第十二話「私、忘れてないから」(脚本)
〇おしゃれなリビングダイニング
青野沙也加「三年ぶりね・・・お母さん」
青野寿子「一度舞台から逃げ出したあなたが、また演劇を始めるの?」
青野沙也加「私は・・・あの時と違う」
青野寿子「同じよ。一度逃げ癖の付いた人間は、簡単に人を裏切る。自分自身さえも」
青野沙也加「そんなことない」
青野寿子「高校の演劇部なんか入っても、また同じ過ちを繰り返すだけよ」
青野沙也加「私は・・・そうは思わない。八年前は一人で芝居してたけど、今は違うから」
青野寿子「どう違うっていうの?」
青野沙也加「演劇部の仲間がいる」
青野寿子「・・・仲間ねぇ」
青野沙也加「私、過ちを犯さない人間なんていないと思ってる」
青野沙也加「大事なのは、何度躓いても、もう一度立ち上がることだと思う」
青野寿子「・・・・・・」
青野沙也加「私は私のやりたいようにやるから」
青野雄一郎「おい! 沙也加・・・!」
青野寿子「・・・バカな子」
〇花模様
第十二話「私、忘れてないから」
〇生徒会室
小山内陽菜「・・・というわけで、東京都の地区大会は六つの地区に分かれて争うの」
平井智治「都大会に進めるのは、各地区の上位二校だけですか」
海東三鈴「やってやるわよ~! 目標はその先、全国なんだから!」
摂津亜衣「・・・沙也加、どうかしたか?」
青野沙也加「ううん。なんでもない」
〇生徒会室
智治が真剣な顔で見つめる中、部員たちの立ち稽古が始まった。
青野沙也加(母はいつもそうだ。急に帰ってきたと思ったら、私の心をかき乱して──)
青野沙也加「サワコ、私はあなたを責めるつもりなんてない」
どこか上の空でセリフを読む。
平井智治「青野さん。一旦ストップ」
青野沙也加「私にそんな権利はないと思うから」
平井智治「青野さん、聞こえてる? 一回──」
青野沙也加「さようなら。もう行くね」
沙也加は智治の言葉に気づかないまま、芝居の演技を続ける。
摂津亜衣「痛っ」
出て行こうとしたところで、亜衣とぶつかって突き飛ばしてしまった。
青野沙也加「ご、ごめん・・・!」
青野沙也加「今、足ひねったよね!? 私──」
摂津亜衣「大丈夫。気にするな」
青野沙也加「だめ。保健室行こう!」
〇保健室
亜衣は保健室で手当てを受けた。
摂津亜衣「早くみんなのところに戻りなよ」
青野沙也加「ううん。私のせいだから・・・」
摂津亜衣「こんなの怪我のうちにも入らない。 みんな大げさだ」
青野沙也加「・・・・・・」
摂津亜衣「何かあったんだろ?」
摂津亜衣「いつもの集中力がないし、ミーティングも上の空だった」
青野沙也加「うん・・・」
摂津亜衣「まあいつでも相談してくれ」
青野沙也加「何があったか聞かないの?」
摂津亜衣「信じてるからな」
青野沙也加「うん・・・ありがとう」
〇学校の裏門
部活後。沙也加が校門から出てくると、路肩に黒塗りの車が泊まっていた。
車から女性が降りてくる。
青野沙也加「お母さん? なんでこんなところに」
青野寿子「乗りなさい。 連れて行きたいところがある」
青野沙也加「私を・・・? なんで?」
青野寿子「あなたにとって大事なところだから」
〇綺麗なコンサートホール
車はある劇場の前で停車した。
青野沙也加「! ここは・・・」
青野寿子「そう。あなたが最後に立った劇場よ。 今日はここで、私の舞台がある」
青野沙也加「・・・だから何? 私には関係ない」
青野寿子「本物の演劇を観て行きなさい」
青野沙也加「興味ない。私もう行くから」
青野寿子「演劇部の参考になるかもしれないわよ。 それともまた逃げるつもり?」
青野沙也加「・・・・・・」
〇劇場の舞台
沙也加は客席から舞台の母を眺めた。
青野寿子「険しい丘を登るために、最初はゆっくり歩くことが大切なのよ」
青野寿子「大丈夫。哀しみはやがて去るから」
圧倒的な躍動感のある演技に、観客たちが息を呑む。
青野沙也加(昔からいつもそうだ・・・)
青野沙也加(母の演技は、圧倒的だ)
〇行政施設の廊下
柿沢恭介「寿子さん。初日を終えてどうです?」
青野寿子「まあまあね」
柿沢恭介「ズバリ、自己採点すると?」
青野寿子「100点よ。そうじゃなきゃ、今日のお客さんに失礼でしょ?」
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