第6話 歌の力(脚本)
〇部屋のベッド
スマホの画面が"22:00"に変わった瞬間、私は"クロスロード"を立ち上げる。
作りたてのアカウントでログインすると、唯一フォローした夏葉・・・ではなく春花の表記がホーム画面で点滅している。
どうやら、既に配信が始まっている、ということを表しているらしい。
新しいことを始める際の通過儀礼を深呼吸で乗り越えてアイコンをタップすると、画面にノイズが走る。
穏やかなバラードが先に聴こえてはじめ、少し遅れて、ひと枝の桜の画像が表示される。
冬花「春、か・・・」
私が呟いた季節と同じ名を冠する配信者は、早速惜しげもなく彼女の歌声を披露していた。
穏やかだけど情緒的な曲で、確か映画の主題歌になっていたはずだ。
彼女の感情を込めた歌い方にはとてもマッチしていて、早くも涙が流れてしまいそうになる。
冬花「やっと、ちゃんと聴けた・・・!」
私を生かしたその歌声を、よくやく見つけ出した。
〇部屋のベッド
彼女は静かに歌い終えると、一気に明るいトーンに変えてリスナーへ挨拶する。
「みなさん、こんばんは。春花ですっ! 今日も聴きにきてくれてありがとー!!」
すると、画面には拍手の顔文字とあいさつが延々と並んでいった。
冬花「すごっ!こんなに聴いてる人いるんだ!」
チャットの流れる速度がリスナーの数を物語っていた。
「今日はね、先日あった素敵な出会いについてみんなにお話ししたいなって思ってます」
「あっ、恋愛的な話じゃないから、その辺の理解よろしくっ!」
みんなの思考の先回りをするあたり、配信慣れしているのが伝わってくる。
コメント欄は安堵で満たされていて、私は思わず笑ってしまった。
「みんなはさ、初対面の人から褒められたことってあるかな?」
彼女の問いかけを受けて、画面には「ない」が整列する。
「・・・あんまりないよね?」
「私は小さなライブで歌った時に、初対面の方に褒めていただいたことがあるんだけど、ほんと数えるくらいで・・・」
「でもこないだ、ある方に出会った時にすごく嬉しいことを言っていただいたの!」
「「私の歌に勇気をもらったから、お礼が言いたくて探してた」って・・・」
「声とか歌を褒めてもらうことは今までもあったんだ。でも、真正面からそんな風に言われたことなんてなくて、すごく嬉しかった」
「でもね、同時に戸惑っちゃったのも事実なんだ。どうして私の歌なんだろうって・・・」
「だからね、アイドルみたいに可愛く喜んだり、カッコよくお礼を言ったりなんて全然できなかった・・・」
「そんな私の反応を見て、その方はお礼だけして離れて行こうとしたんだ」
「きっと迷惑だったかなって想像したんだろうと思う・・・」
「その方が去って行くのを見た時、私このままじゃ絶対後悔するって思ったんだ」
「だから「待って!」って全力で呼び止めたの」
「せっかく見つけ出してくれて、勇気を出して会いに来てくれて・・・。私、そのままでなんて帰したくなかった」
「まだまだ修行中の身だけど、私の歌にそんな力を感じてもらえるなら、もっと聴いてほしい!力になれるなら、なりたい!」
「そう思って、その方に"クロスロード"のIDを3秒で書いて渡したんだ!!」
そう言って彼女は自らの言葉に笑う。
「こんな時のためにID暗記しといて良かった!」
「それでね、その出会いがすごく嬉しかったから、歌ってほしい曲をリクエストしてほしいってお願いをしたんだ!」
「・・・多分、今日聴きに来てくれてると思う」
「だけど、ひとつ問題があって・・・」
彼女は深刻そうな雰囲気を醸し出した。
それから少しだけ間を開けて、あっけらかんとして言い放った。
「その方のアカウント名、聞くの忘れたっ!」
チャット欄には「www」が流れていく。
