8話 宰相ブラン(脚本)
〇城の廊下
舞踏会開催の知らせは、あっという間にユルベール城を駆け巡った。
マルク「聞いたぞ、王妃様がまた舞踏会を催されるそうだな」
富士丸葵「ええ、かなり盛大なものになるみたいです」
マルク「王妃様の思いつきはいつものことだが・・・」
マルクの顔がいつもより険しい。
マルク「困ったものだな。ただでさえブラン派の動きが活発化しているというのに」
富士丸葵「ブラン派?」
マルク「宰相のブランを支持する派閥だ。ほら、あそこにいる」
マルクが視線で指し示す廊下の先に、痩せぎすの男性を中心にした一団がいる。
富士丸葵「そういえば、最初に1度だけ挨拶しました」
富士丸葵「確か大臣の中でも1番偉くて、実質的に政治を動かしてる人だって」
マルク「その通りだが、事はもう少し複雑でな」
マルク「ほら、来るぞ」
マルクが小声で言うと同時に、ブランがこちらに向かって歩いてきた。
ブラン「おや、我が国を代表する騎士が揃って、いったいなんの相談ですかな?」
マルク「馬術の訓練について、助言をもらっていたんですよ。 アオイは国1番の乗り手なのでね」
ブラン「それは結構。国を守る騎兵隊と、王太子を守る親衛騎士団」
ブラン「両雄が並び立てば我が国の守りは盤石というものだ。しっかりとお勤めなさい」
一礼すると、ブランは家臣たちのいるほうへ戻っていった。
富士丸葵(一見、穏やかなおじさんだけど、なんだかものすごく言葉に棘がある気がする)
私の内心を読んだように、マルクが声を落として話し始める。
マルク「2年前、国王陛下が病に倒れ、年若い王太子殿下が代王となられたとき、ブランがいなければこの国は瓦解していた」
マルク「だが、そこが同時に問題でもある」
富士丸葵「問題?」
マルク「ブランは国王陛下の従兄弟に当たる血筋でな」
マルク「王位継承権は、王太子殿下に継ぐ2位なのだ」
富士丸葵「へえ~、なら頼りになる存在なんじゃないですか」
マルク「お前はどこまで呑気なんだ」
マルクは心底呆れたというように首を振る。
富士丸葵(どういうことだろう?)
マルク「いいか、ブランは王太子殿下よりずっと年上だ。普通なら王位は回ってこない」
マルク「だが、仮に王太子殿下が若くして亡くなるようなことがあれば・・・」
そこまで言われてようやく思い当たった。
富士丸葵「まさか、暗殺!?」
マルク「声が大きい!」
富士丸葵「す、すみません」
マルク「しかし、まぁそういうことだ」
富士丸葵「今までに、そんなことがあったんですか?」
マルク「未然に防いだが、何度かな。ベッドに毒蛇が紛れ込んでいたり、貢ぎ物のお菓子に毒物が紛れ込んでいたり」
背筋に悪寒が走る。
マルク「騎士団長の選抜競技会にも、ブランの息のかかった者が参加していた。 お前の次に速かった、体格のいい騎士だ」
マルク「お前が騎士団長を引き受けなければ、今頃そいつが騎士団長になっていただろう」
マルクの言葉で、決勝での記憶が蘇る。
富士丸葵「じゃあ、私のこと妨害してきたあいつが・・・」
マルク「騎士団長は誰よりも近くで王太子殿下に仕えられる」
マルク「暗殺の機会がいくらでも作れるということだ」
富士丸葵「そんな卑怯なこと!」
ムカムカと怒りが沸いてくる。
マルク「だが、ブランは実績豊富で支持者も多い。何の証拠もない現状では、こちらも事を荒立てるわけにはいかないのが現状だ」
マルクは表情を引き締める。
マルク「もしも舞踏会で王太子がどこかの姫を見初めれば、結婚の運びとなる」
マルク「世継ぎができればブランも手を出しづらくなるはずだ。逆を言えば──」
富士丸葵「舞踏会をきっかけに、ブランがなにか悪いことを企てるかもしれないってことですか?」
マルク「そういうことだ」
マルクが深くうなずいた。
富士丸葵「私、そんなことは絶対に許しません! 王太子殿下をお守りします!」
ずいとマルクに歩み寄り、力強く宣言する。
マルク「うっ!」
途端に、マルクの顔が赤くなった。
富士丸葵「あれ、大丈夫ですか?」
マルク「な、なんでもない! 大丈夫だから近寄るな!!」
後ずさりしながらそう叫ぶと、マルクは足早に廊下の向こうに去って行った。
富士丸葵(どうしたんだろ、マルク。この間から調子悪そうだけど)
疑問に思いつつも、今はそんなことに気を回している場合ではない。
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