エピソード2(脚本)
〇おしゃれなリビングダイニング
【第二回・推理根拠編】
我々ミス研はこの謎を前に、何一つ間違えることはなかったはずだ。
そう、僕、私、俺以外は・・・。
(矢城の推理)
今回の事件はおそらく事故ではない。
背中のど真ん中に垂直に包丁が刺さるなんて、とてつもない偶然が起きなければありえない状況だ。
事故ではないとすれば、自殺か他殺だ。
自殺というのを完全に否定することはできない。
例えば何か消えるもの(氷やドライアイスなど)で固定した刃に向かって倒れ込んだ場合、自殺でも他殺に見せかけることはできる。
凶器を固定していたものは消えてしまうのだ。
もし自殺なら、ドライアイスの可能性が高いだろう。床に何か溶けた痕跡もなく、この外気ならば凶器を保存しておくこともできる。
では何のために自殺をしたのか。
それらしい徴候はあったか――答えはNOである。
人気のない場所で自殺するならばどんな方法であってもいいだろうが、合宿の最中に他殺に見せかけて自殺するならば、
居合わせた者たちに何らかのアクションを起こしてほしいはずだ。
しかし夕べの記憶を辿る限り、亡くなった佐藤は特に何の変化もなかったように思える。
そうなると導き出される答えは「殺人」だ。
もっとも自然で、もっとも単純な答えである。
ちなみに僕はダイイング・メッセージを重視していない。
死に際に意識があったか、即死であったかどうかは、この場に医学の心得がある者がいないために判断することができないからだ。
つまり、ダイイング・メッセージを佐藤本人が書いたかどうかわからないのである。
だとすれば他殺、そして背中を見せても気にならない相手(まぁ、部活仲間なら、よほどのことがない限り『友人』であろう)
に刺されたと考えるのが普通だ。
それなりの深さを刺し、凶器を抜かなかったことから出血量は少ない。
中肉中背の佐藤の背中の真ん中を、垂直方向で全力で刺したと考えるならば彼より背の高い人物になるだろう。
力を入れて突き刺すならば、みぞおちぐらいの位置に両手で凶器を持つ。
彼の背中の真ん中に刺さっているのだから、犯人はみぞおちの位置がその高さにある男性の可能性が高い。
だが、もし彼が何らかの事情でうつ伏せ状態になっていた時に背中から刺すなら、女性でも可能だ。
(これほど垂直に綺麗に刺さっているなら、うつ伏せから刺した可能性の方が高いのでは・・・?)
そこで僕は推理した。
彼は理由があって床へ寝そべった状態になり、そこを上から刺す・・・。
そんなことができる人間がいるとすれば・・・。
(美崎の推理)
皆はどこに注目しているか知らないけれど、これはとある一か所に注目すれば自然と犯人がわかるというもの。
ずばり、ダイイング・メッセージだ。
被害者本人が残したヒントは被害者が最も伝えたいものだ。その情報が本当であれ、虚偽であれ。
ダイイング・メッセージの言葉は「さとう」であった。
漢字で「佐藤」でもシュガーの「砂糖」でもない。
ただし、自分の名前である「佐藤」ならともかく、調味料の「砂糖」をわざわざ漢字で書くことはないかもしれない。
死にかけていたのならば、ひらがなの方が簡単だったかもしれない。
さて、そうなると「さとう」は何を意味するのか。
普通に考えれば後輩の佐藤(ま)になるだろう。
だがそんな簡単にわかり易いメッセージを残したらいくらなんでも佐藤(ま)は消すことを考えたのではないか。
そう考えると佐藤(ま)を指す言葉とするのは考えにくい。
もちろんメッセージを書いたことに気づかなかったとも言える。
だが、佐藤(ま)は佐藤からは「まーちゃん」と呼ばれていた。これは佐藤(ま)の先輩全てが同じように呼んでいた
(ちなみに一回生たちは「佐藤さん」、被害者は「佐藤先輩」と呼んでいた)
だから彼女のことを「さとう」と書くのはおかしい。
そして何よりも注目したいのが、ダイイング・メッセージを書いた「手」。
