあるのでハッとしました
    更新お疲れ様です、次回も楽しみにまってます( *´﹀`* )

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