ぬる、ぬる、ぬる。(脚本)
〇白
目が覚めたら白だった。天井も、壁も、何もかも真っ白な空間。
僕は仰向けに倒れたまま、ぼんやりとそれを見上げている状態だったのである。
窓も、ドアもない。どうやら僕は此処に連れて来られた、ということらしい。身代金目的の誘拐か何かだろうか。
だとしたら、僕を連れ込んだ入口のようなものがどこかに存在しているはずなのだがそれも見当たらない。
確かなのは一つ。高い、高い天井の、何もないまっさらなこの部屋にて。
閉じ込められているのが、僕ひとりではなかったということだ。
ヤクザ風の男「な、何だこりゃあ・・・・・・!?」
肩からイレズミが見えている、いかにも“ヤクザ”といった佇まいの男。
スーツの女性「わけわかんない・・・・・・何がどうなってるの?私、家に帰る途中だったはずなのに・・・・・・」
灰色のスーツ姿の、OLっぽい女。
女子高校生「うう、頭痛い・・・・・・ガンガンするう・・・・・・」
派手な化粧をした、スカートの短い女子高校生。
おばさん「ちょっと、ふざけんじゃないわよ!私は急いであいつの家に行かないといけないのに、なにこれどういうこと!?」
何も起きていないうちから、既にぷりぷりと怒っているおばさん。
おじさん「お前達よさないか。訳がわからないのはみんな一緒なんだぞ」
困ったようにそのおばさん達を宥める、人の良さそうなおじさん。
それから、小学六年生の僕。
この八畳くらいの広さの部屋には、六人の人間がいるようだ。真っ白な部屋だが、僕達の服装は白一色ではない。
なんだかそれが妙に浮き上がって見えて、不思議な感覚を覚える。
部屋に五人の人間。そして、部屋の隅にはバケツと、それに突っ込まれた刷毛のようなものがある。
あれは以前見たことがあった。確か、アスレチックの塗り替えをしていたオジサンが使っていたものだ。
つまり、ペンキを塗る道具である。何でそんなものが、ぽつんとここにあるのだろうか。
〇白
『全員、お目覚めのようで何よりです』
僕ら五人が目を覚ましたことに気づいたのか、あるいはずっとどこからかカメラか何かで監視していたのか。
機械的な声が、どこからともなく響いた。
『初めまして。私が、皆さんをこの場所にお連れしたものです。以後お見知りおきください』
ヤクザ風の男「おい、誰だてめぇ!どうして俺らを連れて来たんだ、ぶっ殺されてぇのか!」
おばさん「そうよそうよ、これは誘拐よ、犯罪よ!あんたわかってるわけ!?」
真っ先に食ってかかったのは、いかにも短気そうなヤクザ男とおばさんである。
この状況では、喚いて暴れた奴から死んでいくってわからないのかな、と僕は思った。
小学生だが、結構本は読む方である。ミステリーやホラー、サスペンスも嗜んでいるので知っているのだ。
死亡フラグを立てた奴から死んでいく、というのはそのテのジャンルに限ったことでもないけれど。
『皆様、静粛に。私は皆様に、あるお願いをしたくて参りました。
そのお願いを叶えてくださったなら、即座に皆様を解放しようと思っています』
棒読みの機械音声を流す誘拐犯は、告げた。
『そこに、バケツと刷毛がありますね?