「だから名前で特定できないんだよね・・・」
「まぁいっか。とりあえず、呼びかけてみたいと思います!!」
「えと、いらっしゃったらコメントください!」
沢山の人に注目されている状況に、私の体温は一気に上昇したが、彼女に呼ばれたのでは仕方がない。
意を決してコメントを打ちこんでいった。
〇部屋のベッド
冬花「『こんばんは! あの時はありがとうございます。山茶花と申します』」
「あ、やっぱり来てくれてたっ! 改めまして春花です!!」
私のコメントに反応した彼女の声が一段高くなったので、私は嬉しくなった。
「コメントするの緊張した??」
冬花「『緊張・・・今もしてます笑』」
私が正直に答えると、他のリスナーから「初めての時は緊張した」という趣旨のコメントが沢山書き込まれてきた。
私にはそれが勇気づけるような書き込みに思えて、気が少し楽になった。
「緊張を乗り越えて、書き込んでくれて本当にありがとうっ! とっても嬉しいです!」
「せっかく来てくれたから、みんなのコメントとかも見ながら、楽しんでいってほしいな!」
「愉快なコメントにあふれてるし、良い人ばっかりだから笑っていってね!」
冬花「『はい!』」
「じゃあ早速なんだけど、リクエストについて聞いてもいいかな?」
冬花「『"キラキラ"を歌ってほしいです!』」
「あーっ! 女性歌手の曲だよね? 多分歌えると思う!」
冬花「『それですっ! 春花さんの声に絶対合うと思ってます』」
「なるほど・・・。確かにそう言われてみれば、歌ってる時の系統は近いかもしれないね」
「私の声質まで考えてくれてたなんて、ビックリ。山茶花さんは耳が良いんだね!」
冬花「『たまに言われます笑』」
「やっぱり? そんな気がした!」
彼女は楽しそうに笑っていた。それから不意に少しだけ黙って、真剣なトーンで私に言った。
「・・・山茶花さん、リクエストありがとう!」
「楽しんでもらえるように全力で歌うから、受け止めてくれたら嬉しいな!」
〇ライブハウスのステージ
〇部屋のベッド
最初のフレーズを彼女が歌い始めると、話している時の柔らかさに加わった芯の強さに驚かされる。
冬花(やっぱり・・・この曲ぴったり!!)
換気扇のノイズがない状態で聞いた彼女の声は、前よりも伸びやかで軽やかだった。
サビに近づくにつれて、彼女の声の弾みが増していった。
冬花(物悲しさもちゃんとあるのに不思議・・・ すっごく楽しいっ!!)
サビに入ると、まるで雨上がりの空に日差しが差し込むように暖かい音階が私の中に入ってくる。
♭(フラット)する音階がなんだかすごく心地良い。
私はいつの間にか身体を揺らしながら、歌を聴いていた。
普段イヤフォンから聞こえる音階はノイズを誤魔化すだけの音だったはずなのに、今は違う。
彼女の歌が私の感情を乗せて、どこまでも連れて行ってくれる。
夜さえも明けてしまいそうな歌声だった。
ラストのサビ前の静かなフレーズは呟くように優しく歌い上げ、そこから再び上昇。
最後のサビでは溢れんばかりの喜びや充実をビブラートに乗せて表現していた。
冬花(ありがとう、春花さん・・・)
冬花(あなたの歌声が私をここまで連れてきてくれた・・・)
冬花(このままずっと、あなたの歌を聴いてたい)
冬花(ずーっと・・・)
冬花さんの勇気がちゃんと夏葉さんに届き、夏葉さんが冬花さんを自身の配信という”明るい世界”に引っ張りだす、とても美しい関係ですね。
数話一気読みしちゃってますが、毎週楽しみたかった、そんな物語です。教養が足りなくて山茶花をそのまま『やまちゃはな』と読んでしまいました。そんな訳ないよなと調べなおして、納得。
しかし今の冬花には夏葉は眩しすぎて手を伸ばそうとも思えないような明るい存在に見えます。二人は仲良くなれるのか、次話も楽しみです。