彼は左手でそのメッセージを書いていた。
文芸部員に訊いたところ、佐藤は左利きから右も使えるように矯正した両利きで、座席などの問題がなければ普段は左を使うという。
とすれば、死の直前に本来の利き手である左手で文字を書いてもおかしくない。
このことを話してくれたのは佐藤の同級生である山田だった。
他のメンバーは特に意識したことなかったらしく、そうだったのかという言葉をもらしていた。
山田の証言が嘘でなければ(もし嘘だったとしても、家族や警察に連絡が取れた時点ですぐにバレてしまうが)
このダイイング・メッセージは佐藤本人が書いたものと考えていいだろう。
ではこの「さとう」の意味は、佐藤という人物像から考えて指示している確率が高い人は決まっている。
そう、その人間は・・・。
(御堂の推理)
俺たちは部外者だから、文芸部の人間関係やしがらみなどは容易に知ることはできない。
遺体の状況から事故や自殺の可能性は限りなく低いだろう。
そこで俺は誰が一番この犯行を行える可能性が高いか考えた。
状況で判断することが、真相に辿りつく最善の手段だろう。
この貸別荘の構造からして、被害者のいる一階のダイニングに、自室から出て気づかれないで侵入するのは厳しい。
床が正方形に近い形の建物は、三階まで吹き抜けの構造になっていて、
夜間は三階から二階、二階から一階に人が昇降する度に感知センサーが働いて電気が点く。
三階にいた俺たちミス研連中が夜中に一階に降りるには、二回の点灯があり、人に気づかれないのはほぼ不可能だ。
もちろん全員が熟睡していたのならともかく、田中先輩が夜中の間起きていたのだから、電気が点いたのを見ないはずはないだろう。
電気が点いたのは夜中の一時頃。
その後、階下から上に戻って来た者はいない。
もし被害者と一緒に階下に降りて、そのまま二階に上がらなければ可能だ。
しかしこの気温、発見時にダイニングルームの暖房は消えていて、集まった者は全員部屋着だった。
とても数時間も薄着ではいられないだろう。
そして田中先輩が階下から呼ぶ声がして自分が三階から階下を覗いた限り、
被害者以外全員が部屋の中から出てきたように見えた。
だとすれば、遺体発見時にリビングには田中先輩しかいなかったことになる。
また夜中の間、全ての時間を知る証言は田中先輩のみで、逆を言えば最も疑わしい人物だ。
だが田中先輩は犯人ではない。
その理由は彼の証言ではなく、彼の「健康状態」であった。
徹夜で執筆していたであろう彼は酷く疲労しており、遺体発見時には声をあげてみんなを呼んだ以降、立ち上がれないほどであった。
また彼では不可能と思われる理由はもうひとつ、合宿直前に怪我で効き腕を骨折してしまっていたのである。
キャンパス内での事故だったため、その時に傍にいた塩野先輩が付き添って病院に行き、全治一カ月の骨折だったという。
そのため、投稿予定の原稿の執筆が大幅に遅れ、この合宿で完成させるべく徹夜していたのだ。
ちなみにタブレットを持ち込み、慣れない効き腕でない手でフリック入力しているらしい。
この話題は昨晩の吞み会で話されたものであり、その事実を知っている者ならば田中先輩を疑わないだろう。
さて、ここで自分はとある可能性を考えた。
犯人は被害者と一緒に夜中、階下へ降りたのだろう。
そして犯行に及んだ。
しかし帰りの階段の電気は点かなかった。
二階は南側から階下に向かって階段がある。階段の電気は南側から降りた時の左手。
個室の配置は南側の二室の内、一室が空き室で一室は佐藤(ま)、西側が鈴木と塩野先輩、
北側が・・・
田中先輩とポディマハッタヤ、東側が山田と被害者の佐藤だ。
そして昨晩の彼らの状態・・・
これらの点から考え、一番可能性が高いのは――。
「犯人は鈴木さん、あなたです!」
丁寧な推理の根拠の組み立て、淡々と語らせることで緊張感が増しますね。3者3様の推理で特定した犯人は1人、これは真実か否か気になりますね。