それで、四枚の壁のどれでもいいですので、一枚を隅から隅まで違う色に塗って欲しいのです。
真っ白で、とても味気ないので。お願いはそれだけです。やり方は皆様におまかせします。それでは、ご健闘をお祈りします』
おばさん「は!?え、ちょ・・・・・・ちょっとお!?」
ぶつ、とマイクが切れる音がした。それからは、梨の礫である。
おばさんが喚いても、女子高生が文句を言っても、誘拐犯は一切何も言わない。
完全に、傍観を決め込んでしまった様子である。
女子高校生「ちょっと、壁を塗れって・・・・・・どうやってよ?」
女子高校生が、困惑したように言った。確かに刷毛とバケツは用意されている。しかし何が問題って、バケツが空っぽなのだ。
塗ろうにも、ペンキがないのである。一体これでどうやって壁を別の色に塗り変えろというのだろうか。
薄々僕は、その答えに気づきつつあった。同時に、誘拐犯が何を狙っているのかも。
僕(ああ、どうしようかな。僕から言いだしたら、疑われるしなあ)
〇黒背景
ひとまず僕は、話が通じそうにない年上の人達をほっておいて、とりあえず眠ることにした。
できればその間に、彼らの“話し合い”が終わってくれることを祈りながら。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
〇白
狭い真っ白な部屋に、六人の人間。荷物や武器の類は全て取り上げられてしまっている、この状況。
ともなれば、この監禁が長時間に及べば、それだけで命の危険があるのは明白である。
脱水症状にもなるし、排泄の問題もある。
実際騒がしい声で目覚めた時僕はひどく喉が渇いていたし、女子高校生は青ざめた顔でスカートを抑えていた。
どうやら、トイレに行きたくてたまらない状態らしい。
そして飛び込んで来たのは、ヤクザ男の怒声だ。
ヤクザ風の男「他に方法があるってなら言ってみろやお前ら!」
ガン!と思い切り壁を殴りつけ、男は言った。
ヤクザ風の男「ずっと探してるが、やっぱり隠し扉なんてものはねえ!俺らがどうやって此処に入って来たのかもわからねえ!」
ヤクザ風の男「そして誘拐犯は壁を塗れと言ったが肝心のペンキがねえ!じゃあ、この壁は一体何で塗れって言うんだ!?」
ヤクザ風の男「もう一つしかねえだろうがよ!!」
おばさん「だからって、あんた狂ってるわ!こんな壁に塗れるほどの血を流したら死んじゃうに決まってるじゃないの・・・・・・!」
おじさん「そうだ、その通りだ!」
おばさんの悲鳴と、おじさんの止める声。ああ、どうやら気づいたらしい。僕は少し朦朧とし始めた頭で思う。
この壁を塗る、ペンキはない。塗れるものがあるとしたらそれは――血。誰かの血で、赤を塗るしかないということ。
そしてその血は、此処にいる六人のいずれかで賄わなければいけないということを。
ヤクザ風の男「そうだ、ちょっと血を流しただけじゃ全然足りねえ・・・・・・だからよお」
ゴキ、と。ヤクザ男は拳を鳴らす。血走った眼で、ニタリと嗤いながら。
ヤクザ風の男「この中から生贄を出して、そいつの血液全部使わせてもうんだ。殺し合いだ、シンプルだろうがよ?」
ああ、やっぱりそういう発想になるか。僕は深くため息をついた。殺し合いといっても、武器の類は没収されている。
ベルトやらアクセサリーやらを使って武器の代わりにすることもできなくはないだろうが、
それでも根本的な腕力や体格がものを言うのは間違いないだろう。
此処にいるメンバーは、男女合わせて六人。誰だって、こんな訳のわからないところで死にたくなどないはずである。
これが友人知人の類ならともかく、ここで出会ったばかりの完全な赤の他人の集団だ。
ならば、当然考えるはず。自分以外の“誰か”に犠牲になってもらいたい、と。そして実際に殺し合いになるのなら、つまりは。
僕「殺し合いって、どうやって?」
わかりきっている。この中で一番力があるのはきっとあのヤクザ男だ。次点で気弱そうなおじさんか。
そして女性三人を飛び越えてひ弱なのは、誰がどう見ても――僕。
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赤の他人の赤い血で壁を赤く塗るという悪趣味の極み!ヌルヌルした血を塗る塗るする光景のおぞましさ!そして「塗れたら皆さんを解放します」という真っ赤な嘘!どういうときにこんな発想が浮かぶのか、作者さんの悪魔的な才能に圧倒されました。
確かにはじめから絶望を感じているのと、希望を持ち続けて希望を糧に苦しみながら進み最後の最後で絶望する、、絶望の大きさがまったく違いますね。優しい人から苦しみを手放すことができる、しかもそのトリックにきづいたのは一番幼い子どもだったとは。とてもおもしろくて時間をまったく感じないほどひきこまれる作品でした。
とても恐ろしい設定ですね。誰かの血を流すしかないという結論へと誘導させ、しかも血を流しても、、、残酷なルールと、それを冷静に分析する主人公の思考に背筋がゾクゾクしました!