エピソード21(脚本)
〇荒廃した街
アイリは、ニルとエルルを見てからゆっくりと口を開く。
アイリ「私の出身は、チェルコという村なの」
ニル「チェルコ・・・?」
エルル「聞いたことないです。 村ってことは、ここらへんじゃないですよね?」
アイリ「ええ、カラカール山脈を越えた向こう側にある村よ」
アイリ「・・・正確に言えば、“あった村”ね」
アイリは少し俯(うつむ)き、目を閉じる。
アイリ「もう10年も前になるかしらね。 ギアーズの大群に襲われて、滅(ほろ)んだ村なのよ」
ニルとエルルは目を見開いた。
アイリの表情に暗い影が差す。
アイリ「あの日のことは、一生忘れない」
〇黒
10年前——。
〇けもの道
アイリはひとり、村の近くの森を歩いていた。
アイリの母は病気がちで、今日は特に体調が悪く、朝から咳が止まらなかった。
森には母が大好きなカルノアの実という果物がある。
きっと、それを母にあげたら咳も落ち着くだろうと考えたのだ。
『子供がひとりで村の外へ行ってはいけないよ』
父の言いつけを破っていることは分かっていたが、アイリはなによりも母に元気になってほしかった。
アイリ「・・・! あった!」
食卓に出たこともある、赤く艶のある実が道から隠れるようにして実っている。
草木をかき分けて、アイリは実がなっている木に駆け寄った。
アイリの背丈よりも少し高い木には、いくつもの果実がぶら下がっている。
アイリは持ってきた布を広げた。
潰れないように慎重に実を採って、広げた布に次々と乗せる。
アイリ(お母さん、どれくらい食べたいかなぁ。 やっぱり、いっぱい食べたいよね)
アイリは頰を緩めながら、布に収まるだけたくさんのカルノアの実を摘んだ。
落ちてしまわないように、四隅を上でまとめてからしっかりと手で掴む。
アイリ「早く帰って、お母さんに見せてあげなきゃ!」
アイリは、ふんふんと鼻歌まじりで、村へ戻るため来た道を引き返した。
足取りは軽く、すぐに森の入口の近くまで戻ってくる。
アイリが違和感を覚えたのは、もう少しで村が見えてくるというところだった。
なにかが焦げたようなにおいに、思わず顔をしかめる。
アイリ「・・・?」
森に入ったときは、こんなにおいはしていなかった。
鼻歌をやめて、アイリは息を呑む。
なんとなく嫌な予感がした。
アイリ(早く家に帰らなきゃ・・・!)
これ以上近づいてはいけないと警告する本能を抑えつけ、必死に足を動かす。
森の入口まで駆け抜けたアイリの目に広がった光景は、一面の赤だった。
アイリ「・・・!」
肌に感じる熱に、アイリは足を止めた。
手にしていた袋が滑り落ち、雪崩(なだれ)のように地面に果物が散らばる。
村は炎に包まれて、いつもとなにもかもが違っていた。
炎の中で村を破壊するギアーズたち。
ギアーズの足元には、見慣れた村の人達が血を流しながら倒れている。
火の粉が飛ぶ中、なにが起こっているのかアイリにはまったく理解できなかった。
今まで感じたこともないような恐怖が身体の底から巻き起こる。
それでもただ呆然と、その場に立ちすくむことしかできなかった。
「あれ、まだ生き残りがいたんだ」
アイリ「っ!?」
突然声をかけられる。アイリは身を震わせて声の主に焦点を合わせた。
そこには、メラメラと燃える村を背にこちらへ向かってくるひとりの男がいた。
男の白い髪に炎の赤が映る。その表情は楽しげに歪(ゆが)み、爛々(らんらん)とした目でアイリを見下ろしている。
男の左腕は機械でできており、アイリに近づくにつれてみるみる変形していく。
村が燃える音に混ざり、ギシ、と音を立てて男の左腕がブレード型になった。
鋭い刃に、赤い炎が反射する。
アイリ(にげなきゃ、にげなきゃ・・・!)
しかし、どうしても足は動いてくれない。
アイリは言うことを聞かない身体がもどかしくてしかたなかった。
???「・・・・・・」
男はアイリの額に刃をぴたりとつけた。
薄皮が切れて、一筋の血が流れる。
恐怖で身体が動かないアイリは、じっと男の顔を見据えた。
男もアイリを見下ろし、お互い見つめ合ったまま10秒ほど経つ。
すると、男の唇がにこりと弧を描いた。
???「やーめた」
無機質な、少年のような声。
男が刃を下ろす。
アイリはその瞬間、糸が切れたように地面にへたり込んだ。
男はアイリを一瞥してから、村の方を振り向く。
アイリは、言いようのない悪い予感がして男の背中に手を伸ばした。
アイリ「まっ——」
アイリが言う前に、男は左腕のブレードを村に向かって振り抜いた。
その瞬間、衝撃波が村を包み込む。
村で暴れていたギアーズもろとも、燃え盛っていた村が一瞬で消し飛んだ。
残されたのは、真っ黒い焦土。
アイリは呆然とそれを見つめた。
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