ビギナーズラック(脚本)
──大学3年生の春。私には彼氏がいた。
その彼氏はいつも粗暴が酷く、私からアルバイト代を奪い取っていく。
毎月、それを繰り返されると家賃を払うことすら苦しい状況に……。
そんなある日、私を”ある場所”へと彼氏が連れて行く。
〇競馬場の座席
カズマ「ほら、ここで一攫千金狙おうぜ!」
私「一攫千金って……。ギャンブルなんかしている余裕ないよ。」
──そう。私達が来たのは競馬場だった。
どうやら、カズマは私のお金を使ってギャンブルに使用していたようだ。
カズマ「あん!! テメエの生活が困ってるって言うから、手伝ってやろうとしてんじゃねぇか!!」
私「ご、ごめんなさい…。」
結局、私は逆らえないまま彼の言いなりになるしかなかった。
〇競馬場の払い戻し機
カズマ「よし、まずは手始めに軽くやるか。 んっと……次は東京8レースか。」
そう言って、カズマはスタンドテーブルの上に置かれたマーク式の紙を何枚か取り上げた。
私は場の空気に馴染めず、視界の上に取り付けられたモニターへと視線を向ける。
馬が歩いており、馬の名前が紹介されていた。
カズマ「ほれ、これを買いに行くぞ。」
カズマが記入してきたマークシートを手渡してくる。
私にはさっぱり分からず、ただ呆然と立ち尽くしていると──。
カズマ「なに、ボケッとしてんだよ!! さっさと買ってこいよ!!」
私「そ、そんなこと言われても…。 買い方、分からないよ。」
カズマ「ったく! 教えてやっから、さっさと付いてこい!」
そう言って、カズマは券売機に並ぶ男達の列に並んだ。
カズマ「ほれ、これをこうしてだ。 ──さっさと、札をここに入れろよ!!」
私は怒鳴られ、慌てて彼の指定する場所に1000円札を入れる。
カズマ「よし、これで当たれば万勝ちだ!」
彼は陽気になり、再びマークシートに記入していく。
モニターでは阪神の9レースに出る馬達の紹介がされていた。
競馬が何レースまであるか分からない私にとって、1レースで千円札が消えていく恐怖に肝を冷やす。
カズマ「おい、お前も買ってみろ。好きな馬を一頭選んで単勝買いをする。」
私「え?私が? でも、買い方も分からないし、馬について何も知らないよ?」
カズマ「いいから、いいから。こうゆうのはインスピレーションだ。」
そう言って、カズマはレースプログラムという小冊子を渡してきた。そこには馬の名に騎手の名…他にも色々と書かれている。
阪神9レース。
勝ちそうな名前…勝ちそうな馬…。
──。
私は一頭の馬の名に指差した。
カズマ「8番人気の35倍か。 厳しいが、ビギナーズラックってのもあるしな。」
カズマはマークシートとペンを私に差し出した。
どこの競馬場、何レースなのか、自分が選んだ馬が何番なのかを順に塗りつぶす。
カズマ「で、この単勝を塗りつぶす。」
単勝が何を指すのかも分からない私は、彼の言うままに従った。
カズマ「1000円賭けな。」
100円からでも賭けられるらしいが、カズマは、それではつまらないと言う。
100円すらも今は惜しいのに…。
マークシートの10を渋々とマークした。
100円を1と捉えているらしい。
結局、別でカズマが選んだ1000円分の馬券と私が選んだ馬券。既に3000円が財布から消え去った。
〇競馬場の座席
東京第8レース、今、スタートを切りました!
カズマ「よっしゃ!最高のスタート!」
東京8レース。
カズマはゼッケン番号1と8を応援していた。
とりあえず、この二頭が3着以内に入ってこればいいらしい。
一番前につけたのは、
一番人気1番ガルシアレート。
そのあとには──
カズマ「よしよし、いいぞ、いいぞ。」
──8番ムラサキヨドオシは”しんがり”を走っております。(※最後方のこと。)
カズマ「だぁー!! なにやってんだよ!!」
──最終コーナーを曲がって、依然として1番ガルシアレートが先頭!
カズマ「1番はいいから、8番来いよ!!」
──1番ガルシアレートは悠々と先頭でゴールイン!
2着は5番ホワイトアスパラ!
3着は12番ワンダーアセッタ!
カズマ「ふざけんなよ!!」
カズマは周囲の目も気に留めず、怒鳴り散らした。
私は恥ずかしくて顔を下に向ける。
彼は苛立ったまま気まずい空気の中過ごした。そして、阪神9レース。
カズマ「これで当てればいいんだ。俺は7番、お前は?」
私「え・・・私は・・・10番」
カズマ「13頭分の2で勝てばいいんだ。なんてことねえよ。」
私「う、うん…。」
さあ、阪神第9レース。各馬ゲートに今入り…今スタートを切りました!
好スタートは6番ミミックアイズ!
さあ、外から押せ押せと先頭を狙います、大外13番ヤガノレイホー。
私は自分が手に持っている馬券の番号と、ゼッケンの馬を見比べた。ここは阪神競馬場ではないので、大型モニターで観戦となる。
11番はどこだろうか…。見つけることに必死になっている間にカズマが怒声をあげた。
カズマ「おら、行けよ!!差せ、差せ!!」
ヤガノレイホー粘るが、ここまでか!?
内から2番ノーレートが来る!
外からさらに11番ピンクレディオが伸びてきた!
私「え…11…」
私はモニターに映し出された馬を凝視した。その馬のゼッケンは……11番。
私「い、いけ…いけ…いけ! いけぇー!」
一気に差した!
11番ピンクレディオ!
ピンクレディオだぁ~!
一年ぶり怪我明けから見事に勝利を収めました!
私は手元にあった馬券の番号と電光掲示に記された着順を何度も見直した。
カズマ「やったじゃねえか!万馬券だ、万馬券!」
私「や、やった……。」
カズマ「ほれほれ、換金しに行くぞ。」
まだ実感が湧かなかった。
ただ、気がついた時には、カズマに連れられて先ほどの馬券売場へと足を運んでいた。
〇競馬場の払い戻し機
カズマ「その馬券をここに入れてみな。」
私は言われた通りに、大事に握りしめた馬券を券売機の払戻馬券というところに差し込んだ。
すると、掃除機のように券売機が馬券を吸い込んでゆく。
カタカタと裏で札が動く音が聞こえる。
まるでATMのようだと思った。
カズマ「ほら、出てきたぞ。」
表記に35000円と出ると同時に、下の蓋が自動に開き、そこに札が4枚入っていた。
私はそのお金を受け取り、顔が綻んだ。
カズマ「よし、この調子で次もしようぜ!」
このまま帰りたかったが、断ることも出来ず、最終レースまでやってしまうことになる。
カズマなりに気を遣って賭け金を少なくしたそうだが、結局手元に残ったのは5000円だけだった。
〇競馬場の払い戻し機
【単勝】……一着に来る馬を当てる買い方。頭数分の1となるので、当てやすい。